フジテレビは、7月6日、「検証 フジテレビ問題 反省と再生・改革」と題する検証番組を放送した。元関西テレビ社員の鈴木洋仁神戸学院大学准教授は「フジテレビはやはり解体するしかないと確信を強めた。
明らかになったのは、問題の核心ではなく、“世間との決定的なズレ”だったというほかない」という――。
■まるで「コンプライアンス研修用教材」のよう
隔靴搔痒(かっかそうよう)、肩透かし。
発端となった『週刊文春』の報道から半年あまり。検証番組「検証 フジテレビ問題 反省と再生・改革」(7月6日放送)を見て、多くの視聴者が、そう思ったのではないか。私たちが求めていた「真相」とは違ったからである。
3月31日に公表された第三者委員会による「調査報告書」(以下「報告書」)の映像版、というか、衝撃も新事実もなく、まるでコンプライアンス研修用教材のようだった。中居正広氏、「フジテレビのドン」と言われた日枝久相談役、編成部長(いずれも肩書は事案発生当時)といった、枢要な関係者のインタビューはもちろん、テレビのニュースでよく見る「直撃映像」もなかった。
なるほど、中居氏と元女性アナウンサーとのトラブルについては「女性Aさんへの人権侵害事案」と表現していた。中居氏の代理人によって、放送前日、5日付で出された第三者委員会に対する「貴委員会に対する釈明要求のご連絡(3)」では、「性暴力」の認定と公表について、「到底受け入れることができません」としており、今回の番組では考慮したのかもしれない。
■なぜ「プライベートのトラブル」と認識したのか
日枝氏については、「3回にわたり取材を申し込みましたが、日枝氏は応じませんでした」とのナレーションとともに、取材依頼状を映し、「盟友」の尾上規喜元監査役をはじめ、歴代社長のインタビューは放送していた。
しかし、私たちが、いや、少なくとも私が知りたかった「真相」には迫ってくれなかった。私が求めていたのは、「本当に何が起きていたのか」、であり、「なぜ、起きたのか」である。

とりわけ、港浩一社長と大多亮専務(いずれも当時)らが、「プライベートな男女間のトラブルが起きている」(検証番組での港氏の表現)と認識したのは、なぜなのか。言い換えれば、女性アナウンサー(社員)とタレントとのあいだの「プライベートな男女間のトラブル」が、日常茶飯事だったのではないか。そうした疑問に答えてほしかった。
■第三者委員会のストーリーをなぞっただけ
「報告書」のストーリーは、明快だった。
「本事案には性暴力が認められ、重大な人権侵害が発生した」のであり、そこに至るには「2人での密室での食事を断ることができない状況に追い込まれたこと」があった。本事案は「CX(フジテレビ)の『業務の延長線上』で発生した」からである。
にもかかわらず、当時、大多亮氏と当時の編成局長を含めた「港社長ら3名には本事案がCXにおける人権問題であるとの認識がな」かった。背景には、同社において「そもそもハラスメント問題に関する認識の誤り」があり、「全社的にハラスメント被害が蔓延していた」と評価している。
ただ、全社的に、どれだけハラスメントが広がっていたとしても、いくら「ハラスメント問題」に関する認識が間違っていたとしても、さらには、たとえ「女性アナウンサーは上質なキャバ嬢だ」と大多氏が表現するほど蔑視していたとしても、はたして、中居氏のような大物タレントと女性社員とのあいだに「プライベートな男女間のトラブル」が起きたと「認識」するものだろうか。
港氏は、とんねるずとの昵懇が番組内でたびたびネタにされてきたし、大多氏もまたスキャンダルを報じられた過去がある。上層部が、出演者たちと「プライベートな」関係にあるからこそ、さらには、検証番組の司会を務めた宮司愛海氏を含め、女性アナウンサーがプロスポーツ選手や著名人と結婚してきた「企業風土」があるからこそ、今回も同じだと「認識」したのではないか。
ほかの誰でもない、自社が今回の事案を検証するのであれば、切り込むべきはその「企業風土」そのものではないか。
それなのに検証番組は、その点には触れることなく「報告書」のストーリーをなぞっただけだった。
■「内部ガバナンス不全」の問題なのか
ここに、フジテレビのズレがある。
どこまでも内部ガバナンスの不全との判断だったのである。今回の番組でも、「その元凶」としてやり玉に挙げられたのは、「すでに終わった人たち」であった。「死人に口無し」とまではいかないが、港氏も大多氏も、そして日枝氏もすでにフジテレビを辞めた人間である。安心して叩けるから、叩くだけ叩いてガス抜きをしておこう、そう見えた。
典型的なのは、反町理氏への糾弾である。反町氏のハラスメントについては、「報告書」で「CXにおけるハラスメントに対する取り組みを分析する上で特筆に値する」とされた。私は、以前プレジデントオンラインに寄せたコラムで「キモくてセコい」と表現した。
検証番組では、反町氏が報道局の会議で謝罪する映像と、「調査を委嘱した取締役会の一員として第三者委員会報告書を尊重します」とのコメントが流されたが、どうも違和感を拭えない。
■世間が感じる「ズレ」の正体
同氏による後輩女性社員2人に対する2006年から2008年にかけてのハラスメントが、2018年に報じられたにもかかわらず、地上波番組のキャスターに起用された。そればかりか、反町氏は、その後も順調に出世を続けた。
「ハラスメント事案に目をつぶり続けたことに、現場には諦めの声が広がった」との検証番組のナレーションは、真実なのだろう。
それでも、いや、それゆえに、フジテレビの「認識」はズレているのではないか。反町氏のハラスメントは、社員を相手に行われており、その後の対応も含めて、内部ガバナンスの不全にほかならない。
これに対して、中居氏による元女性アナウンサーへの「人権侵害事案」は、「業務の延長線上」、つまり、内部ではなく、外部との関係において発生したのではないのか。
フジテレビは、あくまでも内々の問題だととらえているが、それは正しいのか。たしかに、内部ガバナンス不全の問題は大いにあっただろう。「報告書」が指摘した通り、本事案が発生した原因の一つであることは否定しない。しかし、少なくとも今回の「人権侵害事案」については、外との関わりこそ、問われなければならないのではないか。
ここに、検証番組の、そして、フジテレビのズレがある。
■「検証番組」制作側が抱える2つの難しさ
とはいえ、検証番組の難しさについて、私には個人的な思いがある。18年前に勤めていた関西テレビで見聞きした経験に基づいている。
同社では、「発掘!あるある大事典II」での捏造(ねつぞう)を受けて、検証番組を放送した。
その番組には、報道局のエースとして、私がいまも尊敬する先輩社員2人が投入され、「真相」を明らかにしようと奮闘していた。
けれども、結果としては、真相解明には至らなかったと言わざるを得ない。
なぜか。理由は大きく2つある。
ひとつは、権限の弱さである。番組の制作は調査委員会(当時)による調査と並行して行われる。第三者である弁護士らが介入して進められる調査に比べれば、あくまでも自社の取り組みとして進められる検証番組のための取材は、どうしても強制力は弱くなる。
「あるある」でいえば捏造を起こした直接のディレクター、今回でいえば中居氏といった、決定的に重要な人物の証言を取ろうとしても、無理強いする資格は、検証番組の制作スタッフには与えられていない。フジテレビの検証番組スタッフには、同情を禁じ得ない。
もうひとつは視点のブレである。番組として成立させることがゴールになるからこそ、番組内で何かしらの「答え」を提示できるものに焦点が当てられてしまう。真相追究なのか、それとも、原因究明なのか、ブレざるを得ない事情がある。

こうした検証番組の根本的な難しさは克服しがたい以上、SNS上のコメントにあるように、スポンサーや株主向けのアピール=禊に見えるのは仕方がない。
■フジテレビ再興の道はこれしかない
だからこそ、やはり、フジテレビのズレを解消するためには、解体しかないのではないか。
番組の最後では、若手社員の奮闘が描かれ、司会の宮司アナウンサーが「フジテレビに関わる皆が安心して働ける職場環境をつくるため、私たち社員一人ひとりが自分ごととしてとらえ、責任を持ち、行動して参ります」と述べた。
「再生・改革」のために、内部のコンプライアンスを整え、徹底する、それは大前提だろう。さらには、前述したように、上から下まで、すなわち、骨の髄まで有名人との「プライベートな」関係が溢れている構造=企業風土にメスを入れなければ、何も始まらない。
その上で、宮司氏の文言を実現するためには、「安心して働ける」わけではない、外部の人たち=制作会社のスタッフ全員を、フジテレビの正社員として雇ったらどうか。
「あるある」の捏造にあたってテレビ局員と制作会社スタッフとの格差が要因とされてから20年あまり。フジテレビを文字通り解体し、新しい組織を作らなければならない。
それは、まさしく日枝久氏が、45年前に編成局長に抜擢されたときの改革である。合理化の名の下にアウトソーシングしていた制作部門のスタッフに「安心して働ける環境」を用意したから、検証番組で清水賢治社長が述べた「テレビの民主化」を実現できたのである。
今度こそ、フジテレビを解体し、新たな「テレビの民主化」を成し遂げる。それくらいの覚悟なしには、フジテレビのズレを解消できるはずがない。


----------

鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

----------

(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
編集部おすすめ