「こんな説明ができないなら死んだほうがいい」――そう言われた部下は本当に死んでしまった。

 2017年にトヨタ自動車の男性社員(当時28歳)が上司のパワハラにより自殺した件が今年9月に労災認定されていた、というニュースを目にした。

報道によると、男性は地方大学を卒業後、東京大学大学院を修了し、15年4月にトヨタに入社したという。

 しかし、直属の上司から日常的に「バカ、アホ」と言われたほか、「なめてんのか。やる気ないの」「こんな説明ができないなら死んだほうがいい」「学歴ロンダリングだからこんなこともわからないんや」などと叱責された上、個室に呼び出されて「俺の発言を録音してないだろうな。携帯電話を出せ」と詰め寄られたこともあったという。3カ月間の休職を経た男性は復帰後、別グループの所属となったが、同じフロアの元上司から再三にわたって嫌がらせを受け、1年後に社員寮で自殺したという。

 昨年夏、かわいい弟を自殺で亡くした筆者は、このニュースを聞いて封じていた記憶が蘇ってきた。弟は某大学に勤めており、文部科学省に提出するための資料を作成していた。2年間、直属の上司の指示通りに動いて資料づくりをしていたが、たびたび内容変更を言い渡された挙げ句、やっとOKをもらった資料が今度は文科省から突き返され、ショックで首を吊ってしまった。

 遺族として多くの人に話を聞いた結果、上司の業務命令が朝令暮改になることが何度もあったことが、自殺に至る最大の要因だと知った。それでも筆者は、大学を訴えよう、労災認定させよう、などとは思わなかった。なぜなら、弟の遺書に上司への恨み節が書かれていなかったからである。また、職場の方々に対して「お世話になりました」と記されており、最後にはその上司の名前も記されていた。

 責任感が強く、他人を悪く言えない人間性の持ち主は、すべてを自分で背負い込んでしまったのだ。愛する妻と2人の幼い娘を残してまで天国に旅立った弟は、自殺する直前の頃、著しく視野が狭くなっていた気がする。自殺するぐらいなら転職すればいいじゃないか。なぜ相談してくれなかったんだ。弟の亡骸を見ながら、何度もそう口にした。あれから1年半。冒頭のトヨタのニュースを聞いて、この記事を書かずにはいられなくなった。

人間関係のストレスが限りなく低い職種とは

 自殺にはさまざまな要因があるが、なかでも大きいのが「人間関係」によるものだろう。

 厚生労働省の資料によると、自殺の原因・動機は「健康問題」(うつ病など)がトップを占めている。上司のパワハラなど職場の人間関係が発端でメンタルヘルスに不調をきたし、うつ病などを患ってしまうのだろう。叱責されたり罵倒されたりすることで「あの人とは一緒にいたくない」との思いが増幅し、相手の顔を見るたびに恐怖心に支配されるのではないだろうか。あるいは、過度なノルマを押し付けられて、それが長時間労働につながっているというケースもあるかもしれない。

 職場の人間関係に苦しみ、死を考えている人がいたら、こう言いたい。「転職してくれ」「やりたい仕事がなければタクシーを転がしてみろ」。世の中には数多くの職業が存在するが、タクシードライバーは「人間関係で悩む確率が限りなく低い」職種である。

 基本的に1人で仕事をこなすタクシードライバーの人間関係は、大きく3つに分けられる。乗客、会社の同僚、会社の管理職だ。このうち、乗客とは「二度と会わない」関係性である。短ければ5分、長くても1時間、同じ空間を共にするだけだ。普通にあいさつや会話さえできれば、トラブルが発生することはほぼない。

 また、同僚のほとんどは普通に接してくれる。自分で自分の売り上げを決める仕事なので、タクシードライバーにはどこかしら“一匹狼”的な雰囲気があるが、仲良くなれば酒を飲みに行き、会社や乗客の話を肴に大盛り上がり、ということも多い。

 最後に管理職だが、これも基本的にはルールを守って数字を上げていれば何も言わない。数字が上がらないドライバーに対しては厳しいことを言うケースもあるが、タクシー会社は社員がクルマに乗って乗客を拾ってきてくれないと、売り上げはゼロのまま。

つまり、休車を出したくないため、管理職は社員を気分良く走らせるのが重要な業務なのだ。そのため、パワハラのような物言いをする人間はほとんどいない(少なくとも、筆者は目にしたことがない)。

 自分で好きなルートを選択し、好きな時間に走って好きな時間に休める。売り上げも、いわば自分のやる気次第だ。もちろん、ノルマは存在するが、普通に走っていればクリアできる水準である。

 職場の人間関係がストレスで自殺するくらいなら、人間関係を気にせずに済む仕事に転職してほしい。その筆頭が、タクシードライバーだ。

(文=後藤豊/ライター兼タクシードライバー)

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