高齢者の運転事故が急速に社会問題化している。4月に池袋で母子2人の死者と8人の負傷者を出した暴走事故を起こした87歳の旧通産省工業技術院元院長は、逮捕されず、特別扱いされているという意味で「上級国民」という言葉が注目され、厳罰を求める署名が39万筆集まった。

また、9月に名古屋で75歳のタクシー運転手が起こした事故では、『高齢運転手放置危ないと…「ドア開けて引きずり出した」駅前で“暴走タクシー” 男女7人はねられ重軽傷』(9月15日付東海テレビHP記事)という刺激的な見出しの報道も出ている。

 高齢者の引き起こす交通事故は、メディアを賑わすニュースのひとつになっているようだ。そして、今の日本社会の論調は、いかに高齢者の運転を制限するか、免許返納も含めて運転をさせないかという方向に向かっているようである。筆者の住むフランスでは、こうしたニュースを聞いたことがないので、日本では際立って高齢者が起こす交通死亡事故が多いのだろうか。

 警察庁交通局「平成29年における交通死亡事故の特徴等について」(P.16)を見てみると、確かに、年齢層別の死亡事故件数 (免許人口10万人当たり)は、70~74歳が4.1件、75~79歳が5.7件、80~84歳が9.2件、85歳以上が14.6件と70歳から事故件数の増加がみられ、75歳以降事故件数は急速に上昇する。2018年の死亡事故の総件数は3449件で(P.1)、75歳以上の高齢運転者による死亡事故件数は460件なので(P.8)、13%を占める。

 しかし、16~19歳も11.4件と20~24歳の5.2件比べて突出して高く、80歳以上と同程度に高いといえる。加えて、「原付以上運転者(第1当事者)の年齢層別免許保有者10万人当たり交通事故件数の推移」(P.17)の事故件数をみると16~19歳が圧倒的に多いことが見て取れる。

 以上より、高齢者の交通事故だけをことさらに取り上げるメディアはフェアでない気もするが、事故を起こした当人は死亡せず、母親と小さな子どもなどの歩行者が巻きこまれて死亡するケースが目につくせいかもしれない。日本では、歩行者側の犠牲者が多いので、メディアに取り上げられるケースが多いのではないか。「若い命が高齢者に奪われた」というフレームは、人々の関心をひきやすい。

 本稿の趣旨とは離れるが、欧米と比べ、日本の交通事故は歩行者や自転車を巻き込んだ死亡事故が多いのが特徴である 。

歩道や歩行者保護設備の未整備などの理由もあるだろう。フランスは歩道や自転車道もしっかり整備されており、街中の狭い道は制限速度が時速30キロで、低速になるようにバンプなどがあり、運転者のマナーも日本より良い気がする。歩行者の多い街の中心は、許可車しか入れないことが多い。実際、歩行者や自転車が巻き込まれる事故件数は少ない。

 一方、郊外では一般道でも制限速度は時速80キロである。それでも100キロ近くで走っている車は多いので、車同士の事故は多い。そのため、交通事故死を減らそうとマクロン政権は昨年夏、一般道の制限速度を時速90キロから80キロにしたのだが、地方の住民からは強い反発をかった。一説にはこれが黄色い蛍光ベスト運動につながったという話もある。

 日本では、75歳以上の後期高齢者の運転免許保有者数は、07年の283万人からほぼ倍増して、18年は564万人である。男女別でみると男性が71.5%と多数を占める。この増加を見ると、20歳未満が起こす事故の多さより問題視されるのも理解できなくはない。ちなみに日本は、飲酒運転の厳格な取り締まりによって、10万人当たりの交通事故死は国際比較をすると少ない国である。

フランスでは、自動車事故による死亡者数は日本の1.4倍である。

高齢者の運転免許更新

 さて、ここからが本題だが、75歳以上の高齢者の運転免許更新をどうすべきかを考えてみたい。上記のような社会気運のなかで、高齢者の運転になんらかの制限をかける必要性を政府や警察は認識している。

 安全を考えるのであれば、75歳になると一律で通常免許を返納させ、75歳以上向けの新たな免許の取得を義務づけるべきであろう。認知症ではなくても、一般的に高齢になると変化への反応が衰えるため、COMSのようなスピードの出ないミニカー限定免許にするなどの制限免許を設けるべきであろう。安全装置などの技術のみに頼るべきではない。75歳以上の高齢者が、運転することへの当事者意識と責任を自覚することが重要である。しかし、この施策は選挙を考えると自民党にとっては現実的ではなかろう。

 政府は6月、交通安全確保に向けた緊急対策として、ペダルを踏み間違えた際の加速抑制装置などの安全運転支援機能を持つ自動車のみ運転できる高齢者向け限定免許を創設すると発表した。交通安全の旗の下で日本を支える自動車産業における買い替え需要創出を忍び込ませるあたりは、さすが自民党である。年金不安が募る75歳以上の高齢者の買い替え需要を見込むのが、どのくらい現実的かはかなり疑問である。しかし、日本社会の隅々まで根を張る利権システムの頂点に君臨する自民党であるので、大票田である高齢者の生活の利便性と交通安全維持と称して、補助金を投入して買い換え需要をつくり出す可能性は否定できない。

 この政府の決定を受けて警察庁は、限定免許の対象者を判断するために実車試験の導入を検討しているという。

 では、現行制度では75歳以上の高齢者の免許更新はどのようになっているのか。現在、75歳以上のドライバーは高齢者講習前に認知機能検査を受け、以下に分類される。

(1)検査結果が前回と変わらない方(記憶力・判断力に心配なく、認知機能が低下しているおそれがないドライバー)

(2)検査結果が前回より悪くなっている方(記憶力・判断力が少し低くなっており認知機能が低下しているおそれがあるドライバー)

(3)検査結果が「記憶力・判断力が低くなっています」と判定された方(記憶力・判断力が低くなっており認知症のおそれがあるドライバー)

(1)の該当者は2時間の高齢者講習を受けて、免許はそのまま更新される。(2)の該当者は3時間の高齢者講習を受けて、免許証は更新される。どちらも60分の実車講習があり、試験ではないので必ず終了証明書が交付される。

(3)の該当者は臨時適性検査(専門医の診断)の受検、または医師の診断書提出が必要となり、認知症と診断された場合は、運転免許の取消し、または停止になる。認知症ではないと診断された場合は、前回の認知機能検査結果と比較して悪化していれば、(2)と同様に3時間の高齢者講習の受講が必要となる。

 また、75歳以上で免許を保持しているドライバーに対しては、信号無視などの政令で定める18種類の違反行為を行うと、臨時認知機能検査を受けることになり、認知機能低下が見られた場合には、さらに臨時適性検査(専門医の診断)または医師の診断書提出、臨時高齢者講習を受けることになる。

 このように現在の制度は、75歳時点の免許更新と75歳以上で免許を保持するドライバーの運転の危険度を随時チェックするようになっており、よくできていると思う。しかし、それでも高齢者の交通死亡事故率は高いという現実がある。前述のように、実車講習は試験ではないので、必ず終了証明書が交付されるという問題がある。

MT車の運転試験

 筆者は、人を殺傷するリスクと車を使う利便性を天秤にかけ、ドライバー自身が運転能力を自覚し、判断することが重要だと考える。そこで、突飛なアイディアだが、実車講習をマニュアル(MT)車で行うのはどうであろうか。フランスなど欧州ではMT車が多く、高齢のドライバーも運転している。MT車はオートマチック(AT)車に比べて運転操作が複雑で神経を使い、より統合的な動作・認識・判断が求められる。マニュアル車で運転すれば、自分の運転能力の低下を実感するドライバーは多いと思う。

 現在の後期高齢者でAT車を運転していても、「AT限定免許」を保持しているドライバーは少数であろう。高齢者ドライバーはMT車でも運転できるべきではないか。MT車で運転できない高齢ドライバーは、車を運転しないほうがよいかもしれない。自動車学校のように、仮免許を取得しなければ公道を運転できないのと同じように、MT車で運転ができるようになるまで免許の更新をしないとすればよいのではないか。

 試験官が足りないという指摘もあろうが、少子化と若者の車離れに直面する自動車学校業界にとっては特需であり、そこと関係が深い警察も喜ぶのではないか。MT車の運転試験に合格できないが、どうしても運転したいという人には、安全装置付きのAT車購入を義務付ければよい。

 地方の高齢者は車がないと生活できないので、運転できなくなるのは困るという意見もあるが、個人の利便性と多くの地域住民の人命を天秤にかけて考えるべきではないか。

都会に関しては、公共交通機関が整備されており、リスクを冒してまで車を運転すべきかを考えるべきだ。

 そもそも社会が一定の年齢になった高齢者に免許の返納を強制させようと無言の圧力をかけるのは、運転技術には個人差があるのでフェアではないし、個人の意思決定に反する。75歳以下でも運転しないほうがよいドライバーは存在する。

 警察庁「高齢者講習の運用について(通達)令和元年6月12日」(P.3)をみると、75歳以上を対象とする臨時高齢者講習の運転実技では、「普通自動車については、マニュアル式及びオートマチック式のものに補助ブレーキ等の装置を装備したものとすること」となっており、AT車とMT車の選択が可能になっている。しかし、警視庁の運転免許本部に問い合わせると、都内ではほとんどAT車のみで実施されているようである。

 この「マニュアル式及びオートマチック式のもの」という文言を「マニュアル式のもの」にすればよいと考えるが、いかがだろうか。

(文=小笠原泰/明治大学国際日本学部教授)

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