2015年12月21日に発表されたLIXILグループの藤森義明社長兼CEO(最高経営責任者、64歳)の退陣は唐突で異例なものだった。藤森氏が16年6月下旬の株主総会で代表権のない相談役に退き、後任には事業者向け工具通販大手MonotaRO(モノタロウ)を立ち上げ株式上場させた瀬戸欣哉氏(55歳)が就くという。
その発表は藤森氏のみの出席で行われ、通常同席して紹介されるべき瀬戸氏は英ロンドン在住ということで姿を見せなかった。連結売上高1兆7000億円近い企業グループの新社長が、その就任発表の場に姿を見せないというのは極めて異例。そんな「経営者交代発表」など聞いたことがない。今年1月1日から瀬戸氏は暫定COO(最高執行責任者)として着任したとされるが、交代会見に顔見せしなかったことは、上場大企業の経営責任者として説明責任に欠けるという指摘をしておかなければならない。
しかし実情は、そんな批判は百も承知で社長交代の発表会見に瀬戸氏の出席が間に合わなかったほど、今回の人事が急転直下だったということなのだろう。
●創業家が影響力を行使
LIXILグループの取締役会では、藤森氏ではなく潮田洋一郎氏が議長となっている。今回の社長人事も指名委員会委員を兼ねる潮田氏の主導によってなされた。潮田氏はLIXILの前身のひとつ、トステムの創業家。シンガポールに居住しLIXILの経営に対しては非常勤だが、藤森氏とは週に1回はコンタクトを取っていたという。というより、影響力を行使していたのだろう。
LIXILグループの株主としては、潮田氏は野村信託銀行を通じて3.03%の株式を保有する。この持分で企業オーナーとして経営に影響力を持てるのか疑問に思われるかもしれないが、実は日本の多くの上場企業では珍しいことではない。
社長交代発表会見の翌日、潮田氏は次のように語ったと報じられている。
「2年前から指名委員会で5~6人の候補者と面談を重ねてきた。65歳の執行役員の定年、瀬戸氏の状況などを考えて今が一番のタイミングと判断した。決断したなら早いほうがいいと、(事業会社LIXIL社長兼CEOとしての)1月の瀬戸氏の招請を決めたのは藤森氏だ」(15年12月23日付日本経済新聞より)
次期社長の選考を開始していたことは、藤森氏には伝えられていなかったのではないか。それが指名委員会の性格だからだ。そして、「16年6月の株主総会をもっての降板」などを告知された藤森氏が、「そんなことなら早々に」と唐突な発表会を経て新年からの瀬戸氏の着任という道を選んだと私は見る。
●道半ばで去るプロ経営者
会見で藤森氏は「コンフォタブル(快適)な状態になったら辞める。それがプロ経営者というもの。私はプロとしての信念とプライドで(退任を)決めた」と語ったが、それは真意ではないだろう。オーナーからの通告を受けた雇われ社長の心が折れてしまったのだ。
藤森氏が潮田氏に請われてLIXILのCEOに就任したのは、11年8月のことだった。5社が合併してLIXILが誕生した4カ月後のことだ。外資出身の経営者が日本の大企業に招聘された。プロ経営者が登場した大型事例として私は大いに期待した。その組織にプロパーで存在している経営陣では成し遂げられない、新しく大きなことを実現してくれるのではないかと思ったのだ。
藤森氏の経営改革には一定の評価を与えられる。まずジャック・ウェルチ仕込みの米ゼネラル・エレクトリック(GE)流「事業の取捨選択」で重複した事業を「水回り」など4部門に再編した。旧来の経営からの脱皮ということでGEなどから人材を集め、今や事業会社LIXILの取締役10人のうち9人が外部からだ。
何よりの功績は、事業の海外展開を推し進めたことだろう。私は以前から、衛生陶器各社が本格的に海外進出をしないことに苦言を呈してきた。
しかし、グローエの独子会社ジョウユウが多額債務に関連していたことから、660億円もの損失を計上したことが、今回の人事の大きな引き金となったとも見られている。
●資本家と対峙するプロ経営者の蹉跌
ジョウユウ問題でつまずいてしまった藤森氏に対して、市場は厳しい評価を下していた。藤森氏の着任後にLIXILグループの時価総額は1.3倍になったが、同期間で業界第2位のTOTOはそれを3倍以上とした。LIXILは活発な海外M&Aを展開するなどの投資を続けたため、収益力ではTOTOの後塵を拝してしまっている。潮田氏は自らも大株主ゆえに、そうした株価の情勢にも苛立ちを増していたのではないか。
任期半ばの退任となった藤森氏は、プロ経営者としての能力を全開する前に志半ばとなってしまった。プロ経営者とは、経営の専門家、あるいは専門経営者である。しかし、当該会社に対する立場は当然、資本家ではない。潮田氏のようなオーナーがいて、その資本家から経営委託を受けて任に当たる。当然ながら高額な報酬やストック・オプションなどを含む多額の成功報酬が提示される。
逆にいえば、それだけの高給を食むのだから、結果責任も含めていつ更迭されても仕方がないという諦念を持って邁進しなければならない。
次のステージを待つ身となったプロ経営者・藤森氏のこれまでの尽力に、拍手と心からのエールを送りたい。専門経営者の活躍の場はいくらでもある。時代はプロ経営者を必要としているのだ。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)