業績回復が鮮明になりつつある日立製作所と東芝の陰に隠れて存在感の薄い「総合電機万年3位」の三菱電機が、「売上高5兆円」の成長戦略をぶち上げ、珍しく脚光を浴びている。
同社は昨年11月10日に開いた投資家向け経営戦略説明会で、2020年度までに連結売上高5兆円以上、営業利益率8%以上という数値目標を掲げた成長戦略を発表した。
この成長戦略の中で、同社は産業メカトロ、重電、家電の3部門に経営資源を集中させ、重点的に伸ばしていくとしている。同日記者会見した柵山正樹社長は「重電部門では電力、交通、ビルが、産業メカトロ部門ではFA(ファクトリーオートメーション)と自動車機器が、家電部門では業務用空調機器、住宅機器などの法人向けが成長のエンジンになる」と述べ、20年度までに重電部門で3000億円以上、産業メカトロ部門で約4000億円以上、家電部門で2000億円以上の売り上げ拡大を目指す方針を示した。証券アナリストの一人も次のように評価するなど、説明会出席者の多くが同社の成長戦略に納得した模様をみせた。
「10月30日に14年度の連結業績予想を上方修正し、営業利益が過去最高益の2750億円の見通しを立てている。こうした勢いと、ここ数年の実績を1つずつ積み重ねてゆく手堅さぶりを勘案すると、この成長目標はかなり現実味がある」
売上高や営業利益こそ総合電機万年3位の地位は変わらないものの、営業利益率は6.5%で総合電機トップ(日立製作所は同6.1%、東芝は同4.9%。いずれも14年度見通し)。だが、市場にインパクトを与えるような話題が皆無に近い同社が注目される機会は少ない。日立と東芝の巨人の陰に隠れた「小さな優等生」は、いかにして高収益体質を確立したのだろうか。
●ホラと言われた「売上高4兆円」を達成
「社長就任時に掲げた『13年度までに売上高4兆円』の旗を降ろす気は毛頭ない」。三菱電機の山西健一郎前社長がそう断言したのは、13年3月中旬に開かれた記者懇談会での席上だった。だが、山西氏を取り巻いていた記者たちは、この強気発言に驚いた。
同社の売上高が過去10年で4兆円を超えたのは07年度の1度だけ。直近の実績も、11年度の売上高は前期比0.2%減の3兆6395億円。12年度のそれは同2.0%減の3兆5672億円。これを13年度に4兆円に乗せるには4328億円の上積みが必要。伸び率にして実に12.1%も必要になる。12年度連結決算発表時の13年度業績予想も、12年度比6.8%増の3兆8100億円にとどまっている。
08年度以降、売り上げ3兆円台を上下動している同社の4兆円乗せ発言に、記者たちが疑問を抱くのも当然だった。「何か秘策があるのか」と詰め寄られても、山西氏は顔に笑みを浮かべるのみで、その根拠を明かすことはなかった。
ところが、それから1年後の昨年4月28日、同社が発表した13年度連結決算は売上高が6期ぶりの4兆円(4兆544億円)に乗っていた。売上高の前年度比伸び率は、実に13.7%を記録した。
悲願の4兆円乗せを果たしたのは、6部門が揃って増収を達成したからだった。
山西氏の強気発言はホラではなかった。また秘策もマジックもなかった。業界内で「引き算経営」と揶揄される「事業の選択と集中」の帰結だった。同社関係者は、これを「バランス経営の成果だ」と胸を張る。
●巨額赤字転落受け、事業の選択と集中を徹底
大手電機メーカーの中で、同社ほど地道に事業の選択と集中を進めてきたメーカーはないといわれる。
1990年代後半、他の大手電機同様に、同社も半導体事業で大打撃を受けた。96~97年度の2年間で半導体部門は累計約1500円の最終赤字を計上し、その影響で97年度の連結決算は1000億円を超える巨額最終赤字に陥り、有利子負債も1兆7700億円まで一気に膨らんだ。
そこで同社はまず、収益の変動幅が大きい事業や製品を切り離す事業リストラを断行した。
次に08年には、携帯電話端末事業と洗濯機事業からも撤退した。さらに事業ポートフォリオを組み替え、競争は激しいが製品の差別化などで安定的な収益が得られるB to B(法人向け事業)分野に経営資源を集中する構造改革を地道に実行していった。
その一方で財務体質改善も着々と進め、10年度のネットキャッシュ(現預金と短期有価証券の合計額から有利子負債を引いた金額)のマイナスは、ピークだった97年度と比べて約9分の1に縮小した。
こうして事業の安定性と財務の健全性、すなわち「バランス経営」を確立した同社が、記者たちが無理だと目をむいた売上高4兆円乗せを予定通り達成したのは、必然といえよう。
●規模拡大から持続的成長へ
98年の巨額赤字転落を教訓に「規模拡大から持続的成長へ」舵を切った同社は、以降「3つのバランス経営(成長性、健全性、収益性)」に徹してきた。その具体策が業界内で飛びぬけているといわれる「事業の選択と集中」だった。これについて山西氏はかつて「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社/12年1月31日号)の取材に対し次のように答えており、「組織の三菱」らしい用意周到さがうかがえる。
「選択と集中は『強い事業をより強く』が目的だ。そのため強い事業へ人やカネを集中的に投資してきた。その結果『弱い事業』が自然と淘汰された。
では、次の「5兆円乗せ」に向けて死角はないのだろうか。証券アナリストは「もちろん懸念はある」と、次のように説明する。
14年度決算で予想している営業利益2750億円のうち、45%を産業メカトロ部門で稼ぐ計画になっている。130億円の営業利益を予想している情報通信システム部門も、人工衛星「ひまわり」を手掛けるなど公共事業への傾斜が激しい。公共事業は国の政策や政府の予算に左右されやすいので、一見安定的に見えながら継続性に欠けるので、必ずしも安定的とはいえない。したがって「産業メカトロ部門に過度に依存しない事業ポートフォリオをいかにして構築するかが、5兆円乗せの課題」と指摘する。
「飛躍がない代わりに失敗もない地味な成長」(電機業界関係者)ともいわれる三菱電機。次にどんな話題で脚光を浴びるのだろうか。
(文=福井晋/フリーライター)