日本の最高裁判所に当たる韓国・大法院が、第二次世界大戦中に日本企業の募集や徴用により労働した元労働者(徴用工)や遺族の起こした損害賠償請求を認める判決を出してから、10月30日で1年たった。
昨年10月30日、元徴用工4人が新日鉄住金(現日本製鉄)を相手に損害賠償を求めた裁判で、被害者1人当たり約900万円、総額約3600万円を支払うように命じる判決が下された。
この裁判を受けて日本政府は、1965年に締結された日韓請求権協定に反するとして、それぞれの日本企業は判決に従う必要がないとの見解を示し、各企業も支払いを拒否。これに対し勝訴判決を受けた原告側は対抗措置として、日本製鉄とポスコの合弁企業PNRの株式約19万4000株、三菱重工のロゴを含めた商標権2件と特許6件など、該当する日本企業の韓国内の資産を差し押さえ、それらを売却して賠償金に充当するための手続きを進めている。
これらの裁判以降、日韓関係は加速度的に悪化している。だが、ここにきて文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率が急速に低下している韓国内の情勢を受けてか、韓国側の態度に変化が出始めた。
10月22日に行われた天皇陛下即位礼正殿の儀に合わせて来日した韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相が、安倍晋三首相との会談の際に文大統領の親書を手渡した。内容について詳細は明らかにされていないが、首脳会談を呼びかける言葉があったという。それを踏まえてか菅義偉官房長官は、韓国側に日本との対話を模索する雰囲気が出てきているという見方を示した。
だが、合わせて菅官房長官は、元徴用工をめぐる一連の問題について、「戦後合意した日韓請求権協定によって、今日の日韓関係がある。国内の立法、行政、裁判所を含む司法も順守しなければならないのが大原則であり、崩してはならない」と苦言を呈し、韓国側が国際法違反の状態を是正することが前提との見解を示した。
日本政府はこれまでにも、安倍首相をはじめ、菅官房長官、茂木敏充外務大臣など、韓国政府が対応すべきとの立場を強調してきた。そして茂木外相は、元徴用工への賠償判決から1周年を翌日に控えた10月29日、原告側が差し押さえた日本企業の資産を現金化した場合には、日韓関係はより深刻な状態になるだろうと警告した。
今年に入り、韓国の世論が文大統領に対して反旗を翻しつつある。それは文大統領が強行指名した曺国(チョグク)法務大臣に、不正が発覚したことが大きなきっかけだったが、実はほかにも伏線がある。
そのもっとも大きな要因は、経済の低迷だ。韓国では若年層の雇用状況が悪化の一途をたどっている。韓国統計庁によると、2018年の失業率は3.8%だが、青年失業率は9.5%とされている。だが、就業者のなかでも非正規雇用で働く人も多く、実際には青年層の失業率は20%前後ではないかとの試算もある。
そんななかで、今年の非正規職労働者が748万人1000人に上り、史上最大規模に増えたことがわかった。政府は、統計調査方式が変わって、従来含まれていなかった期間制労働者が加わったことで数値が大きく増えたと釈明したが、81万人の雇用創出や最低賃金の引き上げなど経済の活性化を公約に掲げてきた文大統領の政策が実を結んでいないことは明らかだ。「2019年8月の労働形態別付加調査結果」によると、全体賃金労働者は2055万9000人であり、非正規雇用者は36.4%に上る。現在仕事に就いていない人なども含めた「労働力人口」は2018年時点で2774万8000人だが、正規労働者は昨年の1343万1000人から今年8月には1307万8000人まで減少した。
韓国のGDPは18年時点で世界10位だが、そのうちの44%を10社の大企業で占めるという特殊な経済状況だ。そのため、若者は大企業への就職のみを追い求めるようになっている。
そんななかで、国内3位の売り上げを誇るLGエレクトロニクス(旧LG電子)に暗雲が立ち込め始めた。グループ企業のLGディスプレイが、LCDテレビパネルの価格下落などで累積赤字が1兆ウォン(約9000億円)に上ったことが明らかになったのだ。
中国の安価なLCDパネルなどが台頭し、前年対比売上が5%減少、営業利益は赤字に転落した。LGディスプレイは、国内生産職社員の希望退職などコスト削減を進めてきたが、「今年の営業赤字は1兆5910億ウォンと創業以来最悪の実績を記録する」と見込んでいる。
韓国GDPの2割弱を占める国内最大企業であるサムスングループも、半導体の不振などで苦境に立っている。主力のサムスン電子が10月31日に発表した7~9月期の連結決算は、営業利益は前年同期比55.7%減の7兆7800億ウォン(約7200億円)と大幅減益。スマートフォン需要の回復などで後半期は業績を伸ばすのではないかとの見方も広がっているが、韓国全体に閉塞感が漂っており、文政権は難しい舵取りを迫られているのだ。
そんな社会情勢を背景に、米国からの圧力も受け、日韓関係の改善に向けて動き始めたわけだ。だが、道のりは険しいと言わざるを得ない。
(文=姜英順/ジャーナリスト)