9月16日に「ネスカフェ原宿」でイベントがあり、出かけてみた。原宿らしいおしゃれなカフェが常設されていて、「ドルチェ グスト」というネスレ日本の抽出マシーンを使っていて、そのマシーンでカプセルから淹れたコーヒーを供している。
スイスに本社を置くネスレは、食品企業としては世界最大。197カ国・地域で事業を展開し、2014年度の売上高は916億スイスフラン(約10.6兆円)、営業利益率は約15%と高収益を誇る。ネスレ日本は業績を公表していないが、「15年1-6月期で数量ベースの伸び率が4.3%増となり、営業利益は対前年同期比11.3%増」(9月7日同社事業戦略発表会)とされる。
実は、ネスレ日本の業績は好調どころか、世界に34万人近くの従業員がいる「ネスレ・ワールド」の中で、「ジャパン・ミラクル」として語られている。12年度に営業利益の伸びは前年同期比25%となり、先進諸国の現地法人の中で好調ぶりが際立っているのだ。
高岡浩三社長は「21世紀型のマーケティング」と呼んでいる。2大商品というと、「キットカット」と「ネスカフェ」だが、本稿ではネスカフェに焦点を絞って「マーケティングの4P」に当てはめて解説したい。
●新製品のために業界団体を脱退
マーケティングの4Pとは、Product(商品)、Price(価格)、Place(流通経路)、Promotion(販売促進)を指す。ネスカフェというProductは、13年に生まれ変わった。ネーミングも「インスタント」から「レギュラーソリュブル」に変更。ソリュブルとは「溶ける」という意味である。
Priceも強気で、10月に発売される「香味焙煎 究み」の希望小売価格は1800円(35グラム)と、即席コーヒーとしては圧倒的に高価格だ。
ネスレ日本はレギュラーソリュブルの導入に当たり、果断な姿勢を見せた。国内シェアの7割を持ち、自らが売り上げ最大の会員だった日本インスタントコーヒー協会など業界4団体から脱退したのだ。決断となったのは、全日本コーヒー公正取引協議会が14年6月の総会で、「インスタントコーヒーではないと消費者に誤認される」として表記変更を認めなかっただけでなく、広告上もこの名称を利用できないように自主ルールである公正競争規約を改めたことだった。
以前に本連載記事『米国で日本企業が標的に…日本ガイシ談合で巨額罰金 前社長らに禁錮刑の可能性も』でも述べたが、私は業界団体というのはある時は談合の温床となり、またある時は有力会員を独走させないための圧力醸成の場となっていると見ている。足を引っ張る、と言ってもいい。いずれにせよ公正取引を阻む性格が、日本の業界団体のいくつかに見られるのは残念なことだ。ネスレ日本の脱退決断を支持したい。
●バリスタとネスカフェ アンバサダーに注力
Placeとは、どこで売るか、つまり流通経路のことだ。ネスレ日本は、缶コーヒーからも15年3月に撤退してしまった。
これらのルートを閉じ、同社が直接消費者にコーヒーを届けようとする施策がユニークだ。
まず、家庭用コーヒー・マシーンである「ネスカフェ バリスタ」。これでレギュラーソリュブルを淹れてもらう。1杯当たりの価格は概算20円だそうだ。
「バリスタ自体は、当初1万5000円で売り出したらまったく売れなかった。価格を試行錯誤して、現在は9260円(メーカー希望小売価格)として(販売は)順調。累計で270万台出ている」(ネスレ日本広報室による)
また、コーヒー・カプセルを使う新世代機「ネスカフェ ドルチェ グスト」は、現在までに160万台出回った、ともしている(同)。
オフィスでネスカフェを楽しんでもらおうというのが「ネスカフェ アンバサダー」。これは製品名ではなく、制度でありビジネスモデルだ。
●高岡社長は生粋のネスレ育ち経営者
最後にPromotion。文頭で紹介したネスカフェ原宿でのイベントのような、ひとひねりしたイベントなどを盛んに催している。またネスカフェではないが、同社はキットカットをプロモートするために、本格的な映画を自主製作して動画共有サイト「YouTube」上で公開するなどという大胆な施策も行っている。
これらの一連のユニークなマーケティングをリードしているのは、どんな経営者なのか。現在55歳の高岡社長は、83年に神戸大学経営学部を卒業してネスレ日本に就職した、生粋のネスレ人だ。外資系企業というと、転職や海外MBAを経てという経歴の社長が多いが、プロパーのままトップに上り詰めた、そして同社で初めての日本人社長だという。
その高岡社長がこれらの一連のマーケティング施策を次から次に思い付いたのか、それなら大変なアイデアマンだと思ったら、「多くのアイデアは当社の『イノベーションアワード』から出てきています」(同社広報室)とのこと。社員からアイデアを募るのは多くの会社で行っていることだが、同社でユニークなのは、小規模にまず実践、実験してみた上で応募できることだという。つまり、フィージビリティー(実現性)がある程度担保された施策やアイデアが上がってくるという。
しかし私は、そんな仕組みを考えた高岡社長がやはりアイデアマンだと思う。自分だけで考えるのだけではなく、社員たちに考えさせる、それを仕組みにして効率化した。優れた経営者だ。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)