2007年に初開催された「東京マラソン」がきっかけとなり、にわかに沸き起こったランニングブーム。

 以降、ランニング人口は増え続けているが、彼らの間でもっとも人気のあるスポットといえば皇居外周だろう。

多い日では1万人を超えるランナーが外周5キロのコースを昼夜問わずに走っているという。

 皇居外周を走ることは「皇居ラン」と呼ばれ、多くのランナーに愛されているが、近年囁かれているのが、「車の交通量の多い場所でのランニングは排気ガスを吸引するため、健康を害する可能性があるのではないか」という懸念だ。

 確かに皇居外周は東京駅や官庁街に隣接しており、渋滞も頻繁に起きている都内屈指の交通量の多いエリアではある。実際に体に悪影響を及ぼしているのだろうか?

 この疑問に対し、シドニーオリンピック女子マラソン金メダリストの高橋尚子氏を育てた小出義雄監督に師事し、現在はボクシングトレーナーとして活躍する野木丈司氏に意見を聞いた。

●都心に住んでいる時点でリスクは抱えている

「まず個人的な体験談をお話しさせていただくと、私はプロボクサーとしての現役時代に当時マラソンで活躍されていた瀬古利彦選手(現DeNAランニングクラブ総監督)に習って、よく皇居周辺の東宮御所や神宮外苑などをホームコースにして毎日走っていました。

 皇居周辺は当時から交通量の多いエリアで、むしろ当時は『排ガス規制』さえありませんでしたから、今以上に空気が汚れていただろうことは想像に難くありません。しかし、私は体調を崩したことは一度もありませんでした。むしろパフォーマンスの向上にとても役立っていたと考えています」(野木氏)

 野木氏自身、アスリート時代からの経験上、排気ガスによる身体への影響は実感していないという。しかし、外務省が発表している「二酸化炭素(CO2)排出量の多い国」では、日本は世界5位と上位に位置づけられている。このデータについてはどのような意見を持っているのだろうか。

「専門機関などが排ガスに関するデータを発表していることは存じています。しかし、それはランニングをする・しない以前に、長期的に都心に住んでいる人は皆同じようなリスクにさらされているのではないでしょうか。
そもそも、都心でランニングをすることに対して、空気のきれいな場所と同じものを求めることが間違っています。皇居ランナーの皆さんは、その場所を選択することに価値を見いだしているのだと思います。

 私はタイやメキシコでトレーニングをすることもあるのですが、向こうの空気は“匂い”があるというか、明らかに空気が悪いです。しかし、東京ではそのような“匂い”を感じることはありませんし、個人的にはそこまで神経質になる必要はないと考えています。

 それでも『排気ガスが気になる』という方には、登山をお勧めします。高尾山など都心から近い場所にも気軽に登れる山がありますし、起伏があるので歩くだけでも十分トレーニングになります。競技ランナーが故障した際、登山でリハビリしてパフォーマンスを向上させた例も多くあります。山頂に近づくにつれ、空気もきれいになっていきますから気持ちいいですよ」(同)

●重要なのは「自己管理」と「素直な気持ち」

 野木氏はトレーナーとしての立場から、皇居ランナーには排気ガス以上に気をつけてほしいことがあるという。

「タイムなど、目標を設定してランニングする方が多いと思いますが、それに縛られて無理をしてしまうことが何より問題です。競技の選手は、無理と感じてもそこでもうひと踏ん張りしなくてはパフォーマンスの向上につながりませんが、一般ランナーの方は体に無理をさせる必要はありません。かたくなに走ることにこだわらず、キツいと感じたらウォーキングに切り替えたり、どこか近くで休むようにしましょう。

 ランニングは、継続することが大事です。
苦しい思いをしてまで走っていたら長くは続かないし、それこそ健康を害してしまいます。続ければ必ず効果は出ますので、焦りは禁物です。特に夏場は紫外線も強く、皇居周辺は木陰も少ないので、無理をして熱中症で倒れたら命にも危険が及びます」(同)

 確かに排気ガスによる健康被害以上に、熱中症や脱水症状で体調を崩してしまう人のほうが報告例は多いようだ。そもそも、「健康のために」と走り始める人が大多数のはずだ。

「皇居周辺は荷物置き場やシャワーなどの『ランナーズスポット』も充実していて、場所柄警備体制もしっかりしていて治安もよく、安全にランニングを楽しめる素晴らしい場所です。空気が悪いことなどにとらわれてしまうと、極論『何もしないことが健康にいい』という結論に達してしまうのではないでしょうか。

 それよりも『今日も走ろう』という目標に向かう気持ちが精神作用として健康面に与える影響は大きいと思います。気持ちよく走りたいという欲求を大切にして、それに素直になったほうが幸せなのではないでしょうか。『走りたい』と思う気持ちを大事にして、無理をせず楽しく走っていただきたいです」(同)

「病は気から」という言葉にもあるように、心の持ちようが健康にも大きく作用することは科学的にも立証されている。ストレスの多い社会、ランニングするときだけでも環境を気にせず、素直に楽しむことが健康につながるのではないだろうか。
(文=長谷英史/A4studio)

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