小売り大手のイオンが、100円均一ショップなどを運営するキャンドゥを買収する。国内外の異なる消費市場で、より広い範囲の需要を獲得しビジネスチャンスを広げる狙いがあるだろう。
今後の注目点の一つは、イオンが買収によって得た組織をどう運営するかだ。イオンは国内の食品スーパーの買収も行っている。イオンがさらなる成長を目指すために、国内外での買収戦略の重要性は一段と高まるだろう。買収を成長につなげるためには、イオン経営陣が組織を一つにまとめて従業員のチャレンジする心理や集中力を引き出し、消費者の欲する新しいモノやサービスを創出しようとする心理を増やすことができるか否かが問われる。
広い範囲の国内外需要の獲得目指すイオンイオンは、国内の消費市場でのさらなる需要獲得を一段と重視し始めたようだ。その一つの手段として、同社は買収戦略を重視している。キャンドゥ買収に加えて、イオンは中四国が地盤の食品スーパーのフジも買収する。
イオンがキャンドゥを買収する狙いの一つは、低価格の商品開発力を強化して事業環境の変化の加速化に対応し、より多くの需要を獲得することだ。まず、1990年代初頭の資産バブル崩壊以降、国内の需要は伸び悩み、経済は縮小均衡に向かっている。
具体的な変化の一つが、“ワンストップショッピング”の重要性が一段と高まったことだ。感染再拡大によって動線が寸断された結果、一つの場所(店舗)で必要なモノをそろえたいと思う消費者が増えている。食料品や日用品を取り扱うドラッグストアが増えているのは顕著な例だ。
今のところ、イオンの業況はドラッグストアなどの事業は相対的に堅調だ。しかし、デルタ株の感染再拡大の影響によって動線が寸断された結果、総合スーパー(GMS)の非食料品や、イオンモールの専門店の売り上げは想定を下回った。イオンにとって、ワンストップショッピングなど消費者ニーズの多様化に対応するために低価格の商品開発力を強化する重要性は喫緊の課題といってよい。それがキャンドゥ買収の背景要因の一つだ。
また、イオンの海外事業を取り巻く不確定要素の増加も、キャンドゥ買収の一つの要因だろう。足許ではイオンが事業運営を強化してきた中国経済の減速が鮮明だ。短期的に、イオンにとって低価格商品分野での商品開発力を強化するなどして、より多くの国内需要を獲得し、収益基盤の強化に取り組む重要性は高まる。
他方で、イオンによる買収提案は、キャンドゥにとってかなりの魅力があったと推察される。その背景要因として、3つの点に注目したい。
まず、キャンドゥはコスト増加リスクの高まりに直面している。現在の世界経済では感染再拡大による供給制約の深刻化や物流の混乱が起きている。さらには中国や欧州など世界的な電力不足によって天然ガスや石炭、原油などエネルギー資源の価格が高い。電力価格の上昇によって、アルミなどの非鉄金属の価格にも上昇圧力がかかっている。いずれもキャンドゥの売上原価や販管費を増加させ、利益率は低下する恐れがある。コスト増加への対応力を引き上げるために、イオンが持つ物流網などを活用する意義は大きい。
2点目に、キャンドゥにとってイオンの傘下に入ることは、より安定した、新しい店舗運営の基盤確保につながる。2020年11月期のキャンドゥの決算説明資料には、商業施設の閉鎖継続が事業運営上のマイナスの要素と記載された。イオンの運営するショッピングモールへの出店強化は、店舗の運営基盤の安定化につながるだろう。
3点目に、キャンドゥには海外事業を強化したいとの考えもあるだろう。2015年、モンゴルにキャンドゥは店舗を開き、2016年11月期には海外店舗数を30に増やそうとしていると報じられた。しかし、2020年11月末時点で、全店舗1,065のうち、海外店舗数は8にとどまっている。海外事業の運営は苦戦しているとの印象を持つ。中長期的な目線でキャンドゥの事業運営の展開を考えると、相対的に成長期待の高いアジア新興国などでの事業運営の強化は成長実現に重要だ。コスト増加への対応、出店基盤や海外事業戦略の強化などのためにキャンドゥはイオンによる買収に賛同したと考えられる。
シナジー実現のためイオンに必要な発想今後の注目点はイオンの事業運営だ。今後、これまで以上のスピードで、イオンを取り巻く不確定要素は増えるだろう。国内経済は、少子高齢化などを背景に縮小均衡に向かう展開が想定される。また、海外では中国の不動産会社のデフォルトが増加して不動産市況が悪化し、景気減速は一段と鮮明化するリスクが高まっている。
加速度的に変化する事業環境に対応するために、イオンにとって重要性の低下した資産を売却する一方で、先端分野や手薄なセグメントで買収や提携を行う重要性は増す。その中でイオンに求められることは、買収などによって取り込んだ社外の要素を活かして新しい需要を創出することだ。例えば、キャンドゥの商品開発力と自社の小売りビジネスを結合して、これまでにはなかった業態の日用雑貨品ブランドを開発する。それを、日本のブランドへの憧れが強いアジア新興国の需要獲得につなげるといった展開が想定される。
そのためには、イオンの経営陣が、買収した企業との協業を強化できるか否かが問われる。キャンドゥ株式に対する公開買付けの説明文書の中でイオンは数名の取締役を派遣する考えを示しつつ、買収後の事業運営体制はキャンドゥと協議する意向を示した。その記述の一つの解釈として、イオンは、社外から取り込んだ新しい発想などを活かし、新しい需要創出に取り組む体制を確立したいはずだ。
それが有言実行できるか否かが注目される。もし、イオンの経営陣が過去の事業運営の発想に固執し、自社の商品開発や組織運営の発想に従うように求めれば、買収によって得た組織を構成する人々の心理は不安定化し、モチベーションも低下するだろう。それでは組織全体での集中力を発揮して成長を目指すことは難しくなる恐れがある。
今後、国内外でイオンが買収をより重視する可能性は高まっている。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)
●真壁昭夫/法政大学大学院教授
一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
『仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
『逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
『VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
『AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。