2015年11月、漫画家の水木しげる氏が93歳で逝去した。生前、水木氏は長寿の秘訣を「よく寝ること」と語っており、毎日9~10時間、長い時は12時間もの睡眠をとっていたという。

しかし、「寝すぎは健康に悪い」という説もあり、最近は「短時間睡眠でも健康」というショートスリーパーも増えている。

 結局、どれぐらいの睡眠をとればいいものなのか。医療ジャーナリストの田辺功氏に話を聞いた。

●「6時間半~7時間半が最も長生き」は本当?

――水木氏は生前、長時間睡眠を長生きの秘訣と語っていました。長生きと睡眠には、どこまで関連性があるのでしょうか。

田辺功氏(以下、田辺) 1980年代にアメリカで行われた100万人規模の調査によると、一番長生きできる睡眠時間は「6時間半~7時間半」というデータが出ています。しかし、そういった統計は、すべてを無条件に信じられるものではありません。

――100万人を対象にした調査であれば、信ぴょう性も高そうに思えますが。

田辺 生活環境を一定に管理できる動物実験と違い、人間の場合は食事はもちろん、家での過ごし方も自由です。そのため、人間を対象にした疫学調査は、たとえ100万人を対象にしていても、その信ぴょう性には限界があります。

――では、前述の「6時間半~7時間半がベスト」という説は、100%信じられるものではないということでしょうか。

田辺 「その傾向がある」と言うことはできますが、断定はできません。
先のアメリカの調査では、別途「睡眠時間が4時間半を切ると短命が顕著になり、10時間を過ぎても短命のリスクが高まる」というデータも出ていますが、そちらのほうがまだ信ぴょう性が高いでしょう。極端に短い睡眠を続けると、人間の生命維持に支障が出てきますから。

●「適切な睡眠時間」は存在しない?

――睡眠は少なすぎても多すぎてもダメ、ということですね。睡眠時間が少ないと、どういった健康リスクがあるのでしょうか。

田辺 多いのはうつ病です。「睡眠不足で死ぬ人」というのはあまりいませんが、睡眠不足が引き金で何かの病気が発症、それによって死亡する人は多いです。その場合、死因はその病名になるため「睡眠不足が引き金になった」とわかりづらいものです。ただ、「短すぎる睡眠を続けると、長生きしづらい」ということは言えるかもしれません。

――ショートスリーパーのように短時間睡眠を続けている人は、長生きしづらいということでしょうか。

田辺 そもそも、睡眠時間は習慣によって決まる部分が大きく、各人の疲労度や回復力も関係してくるため、「適切な睡眠時間」を一概に決めることはできません。ショートスリーパーの場合も、環境との兼ね合いで体にそれほど負担がかからなければ、睡眠が短くてもかまわないでしょう。しかし、眠いのに我慢して起き続けるのはいけません。
何事も無理は禁物です。

――ビジネスパーソンのなかには、平日は忙しくてほとんど睡眠が取れず、休日に昼過ぎまで寝てしまう人も多いようです。そういった変則的な睡眠の取り方は、健康に影響するのでしょうか。

田辺 人間は、短時間の睡眠が続いた場合に、体が自然と帳尻を合わせるように働きかけます。「平日に忙しい人が、休日は昼過ぎまで寝てしまう」というのも、ただの帳尻合わせのため、特に問題はありません。昔から日本は長寿国として有名ですが、実は平均睡眠時間は他国に比べてかなり短いのです。日本人は普段の睡眠不足を、休日に寝て過ごしたり通勤電車でうたた寝したりすることで、無意識に帳尻を合わせているのです。

――やはり、「長生きできる睡眠時間は●●」と定義することは難しいのでしょうか。

田辺 結局、長寿に適した睡眠があるとすれば、自分の体調を把握し、それに従って寝ることです。水木氏のように毎日9時間寝ていたとしても、長生きする人は長生きし、早死にする人は早死にします。長時間睡眠の場合、体の調節機能が働いて浅い眠りの時間を増やすため、多少寝すぎても大丈夫です。だから、「●時間寝ないといけない」と考えるのではなく、当たり前ですが「睡眠は短すぎず、長すぎず、無理をしない範囲で」というのが理想です。


――ありがとうございました。

 休日、なかなか起きない旦那さんに「いつまで寝てるの?」と声を荒らげてしまう奥様方も少なくないだろう。しかし、旦那さんは平日に一生懸命働いて睡眠時間を削っているため、その「帳尻合わせ」をしているだけなのだ。そういった場合はそっと寝かせておいてあげたほうが、旦那さんも長生きでき、夫婦円満に過ごせるのではないだろうか。
(構成=西山大樹/清談社)

編集部おすすめ