サンリオのキャラクター「ハローキティ」と衣料品大手の「ユニクロ」との間にはなんの関係もないように思えるが、実は共通点がかなりある。
どちらも海外で、特にアジアでは知名度の高いブランドだ。
そして、ユニクロが米国市場で苦戦を強いられ、進出してからの10年間で赤字が増大し続けていることが問題となっているように、キティも『アナと雪の女王』(ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ)の人気に押され、米小売店の棚スペースの半分くらいを(アナ雪キャラに)奪い取られたことが話題となっている。
とはいえ、決算の数字を見る限り、ユニクロの親会社であるファーストリテイリングもサンリオも好調である。ファストリの2015年8月期の連結業績は、売上高、利益ともに過去最高で、売上高は1兆6000億円を超え前期から21.6%増、純利益は前期比47.6%増の1100億円だ。
サンリオにしても、15年3月期で売上高(745億円)、営業利益ともに減少はしたが、14年までは毎年のように最高益を更新していた。15年度も、営業利益率はなんと23%という驚異の高さだ。
つまりどちらも、ほかの多くの企業にしてみればうらやましい限りの成績だ。だが好調が続いているからこそ市場の期待感も大きく、かえってちょっとした不安材料で株が下がったりする。
●ユニクロとキティ、ブランドに陰り?
たとえば、ユニクロの国内既存店売上高が15年6月から8月までの第4四半期に前年比で下がったと騒がれた。サンリオも、14年5月に利益率の高いライセンスビジネスの見直しをするのではないかとの見方が広がり、株価が6000円台から2000円台に急落した。
サンリオの場合は、ビジネスモデルを変えるかもしれないという大きな話で、「ちょっとした不安材料」には含められないかもしれない。
「ブランドに陰り」と書いたが、これは売り上げの原動力となるブランド力が落ちたといっているわけではない。そうではなく、ユニクロやキティのブランドの個性、アイデンティティがあいまいになってきたという意味。満月に雲がかかって暗い空との境界があいまいになっているという意味での「陰り」だ。
ブランドに陰りが出てきたことが、すぐに売り上げに直結するわけではない。だが、ブランドのアイデンティティがあいまいになるとブランド価値が落ち、その結果、売り上げが下がる例は多い。
たとえば13年、イタリアの自動車メーカー・フェラーリの当時会長のルカ・ディ・モンテゼーモロ氏が、高級車「フェラーリ」の生産を年間7000台以下に抑えると語った。12年のフェラーリの販売台数は、中国の富裕層の購入などもあって過去最高の7318台を記録。これに対し、「これは多すぎる。フェラーリを買うのにふさわしい洗練された金持ちは世界に7000人以上はいないはずだ」というのが同氏の主張だ。この発言は、フェラーリのアイデンティティを明確にし、イメージを確立するのに役立つ。また、購買客に「自分は世界中で選ばれたわずか7000人のひとりだ」と満足感を与えることもできる。
だが、生産台数を限定するということは、売り上げに上限をつくることになる。フェラーリの90%の株を所有している米自動車大手FCA(フィアット クライスラー オートモービルズ)は、「新興国市場が伸びているのだから9000~1万台に増産してもよいのではないか」と、反対意見を表示。結局、フェラーリのラグジュアリー性を強調したかったモンテゼーモロ氏は会長を辞任した。辞任させられたというほうが正しいかもしれない。
このように、ブランドアイデンティティやブランドイメージの維持と売り上げのバランスは難しい。
●キティは飽きられてきた?
キティの場合は、売り上げや利益が上昇するなかで、アイデンティティが損なわれてきているのは明らかではないだろうか。
キティは1999年に女子高校生を中心にブームとなり、サンリオは過去最高となる188億円の営業利益を出した。当時サンリオは、キティ関連商品を自ら企画し直営店で販売する手法をとっていたので、ブームが去ると直営店の経費や商品在庫がコストとなり収益が急激に悪化。業績不振が続くサンリオを蘇らせたのが、08年に入社した鳩山玲人氏と、その手腕を買って三菱商事から引き抜いた創業者の息子の辻邦彦氏だ。
2人が採用した戦略は、自ら商品を企画販売するというコストも在庫リスクも高い従来のビジネスモデルではなく、企業にライセンスを供与してキャラクター使用のロイヤルティとして売り上げの数%~10%程度の使用料をサンリオが徴収するという非常に利益率の高いビジネスモデルに変換することだった。そのかいあって09年からは営業利益が急増し、12年には99年の営業利益を超えるまでになった。
しかし、その一方で「キティは仕事を選ばない」と揶揄されたように、キティは過剰労働よろしく、文具やアパレル、家電をはじめとして、ありとあらゆるところに顔を出すようになる。
コンビニエンスストアでキティ顔の肉まんが売られ、工事現場の単管ゲートもキティ顔。イメージがどうこういう前に、これだけあちこちで働いていては飽きられる。
鳩山氏は「オープンイノベーションの考え方を導入して、外部の知恵を生かすようにした」「可愛い、仲よく、助け合いの精神に則っていれば、あとは自由」と語っていたが、オープンイノベーションの意味を自分の都合のよいように解釈して、キティで短期的に儲けることしか考えていないのではないかと非難されても仕方がない。
ミッキーマウスを筆頭に、シンデレラ、白雪姫、ラプンツェルという3人の人気プリンセス、そのほかにも多くのスターキャラクターを抱え、ライセンスビジネスではNo.1の売り上げを誇るウォルトディズニーは、他者によるデザイン変更はダメ、使い方も制限し、イメージを慎重に守る方針をとっている。しかも、一業種につき一社での使用が常識となっている。
●手本はミッキーマウス
一方のキティは、たとえばファストファッションの分野でスウェーデンのH&M、米フォーエバー21、スペイン・インディテックスのZARAにも使用を許可している。経済情報サイト「ブルームバーグ」によれば、14年現在、世界中に5万種類のキティ商品があふれているという。これでは、いくら可愛くても飽きるだろう。それに、キャラクターのイメージの統一感が失われる。
アナ雪のキャラクターに米国で売り場を奪われたのは、あれだけ映画がヒットしたのだから仕方がない。だが欧州においても、10年度をピークに180億円あったライセンス収入は下降線をたどっているという。
ウォルトディズニーは、ライセンス供与先を多くすることには慎重だ。売り上げは一時的には多くなるが、長期的に考えるとミッキーマウスの寿命を縮めることになる。すでに87歳のミッキーの不老長寿を実現するためには、その商品やサービスがミッキーのストーリーに忠実で、ミッキーがその商品に姿を現すことが意味あることでなくてはいけないと考えている。
ブランドに価値があるとしたら、そしてその価値を守りながら売り上げを伸ばすとしたら、それ以外に最適な方法があるだろうか。
サンリオは、レディー・ガガやキャメロン・ディアスといった世界的に有名なセレブがキティのアクセサリーやドレスを身に着けた時点(09~10年)で、ライセンス供与先を引き締めるべきだった。売り上げを伸ばしたいのをぐっと我慢しながら、一流企業や一流ブランドを供与先とする。あるいは、インターネット上を含め、メディアで話題となるような提携の仕方に制限すべきだった。
もう手遅れかもしれない。しかし、御年41歳のキティが、今のミッキーマウスの年齢である87歳になったときに、同じように輝いていてほしい――サンリオ創業者はそう願っているようだ。サンリオは、あまりにオープンすぎたラインセンスビジネスのやり方を変える方針を発表している。
次期社長とみられていた辻邦彦副社長が13年に急死し、自分が当分の間社長を続けることになった段階で、辻信太郎社長は見直しを表明している。
キティちゃん、がんばってね!
次稿ではユニクロについてみていきたい。
(文=ルディー和子/マーケティング評論家、立命館大学教授)