学校などで使われている黒板は、なぜ「黒」ではなく「緑」なのだろうか? 黒板メーカーによる業界団体・全国黒板工業連盟(以下、連盟)のホームページを見ると「昭和29年、JIS規格が制定され、塗面が黒からグリーンに変わりました」と説明されている。

 現在、インターネット上などで流れている「黒板が緑色の理由」の多くは、これが情報源であると思われる。

しかし、連盟の北村勝也専務理事によると、そうとも言い切れないようだ。黒板が緑になった背景を聞くと、意外な事実が浮かび上がってきた。

●今でも「黒い黒板」は作られている

--そもそも、連盟はなんのために設立された団体なのでしょうか?

北村勝也氏(以下、北村) 連盟設立の背景は、第二次世界大戦までさかのぼります。戦前、黒板はその名の通り黒い漆を塗って作られているものが主流でした。ただ、漆は主に中国からの輸入に頼っていたため、日中戦争が始まったことで中国からの輸入が途絶えてしまったのです。一時は、漆を使わない「研ぎ出し黒板」を開発して賄っていましたが、戦後になると物資が足りず、研ぎ出し黒板すら作れなくなってしまいました。そのため、材料確保のために主だった黒板メーカーが集まってできたのが連盟なのです。また、この頃、日本工業規格(JIS)も制定されました。安定した品質の黒板を提供できるよう、『黒板もJIS規格に合わせていこう』という流れになりました。連盟が設立されたのは、1952年(昭和27年)です。

--連盟のホームページを見ると、「昭和29年、JIS規格が制定され、塗面が黒からグリーンに変わりました」とありますが……?

北村 確かに、ホームページにはそう記載されていますが、過去の規格を調べたところ、黒板の色の規定が定められたのは1968年(昭和43年)の「黒板通則」からのようです。これを見ると、黒板の色は「有彩色」と記載されています。
黒は無彩色なので「黒ではない」ことは確かですが、「緑」であるとも限らないのです。「緑」と色の指定がはっきり出てくるのは、1974年(昭和49年)のJISに提出した規格で、そこには「グリーンと黒」の記載があります。したがって、「黒を使うな」というわけではないのです。実際、今でも黒い黒板は作られています。

 ただ、私は黒板メーカーに勤めていたのですが、現場の感覚としては黒板通則が指定される少し前(昭和40年くらい)から、もう緑色の黒板が一般化していた印象があります。

●すし詰めの教室が、黒板を黒から緑にさせた

--なぜ、黒板の主流は黒から緑になったのでしょうか?

北村 「戦後のすし詰め教室」が原因ではないか、と考えられます。教室は、だいたい7.5メートル四方の正方形をしています。少子化が進んだ今は、教室に30名も入らないようですが、戦後のベビーブームの頃は、倍の60人近くが入っていました。そうなると、前の席の生徒は教卓にくっつくくらい、前に出ないといけません。窓からの光が黒板で反射すると、最前列の端に座る生徒は黒板が光って見え、文字が読めなくなってしまいます。黒よりも緑のほうが光の反射を抑えられるので、緑の黒板が普及していったのではないかと考えられます。

 なお、戦前~戦中までは黒い黒板が中心でしたが、当時すでに緑の黒板を作っているメーカーもありました。
また、陸軍参謀本部は「目にいいから」という理由で緑の黒板を使っていた、という説もあります。

--ちなみに、黒板の耐久性はどのくらいなのでしょうか?

北村 使用頻度によって変わりますが、基本的に長持ちします。使用頻度が最も高いのは、予備校です。朝から晩まで黒板一面に文字が書かれ、それが消され、また書かれ……というサイクルが繰り返されますが、それでも5~6年に一度、表面の取り替えを行うだけです。

--少子化で、黒板業界はどう変わっているのでしょうか?

北村 今、全国には60~70万の教室があるといわれていますが、少子化で年間2000~3000教室が減っているそうです。文部科学省の「学校環境衛生基準」に従い、連盟では黒板の劣化をチェックする「黒板検査用色票」を作成、全国の学校に配布しています。こういったメンテナンス需要や、電子黒板などの多角化で、環境の変化に対応しています。

 黒板検査用色票は、複数の「OKの色」と「NGの色」が一枚の紙にまとめられ、さらに見本の色の下には穴が開いている。写真のように、黒板に実際に重ね、見本の色と黒板の色を比較して確認する仕組みだ。

 黒板が黒から緑になった背景には、戦中~戦後史、さらにその中でより良い学習環境を提供するためのメーカーの工夫が込められていたのだ。
(文=石徹白未亜/ライター)

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