Z世代の親子関係に変化が起きている。『Z世代の頭の中』(日経プレミアシリーズ)を上梓したばかりの世代・トレンド評論家の牛窪恵さんは「就職の相談をするのも、場合によると教育費を出してくれるのも『母親』という状況になり、父母の力関係が変化してきている」という。
社会学者の山田昌弘さんとの対談をお届けする――。
■世界で初めて日本で起きている「親子逆転現象」
【山田】日本は目に見えない形で徐々に貧しくなっていくと言いましたが、そのことは親子関係にも影を落としていると思います。
先日ある女子学生が、「うちのお母さん、大学生だった頃はアッシーもメッシーもいたんだから、あなたも早くそういう人を見つけて結婚しなさいって言うんです」なんていう話をしていました。
30年前はたしかにそうだったかもしれませんが、おそらくいま、アッシーやメッシーになれる余裕のある男性なんていないんじゃないでしょうか。
いまの学生の親たちはちょうどバブル世代ですから、子どもたちの世代をかわいそうだと思っているのか、情けないと思っているのかはわかりませんが、いずれであるにせよ、親世代のほうが豊かで楽しい青春時代を送り、子ども世代のほうが厳しい青春時代を送っているという現象は、おそらく世界的に見ても初めてのことではないかと思います。
■Z世代の家庭に起きている「父と母の逆転現象」
【牛窪】博報堂生活総合研究所は、2024年に「若者30年変化」という調査を実施しました。
文字通り30年前、すなわち1994年との違いが分かるのですが、これを見ると、Z世代の親子関係の特徴として、母親の存在感が増していることが分かります。
同総研では「メンター・ママ」という表現を用いていますが、たとえば、94年に「悩み事を相談することが一番多い相手」を「母親」と答えた人は10.5%だったのに対して、2024年では31.8%と約3倍に増加しています。
また、父親と母親のどちらを尊敬しているかという問いには、実に61.5%が「(どちらかといえば)母親」と回答していて、父親との逆転現象が起きています(父親は53.5%→37.0%に減少)。「自分の価値観に一番影響を与えている相手」でも、母親という回答がおよそ2倍の約4割(21.6%→41.2%)に増えた半面、「父親」の回答は2割に留まっています。
■進路も母親の情報に頼る傾向
【牛窪】「メンター・ママ」が顕著になった理由のひとつに、共働きが増えて母親の知見が増えた影響もあると思うのですが、一方で、バブル世代や団塊ジュニアの男性(父親)たちがバブル崩壊を機に自信を失ってしまったことも関係しているかもしれません。彼らにインタビューをしてみると、「日本はもう終わりだ」とか「この先は堅実に生きていくしかない」といった悲観的な言葉がとても多いのです。

一方、女性はどうかというと、男性よりも現実的で、情報収集能力も高い印象が強い。実際、ベネッセ教育総合研究所らが高校3年生を対象に行った2024年の調査でも、「進路決定に影響した人」のトップは、「母親」が約8割(79.3%)と断トツで多く、「高校の先生」や「友達や先輩」をはるかに上回っています。「父親」の回答はさらに少なく、およそ5割(51.2%)のみ。ちなみにこの調査では、偏差値が高い(55以上)の高校生のほうが、母親の影響力をより強く受けている様子も見てとれます(「高校生活と進路に関する調査」)。
2005年頃から「イクメン」という言葉が流行し始めて、父親も子育てに参加するケースが増えてきたので、子どもに対する父親の影響力がこれほど下がっているとは思いませんでした。なぜ、こうなんだろうという感想を持ちました。
■子ども世代の「参考にならない働き方」
【山田】あくまでも一般論ですが、偏差値が高い子の父親は仕事人間で忙しいから、子育てにかかわっていられません。いくらイクメンなんて言われたって、正社員でバリバリ仕事をしている男性の場合、気持ちはどうあれ、実態的には子育てに割く時間がなくて、母親任せにしてきたという人が多いのではないでしょうか。
そんな父親の姿は、これから共働きでやっていかなくてはならないZ世代から見れば、決してよくは見えませんよね。尊敬されていないと悲観的になる必要はないと思いますが、少なくともZ世代の参考にはならないわけです。
【牛窪】自分を大学に行かせてくれたお父さんには感謝しているし、尊敬もしている。「でもああはなれないし、なりたくもない」……。
Z世代の多くが、そうした主旨の発言をします。親とは時代が違うのだと。彼らはまだ若い段階で、自分たちの世代は、子どもに必ずしも同じようなことをしてあげられないのではないか、と悟っているようです。やはり、親との世代間格差を痛感しているのでしょうか。
【山田】そういうことだと思います。いずれにせよ、これからは父親と母親の役割上の区別がだんだん少なくなっていくんでしょうね。昔はお父さんに養われているのだから尊敬して感謝するのが当たり前という感覚がありましたけれど、いまは、お母さんだって生活費も教育費も出しているわけですから。
■子どもの就職にも結婚にも介入する親たち
【牛窪】もうひとつ気になったのは、男の子に対するお母さんの期待値がものすごく高いということです。Z世代は、ひとりっ子の割合が5人に1人程度にまで増え、親が一人の子どもの教育にかける時間も費用も膨らむ傾向にあったせいかもしれませんが、別件で取材すると、自分が手塩にかけた子に「ハズレの人生を引いてほしくない」という意識のお母さんがとても多い印象です。
企業が学生に内定を出すとき、同時に「オヤカク(親の確認)」を取ったり、入社式に親を招いたりするのは普通のことになってきましたが、そうした親の介入がその後、Z世代の男の子の恋愛や結婚にまで及ぶケースも見受けられます。「ああいう娘はやめておきなさい」「奥さんには向かないわよ」などと、母親が息子にアドバイスしたりするわけです。
そこでZ世代が反発するのかというと、そうでもないのです。
自分は結婚後、共働きをするだろうから、親の支援や協力がないと子育てもしにくいはずだ。なにより、自分に期待する母親の意見を無視すれば、母親が悲しむだろう。そんな懸念も見え隠れします。
一方、親は親で子どもに見捨てられたくない、との思いも強い。さすがに現代では「老後をわが子にみてもらおう」と考える親は少数派ですが、精神的に切り捨てられるのは不安です。その結果、いわゆる「共依存関係」に近い親子の様子も、幾度となく目にしました。
子どもは子どもで、親に気を遣って甘えている。でもそうなると、「親子」の関係性が「大人対大人」へと切り替わる機会を逸してしまいます。若い人たちが、お金をかけずに、少しの間でも「大人の家出」をできる機会(安価なシェアハウスのようなもの)を増やしていければ、親と子の間に適度な距離が生まれ、関係性に変化も生まれるかもしれませんが。
■子世代の哀れな現実を受け入れるしかない
【山田】やはり親世代の不安が大きいのでしょうね。自分の子どもはよい学校に行けるんだろうか、下手をすると引きこもってしまうんじゃないだろうか、いい就職先が見つかるんだろうかと……。
いまの親世代って、多くの場合、自分の親よりもいい学校に通って、いい会社に入って、豊かな暮らしをしてきたわけですよ。
ところが、どうやら自分の子どもはそうなりそうもない。だからこそ、いろいろな面で子どもの人生に介入したくなってしまうんです。
でも、息子や娘を見て哀れだと思っても、もうそういう時代なのだということを受け入れていくしかないんです。だって、米の値段が2倍になってもデモひとつ起きない国なんて、見ようによっては幸せな国じゃありませんか。少なくとも、日本政府はとても幸せだと思いますよ(笑)。
■日本型雇用を変えるなら今がチャンスではないか
【牛窪】一般によく言われる日本人の傾向、すなわち同調性が強いとか、自己主張しすぎないといった特性は、集団として団結する分にはいい面もあるとは思うのですが、一方で、意見を闘わせる中から変革を起こしたり、新たなイノベーションを生み出したり、という面では、マイナスに働く部分が大きいでしょう。山田先生がおっしゃるように、静かに衰退していって、ふと気がついたらこんなとんでもない国になってしまった、なんてことにもなりかねない危うさを感じます。
バーチャルな世界で得られる高揚感や達成感のお話も出ましたが、エコーチェンバーやフィルターバブルという言葉が象徴するように、多くのSNSは近年、AIによってその人に興味のある情報ばかりが提示されやすく、そうでない情報は見えにくくなる傾向にある。そうなると、居心地のいいSNSのコミュニティに浸りすぎてしまい、それが世界のすべてのように感じてしまう。そこで満足してしまう怖さも感じます。
でも、『Z世代の頭の中』にも登場しますが、元サッカー選手の本田圭佑さんに憧れていたZ世代の若者が、SNSで彼と直接繋がり、本田さんの会社で働くようになって、のちに起業した際に、彼の周囲の人物から投資を得ることに成功した、といったことも実際に起こっているのです。SNSが存在しない時代だったら、到底考えられないことですよね。

今回取材したZ世代の若者たちは、「コロナ禍で時代が変わると思っていたのに、ゲームチェンジが起きなかった」と嘆いていました。でも現代は人手不足で、働く現場でもデジタル化が急速に進むからこそ、旧来の日本型の雇用形態を変えていくチャンスだと思うんです。ホワイトカラーの仕事がどんどんAIに置き換わっていくと、新卒一括採用や正規・非正規といった概念も揺らぎ始めるでしょう。フレキシビリティーのある多様な働き方が可能な社会を作るなら、いまがチャンスではないでしょうか。

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山田 昌弘(やまだ・まさひろ)

中央大学文学部教授

1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主著に『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『「家族」難民』『底辺への競争』(朝日新聞出版)、『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社)、『結婚不要社会』『新型格差社会』『パラサイト難婚社会』(すべて朝日新書)、『希望格差社会、それから』(東洋経済新報社)など。

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牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)

マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表

立教大学大学院(MBA)客員教授。
同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『』『』(ともに日本経済新聞出版社)、『』(講談社)、『』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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(中央大学文学部教授 山田 昌弘、マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表 牛窪 恵 構成=山田清機)
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