コンビニの新たな取り組みは北海道で始まることが多い。なぜなのか。
流通経済大学教授の白鳥和生さんは「少子高齢化、過疎化、クルマ社会、買い物難民など『社会課題』が凝縮していることが大きい」という――。
■セブンの北海道プロジェクトの気になる中味
次の一手は、いつも北海道から動き出す。2025年7月11日、札幌市中央区にオープンしたセブン‐イレブン南7条店は、従来のコンビニ像を大きく覆す店舗だ。店内には夕張メロンや名店の袋ラーメン、冷凍ジンギスカン、アカチャンホンポの離乳食、さらにはガンプラまで並び、「地域の暮らしに寄り添う実験的売場」として注目を集める。セブン‐イレブン・ジャパンが推進する「北海道プロジェクト」の第1号店だ。
この動きは単なる地域限定施策にとどまらない。実は、北海道はこれまでも繰り返し“コンビニの実験場”として活用されてきた土地である。セブン、ローソン、ファミリーマート、そして地元の雄・セイコーマート――各社が北海道で何を試し、何を得てきたのか。その歴史と現在地を検証し、日本のコンビニの未来像を展望する。
■南7条店が目指す買い物難民対策
コンビニ業態の成長は、いまひとつの転機を迎えている。全国の店舗数は既に5万5000店を超え、都市部では店舗間競争が激化し、売上・利益率の伸びにも限界が見え始めている。「飽和市場」を打破しようと、各社は“次なる成長軸”として地方都市や地域課題への対応に活路を求めている。

セブン‐イレブン南7条店は、地域密着の品揃えと生活必需品の充実が最大の特徴だ。売場面積は約194平方メートル、取り扱いアイテムは約5300点。クロワッサンなどカウンター商材が幅を取り、冷凍食品や青果、調味料、ベビー用品の強化。まるで「総合スーパーのミニ版」のような佇まいである。オーブンなどの厨房設備、専用のタッチパネル式注文・発券機も導入。“できたての惣菜や温かい食事”を提供する体制を強化した。
背景には、北海道における買い物困難の進行がある。小売店の撤退、高齢化、車社会――これらを踏まえた「地域特化モデル」を試すのが北海道プロジェクトだ。同店で得られたデータや顧客反応は、苫小牧、旭川、釧路など道内6地域への展開、そして将来的な全国への応用を見据えている。
■実は「7NOW」も北海道発だった
セブンの即時宅配サービス「7NOW」も、最初の実証実験は札幌市で行われた。生活圏が広く、車移動が前提の北海道では、ラストワンマイル配送のニーズと課題を浮き彫りにしやすい。「宅配が本当に機能するのか」を見極めるには、北海道のような地域が最適だったのだ。

開始当初は札幌市内の数店舗を対象に、スマートフォンからの注文に最短30分で対応する仕組みを試験運用。オペレーションの最適化や需要予測の精度向上を図りながら、サービスエリアの拡大につなげていった。2025年現在では、東京や大阪などの都市部でも導入が進み、「店が来る」から「家に届く」への転換点となっている。
■ローソンは稚内で“最北の挑戦”
ローソンが日本最北の地・稚内に進出したのは2023年8月1日のこと。初の2店舗(稚内栄五丁目店/こまどり五丁目店)を同時開店し、年末までに4店舗体制へ。そして2025年6月5日、さらに3店舗を一括開店し、稚内市内は7店体制にまで拡大した。
人口減・高齢化・店舗撤退が進む地域において、ローソンは「コンビニが小型スーパーの代替になる」モデルを模索している。生鮮食品の取り扱い、生活必需品の拡充、地元とのパートナーシップ――稚内での試みは、他の地方都市へ波及する可能性を秘めている。
稚内は利尻島・礼文島など道内離島への物流拠点としても重要な役割を果たしている。ローソンは、稚内を起点に離島部への配送体制を整備することで、地域物流インフラの強化にも取り組んでいる。店舗展開にとどまらない「地域支援型ネットワーク」構築の実験でもある。
■道民大好きセコマが「先駆者」たるゆえん
セコマ(店舗名はセイコーマート、本社:札幌市)は、1971年にはぎなか店を札幌に開き、日本最古の現存コンビニとも言われる存在だ。
会員カードの導入(2000年)、自社電子マネー「ペコマ」の開発(2004年)、道内物流網の整備、PB商品の強化――あらゆる面で全国の先を行ってきた。
とりわけ酒類の値引き販売は、業界で初めて道内で実施され、のちに大手他社も追随した。北海道という「価格感度が高く、生活密着型の土地」でこそ成立した施策といえる。
災害時対応にも強みを持つ。たとえば2018年の北海道胆振東部地震では、停電下でも営業を継続。非常用電源やLPガスを備えた店舗設計が功を奏し、「ライフライン」としての役割を果たした。地域に根ざす姿勢とインフラ的役割が、地元からの厚い信頼につながっている。
■一時撤退のファミマも地元密着で復活
ファミリーマートの北海道進出は2006年。地域との共創を重視し、近年は札幌市立病院との共同開発商品(鮭マヨパンなど)や、子ども支援を目的とした「スマイルおむすびプロジェクト」を展開する。
2025年夏には、かつてのヒット商品「北海道生ビール」を復刻販売し、地元嗜好に応える施策も強化している。さらに、帯広市内の高校や上士幌高校との産学連携で、地元食材を活用したレシピ開発にも取り組む。
北海道に根を張るには、文化・味覚・人間関係を踏まえた“地元密着の再設計”が不可欠であることを示している。

■なぜ北海道が「実験場」となるのか
北海道には、他地域に先駆けて直面する社会課題が集中している。「課題先進地」としての側面を持つこの地では、急速に進む人口減少と高齢化、車社会を前提とした広域な生活圏、中心部以外での小売店の撤退、冷涼な気候による季節ごとの需要の偏りなどが見られる。
こうした環境は、都市部のモデルでは対応しきれない地域課題を浮かび上がらせる一方で、新しいサービスやフォーマットの実験場として極めて有効だ。北海道で通用するモデルは、いずれ他の地方都市でも機能しうる――この地が「日本の未来の縮図」として、各社から注目を集めてきたのも無理はない。
2004年には函館地区でセブン‐イレブン、ローソン、ファミリーマートの3社による物流の共同配送実験が行われており、北海道は「持続可能な流通モデル」のテストベッドとしても機能してきた。2022年2月にも内閣府のスマート物流サービスの枠組みのもと、同じく函館地区で3社による共同配送の実証実験が実施された。基幹センター間の横持ち輸送や過疎地店舗への配送共同化などを検証し、物流効率やCO₂排出削減の成果も報告された。
■コンビニの未来へのカギは社会インフラ化か?
コンビニ各社の取り組みは、コンビニ業態が飽和状態を迎える中で、次なる市場や役割を自ら掘り起こそうとする挑戦である。
セブンの南7条店では、野菜や冷凍肉が並ぶ一方で、観光客向けのガンプラが並ぶ。ローソンは稚内の港町で地元事業者と連携しながら食のライフラインを守る。セコマは道東や道北の小規模町村にも根を張る。
単なる利便性や商品力だけでは差別化できない時代に入り、地域密着型の価値創出が競争軸となりつつある。

もはや、コンビニとは単なる「便利な小売店」ではない。地域の暮らしに入り込み、生活課題の受け皿となる“社会インフラ”へと進化している。
そしてその進化の最前線が、北海道なのだ。コンビニの未来を知りたければ、北海道を見よ。セコマの成功、セブンの実験、ローソンの挑戦、ファミマの再構築――それらはすべて、変わりゆく日本社会における「地域密着流通」の新しい可能性を指し示している。
飽和市場にあってなお、挑戦は生まれる。冷凍ジンギスカンと夕張メロンの並ぶ売場は、未来のコンビニの予告編かもしれない。

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白鳥 和生(しろとり・かずお)

流通科学大学商学部経営学科教授

1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。
日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。

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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)
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