全国的に天候に恵まれた今年のゴールデンウィーク。期間中は夏日となった地域も多く、外出先だけでなく自宅や親戚宅、友人・知人宅でアイスクリームを食べた人が多いかもしれない。
そんな家庭用アイス市場で年間売上高100億円を超えるメガブランドに「エッセルスーパーカップ」(明治)や「ガリガリ君」(赤城乳業)などがある。そして高級アイスの代名詞的存在が「ハーゲンダッツ」(ハーゲンダッツジャパン)だ。ブランド全体の売上高は400億円を超える。
現在も次々に新商品や限定商品を投入しており、例えば2月24日に発売したミニカップの「ハーゲンダッツ 華もち みたらし胡桃」(93ml)と「同 華もち きなこ黒みつ」(92ml)の2品は、注文が殺到して、発売後すぐに販売休止に追い込まれたほどだ。
ハーゲンダッツという名前から欧州発祥と思われがちだが、実は1961年に米国で生まれたブランドだ。創業者のルーベン・マタスが、酪農王国として知られるデンマークの首都・コペンハーゲンから「ハーゲン」を取り、それに語感の響きのよいダッツを付け加えた造語である。
●直営店での「行列」、イメージ訴求のテレビCMが話題に
日本に上陸したのは84年で、東京・南青山に「ハーゲンダッツショップ1号店」がオープンした。東京メトロ(当時は営団地下鉄)・外苑前駅から徒歩数分の場所で、青山通りに面した一等地だが、それまで店舗の入退去が激しいビルだった。それがオープン当初から若者を中心に大人気となり、連日長い行列ができた。
しばらくは直営店を中心に米国と同じ品揃えで展開したハーゲンダッツジャパンが、最初の転機を迎えたのは90年だ。実は、日本でアイスクリームの輸入が自由化されたのは同年のこと。そこで同社は「ハーゲンダッツアイスクリームバー」の輸入を始めたほか、従来のパイントタイプ(473ml)のカップから、120~125ml(当時の容量)のミニカップ販売を開始するなど、商品展開を広げていった。同時期にコンビニエンスストアへの商品供給も進めた。
コンビニへの供給やミニカップの販売は、時代の変化にも合っていた。今では全国各地に張り巡らされたコンビニ網も、当時はまだ拡大期だった。また、かつては家族で同じ容器から分けて食べていた高級アイスも、この時期から「個食化」が進んでいったからだ。
さらに91年、同社は世界の国々に先がけて、日本国内でテレビCMをスタートさせた。当初、米国の親会社は「CMが流れると、商品のプレミアム感が損なわれる」と難色を示したそうだが、ブランドエッセンスである「Pure Pleasure(純粋な至福)」「Intimacy(親密)」「Nirvana(安息)」の3つのバランスをとったCMを制作した。このイメージ訴求型のCMがお茶の間に受け入れられて、商品の認知度が上がった。
90年代後半からは、日米共同の商品開発として抹茶味の「グリーンティー」を発売(96年)したり、「アズキ」を発売(03年)するなど、日本らしいフレーバーも投入して人気を高めていった。これらの開発思想が、今春のみたらし胡桃やきなこ黒みつ味へとつながっている。
ちなみにグリーンティー開発当時は「真緑の食べもの」が米国の担当者にはピンとこなかったそうだ。そこで担当者を茶畑や茶室に案内するなど、日本のお茶文化を理解してもらうように努めたという。
●正攻法の商品開発、新商品と限定品で市場を活性化
ハーゲンダッツの商品哲学は、半世紀前の創業時から変わらない。食品添加物や着色料が当たり前だった60年代の米国にあって、創業者のマタス氏は「天然素材100%のアイスクリーム」を掲げ、モットーは「Dedicated to Perfection(完璧をめざす)」だった。アイスの原料となるミルク、砂糖、卵白から素材を厳選し、品質を徹底的に追求したという。
その商品哲学は現在も受け継がれ、「特に主原料のミルクへのこだわりは、最も意識しており、乳牛のエサとなる牧草を育てる土壌改良の研究から行ってきた」(同社)。日本では北海道の根釧地区(根室地区と釧路地区)の新鮮なミルクを使っており、酪農家は牧草が育つ土づくり、乳牛一頭一頭の体調に合わせた飼料の調整まで気を配っているという。
「かなり強い味わいの主原料なので、フルーツやチョコレート、ナッツなどの副原料選びにも気を配っている。濃厚なミルクに対抗できる風味を醸し出す副原料は限られているからだ」と、同社は説明する。食品も単独で食べておいしいものと、配合する素材として向くものは異なるので、素材を厳選しながら商品を開発するのだ。
アイスクリームの味に対する消費者の意識は、意外に保守的だ。ハーゲンダッツのミニカップ人気ベスト3は「バニラ」「グリーンティー」「ストロベリー」で、昔も今も変わらない。
ハーゲンダッツは昨年、野菜味の「スプーンベジ」のシリーズとして、「トマトチェリー」「キャロットオレンジ」の2種類を市場に送り出した。発売直後に業界紙編集長が「過去に野菜味でヒットしたアイスはないので難しいだろう」と予想した通り、ヒット商品とはならなかったが話題性は高かった。インターネット上でも盛り上がり、「意外においしい」「微妙」「スイーツよりも体をいたわる健康食品」といった感想がブログなどで散見された。
●消費者が期待するのは「味」とともに「情緒性」
消費者意識が多様化した現代では、アイスクリームに求められる価値も変わってきた。最近のキーワードは「大人」と「情緒性」だ。多くのアイスメーカーのブランド訴求に当てはまるもので、付加価値を打ち出して価格を高めながら、広告宣伝では「風呂上がり」などのアイスを楽しむシーンを訴求している。
実際の食べられ方でも、例えばスマートフォンを操作しながらの「ながら食べ」が目立っているという。ハーゲンダッツでいえば、片手で食べられる「クランチークランチ」(バーアイス)や「クリスピーサンド」などは、ながら食べに向く商品といえそうだ。
同ブランドに求める情緒性で多いのが、「自分へのごほうび」「食べて幸せになりたい」「リフレッシュしたい」だという。
前述した「行列文化」を起こした直営店も、同社は13年ですべて閉鎖して一般小売りに特化した。近年はコンビニ最大手のセブン-イレブンと共同し、限定品も打ち出している。セブン側にとっても高級アイス市場は魅力があり、「夏場の売り上げが大きい氷菓系とは違って、春夏と秋冬の売り上げに差がほとんどない」という。
小さい頃からアイスクリームを食べて育った人が大人になり、メーカーや流通の販売促進策も功を奏して、近年は「大人向けデザート」となったアイスクリーム。10年以上前にハーゲンダッツを取材した際も「ライバルはすべてのデザート」と話していたが、それが一層強まった感がある。
これから夏に向けての最盛期に向けて、各社の販売促進が一段と盛んになるアイス市場。人気の「鮮度」を保ちつつ、消費者の関心を高めるために、さまざまな工夫を凝らしている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)