前回の本連載記事では、ROE(自己資本利益率)という資本効率性指標の問題点について述べましたが、今回は当期純利益という利益指標について考えていきます。
当期純利益は非常に注目を浴びる指標ですが、それには3つの理由があります。
ただし、注目を浴びる当期純利益であっても、万能な利益指標ではなく、取り扱いには注意が必要です。なぜならば、当期純利益が拡大したからといって、必ずしもキャッシュフローが増加し企業価値が創造されるとは限らないからです。実は、当期純利益には、前回記事で述べた「悪いROE」の根源となりうる危険が潜んでいます。今回は、そのような当期純利益の問題点にフォーカスを当てていきます。
●会計に存在するさまざまな利益指標
当期純利益は、前述の通りボトムラインであるため損益計算書の最後に示されますが、損益計算書を見るとボトムラインに至るまでの間にさまざまな利益指標が存在することに気づきます。そこで、さまざまな利益指標を紹介しながら、当期純利益の特徴を見ていくことにしましょう。
(1)売上総利益
売上高から売上原価を差し引いた利益であり、いわゆる粗利です。コストとして売上原価しか差し引いていないため、利益指標としての有効性はやや限定的だと思われます。
(2)営業利益
売上総利益から販売費及び一般管理費を差し引いた利益であり、本業の利益創出力(いわゆる稼ぐ力)の指標としては最適です。ただし営業利益は、実際のキャッシュアウトを伴わない減価償却費やのれん償却費なども費用として含まれているため、それらを足し戻し調整した利益指標がEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)として広く利用されています。
(3)経常利益
営業利益に営業外収益(受取利息・配当金など)を加え、営業外損益(支払利息など)を差し引いた利益であり、本業の利益創出力ではなく、営業外の要因も含めて企業としての経常的な利益創出力を計る指標として有効です。
(4)税引前当期純利益
経常利益に特別利益(固定資産売却益など)を加え、特別損失(減損損失など)を差し引いた利益です。特別利益も特別損失も一過性のものであり、この段階までくると、本業の利益創出力の指標としてはあまり機能しなくなります。
(5)当期純利益
税引前当期純利益から法人税等を差し引いて、ついに当期純利益が算出されます。債権者に対する金利及び政府に対する税金を差し引いた利益ですので、いわば「株主に残された利益」だと考えられます。だからこそ投資家は当期純利益やROEを重視するのです。
●当期純利益の2つの問題点
当期純利益の特徴を確認したところで、次に問題点に目を向けてみましょう。「ノイズ」、そして「経営の短期主義」という2つの問題があります。
まずはノイズから紹介しますが、この点に関しては著名な米投資家ウォーレン・バフェットが当期純利益をどのように考えているのかを参考にしましょう。2010年の『バフェットからの手紙』では次のように述べています。
「当期純利益は多くの企業で重要とされているが、バークシャー・ハザウェイ【編注:バフェットが経営する会社】では意味が無い。事業の状況にかかわらず、合法的に当期純利益を望み通りの数値にすることができるからである」
「合法的に」とあるように、不正会計をして当期純利益を良く見せるという話ではありません。ではどういうことかというと、同社が保有する株式の市場価値が投資以来上昇しているため、多額の含み益となっているのです。つまり、売却すれば含み益が実現利益となり、当期純利益に反映されることになります。ですから、目標とする当期純利益やEPSの金額があれば、逆算して株式を売却すればよいのです。
もちろん、バフェットは当期純利益を良く見せるために株式を売却するような真似はしませんし、前述の通り株主に対しても同社の当期純利益は無視するように述べています。このように、バフェットも当期純利益には特別利益や特別損失といった一過性のノイズが含まれるため、企業の利益創出力の指標としては不適切であると認めているのです。
たとえば、最近の日本のケースでは、持ち合い株式を売却することが増えていますが、株式売却によって利益をあげたとしても、証券会社でなければ株式売却益は一過性な要因にすぎず、本業の業績と無関係に当期純利益が変動するだけです。よって、企業が当期純利益を意識しすぎれば、特別利益を利益調整に利用しかねず、投資家は当期純利益だけを見ていると、企業に関して誤った判断をしかねないのです。
では、バフェットはどの利益指標を重視すべきだと考えているのでしょうか。次のように述べています。
「欠点はあるものの、営業利益こそ当社の事業の状況を示す妥当な指標である。」
このように、バフェットも営業利益が企業の利益創出力の指標として最適であることを認めているのです。
次に、もうひとつの問題である経営の短期主義に関してですが、これは当期純利益だけでなく、バフェットが推奨する営業利益にも関連する問題であり、いわば損益計算書の利益指標を意識する限り避けて通れない問題だといえます。
利益を拡大するには、営業利益率を維持、もしくは改善しながら、売上高を増やすのが正攻法ですが、投資という足元の利益を減らす要因を削減するというアプローチも存在します。これぞ筆者が「引き算の罠」と呼ぶ問題です。
もちろん、会社が危機的な状況にあれば投資の削減も避けられませんが、健全な会社が単に利益目標を達成するがためだけに投資を削減するケースが、アメリカだけでなく日本でも見られるようになっています。これでは現在は健全であっても、長期的には不健全な経営状況に陥る可能性もあるのです。投資を削減して当期純利益を高め、そしてROEを改善したとしても、これは単に「悪いROE」にすぎないのです。長期的に見れば、企業は競争優位性を失い、ROEは下落することになるでしょう。
●当期純利益の問題をどのように解決すればよいのか
では次に、2つの問題点の解決策について考えてみましょう。
まずはノイズの問題ですが、これは簡単です。当期純利益に反映されている一過性の要因を取り除けばよいのです。
これには2つのアプローチがあります。
もうひとつのアプローチは、キャッシュフローを重視するものです。企業価値が、企業が生み出すと期待されるキャッシュフローの現在価値であることを考えれば当たり前のことです。
キャッシュフローには2つの利点があります。まずは、キャッシュを伴わない損益は調整されることです。ですから、特別損益は調整されることになり、ノイズがなくなります。次に、運転資金などの貸借対照表の項目もキャッシュフローには反映されることです。損益計算書にフォーカスしがちな経営者が多いことを考えると、この利点は非常に貴重です。
ですから、今後は経営目標が当期純利益やEPSではなく、営業活動からのキャッシュフローやフリーキャッシュフローとなり、それらの拡大の結果として当期純利益やROEが改善するのがあるべき姿だと考えます。
次に経営の短期主義の問題ですが、目先の利益やキャッシュフローを追求する限り、どれほど将来の収益に貢献しようとも、投資を削減したくなるのが人間の弱さです。
しかし、企業価値を創造するためには、NPV(正味現在価値)がプラスである投資は、目先の利益やキャッシュフローを減らすことになっても、実行するという姿勢を貫く必要があります。こうした姿勢を企業価値創造へのコミットメントの証として高く評価する投資家も数多く存在しますし、こうした投資家が株主になれば株主構成の質も改善され、目先の利益を追求する株主らのプレッシャーから開放されるという好循環が生まれます。
また、市場はそれなりに効率的ですので、目先の利益が減少したとしても、投資のNPVが時価総額に織り込まれることになるのです。要するに、長期的な経営が口先だけなのか、実行を伴うのかは、目先の利益を犠牲にしてでも将来に向けた投資を行うという経営者の姿勢で試される、ということなのです。長期的経営に必要なのは、現在価値という未来志向の利益指標なのです。
以上、ROEの分子となる当期純利益について述べてきましたが、次回はROEの分母となる自己資本について考えていきます。
(文=手島直樹/小樽商科大学ビジネススクール准教授)