今、映画やドラマで重宝されている中年俳優がいる。「ウザい」「気持ち悪い」「嫌み」といわれる役を演じられる男たちだ。
●「はい、論破!」で大ブレイク
バラエティ番組『痛快TVスカッとジャパン』(フジテレビ系)の「イヤミ課長シリーズ」で“馬場課長”を演じている木下ほうか(52)が、その1人だ。上司に媚び、部下には執拗にネチネチと嫌みを言う姿がハマり、大ブレイク。特に、嫌みを言い終わった後の決めゼリフ「はい、論破!」が「最高にムカつく」と、一躍注目を浴びることになった。
木下は、高校2年生の1981年に映画『ガキ帝国』(ATG)でデビューした。その後は3年半ほど吉本新喜劇に所属していたという異色の経歴の持ち主だ。アドリブや即興演技、笑いを生むための稽古を経たことで、今のような柔軟な演技を身につけたようだ。
「イヤミ課長」をはじめ、2014年の連続テレビドラマ『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』(フジテレビ系)で嫌な夫役を好演した背景には、そういった下地があり、だからこそ視聴者に強烈な印象を残したのだろう。また、インパクトを残しながらも、決して悪目立ちしないのも、木下の特徴である。
●通称「ツダカン」の硬軟自在な百面相
木下と同じく『スカッとジャパン』の「ショートスカッとシリーズ」で「悪役がうますぎ!」と注目度が急上昇したのが、津田寛治(50)だ。端正な顔立ちにもかかわらず、形相が百面相のように変わり、コミカルな役からエキセントリックな役、果ては凶悪犯やサイコパスまで演じ分ける名脇役だ。
特に、02年の映画『模倣犯』(東宝)での連続殺人犯役は、ファンですら恐怖に陥れるほどの不気味さであった。
津田の役者人生は、北野武監督の「あんちゃん、出番だよ」という一言から始まった。チャンスに恵まれない中で北野監督に突然指名され、93年の映画『ソナチネ』(松竹)に出演。その後は96年の『キッズ・リターン』(オフィス北野、ユーロスペース)、98年の『HANA-BI』(日本ヘラルド映画)、03年の『座頭市』(オフィス北野、松竹)など、立て続けに北野映画に出演しており、まさに北野監督の秘蔵っ子といえる。
木下同様に津田も下積みが長く、かなりの苦労人である。だからこそ、他の役者が嫌がるような役であっても断らず、全力で演じきる。それゆえ、ファンから「ツダカン」と呼ばれ、愛されているのだ。
●単なる悪役では終わらない「怪優」の正体
手塚とおる(53)は、13年の松嶋菜々子主演のドラマ『救命病棟24時』(フジテレビ系)で嫌みなセンター長役を演じ、松嶋ファンから盛大に嫌われた。しかし、同年の超人気ドラマ『半沢直樹』(TBS系)で上司の顔色をうかがう課長代理役を演じると、「あの小物っぷりがたまらない!」と、逆に人気が上がるという現象が起きた。
ちょっと気持ち悪い役をやらせたら、天下一品の手塚。10年のAKB48出演のドラマ『マジすか学園』(テレビ東京系)では盗撮する教師役を演じたが、出演者に「(気持ち悪いのは)お芝居だったんですね」と言われるほどの、過剰ともいえる演技力の持ち主である。
手塚のホームグラウンドは舞台だ。
しかし、14年のドラマ『戦力外捜査官』(日本テレビ系)や『ルーズヴェルト・ゲーム』(TBS系)では非悪役、15年の初主演ドラマ『太鼓持ちの達人~正しい××のほめ方~』(テレビ東京系)でも、スーパーの店長という“普通の人”を演じている。
これは、なんでも演じきれる手塚の幅の広さを表しているといえるだろう。彼は、過剰なまでの個性と、それを自己制御する能力を持っている。そして、そんな手塚の演技を生かすような制作側のキャスティングも当たっているといえる。
●中年俳優たちは苦戦するドラマ界の救世主?
木下、津田、手塚の3人の共通点は「嫌みな役や悪役がハマって、人気が急上昇している」ということだけではない。制作側にとっては「イメージが悪くなるから、普通は嫌がられる役」を引き受けてくれる、ありがたい役者なのである。
そして、3人は下積みが長く、苦労人であるという事実もポイントだ。かつて、現場で一緒に汗を流したスタッフとは、「共にがんばってきた」という仲間意識や信頼感が芽生えている。そして、そのスタッフたちが出世してキャスティングの権限を握った時、「自分が仕切る作品は、ぜひ彼に脇を固めてもらいたい」と思わせるだけの魅力がある。
今は、ドラマの視聴率が確実に落ちている時代だ。
また、彼らは気持ち悪い役や嫌みな役を演じているが、素顔は「仕事ぶりが丁寧」「すごく優しい」「感じが良くて、気配りもできる」「偉そうにしているところを全然見たことがない」と、制作陣から好かれている点も共通している。
周りが見えなくなって突っ走りがちの若手俳優と違い、中年俳優には豊富な人生経験から紡ぎ出される演技の幅の広さと人間的な奥行きがある。どんな役でも自分のものにしてしまう中年俳優たちから、今後も目が離せない。
(文=アーク・コミュニケーションズ)