近年、「セクハラ」「モラハラ」「マタハラ」など、さまざまなハラスメントの問題が世間を騒がせている。その中でも、最も身近で誰もが受ける可能性が高いハラスメントが「パワハラ」である。
「給料泥棒!」「能無し!」などと上司から何度もしつこく罵倒されて、精神的に追い詰められ、最悪の場合は自殺にまで追い込まれてしまう人さえいる。一方で、上司からのちょっとした注意などでも、最近の若者はパワハラと感じてしまうケースが増加しているという。パワハラの定義が曖昧なゆえに、混乱が起きているようだ。
そもそも、パワハラとはどのような行為を指すのだろうか。労働関係の問題に詳しい浅野英之弁護士は次のように説明する。
「パワハラという用語は法律用語でもなく、法律上に定義があるわけでもありません。近年、パワハラが社会問題化したことを受けて、厚生労働省の『職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ』の作成した報告書では、『職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう』と定義づけられています」
しかし、パワハラという言葉が世間に広く知られるようになったことで、業務上の必要な注意でも、指示された側が「パワハラで訴える」と主張して事を大きくする場合もあるという。そこで、この定義づけに則って、この報告書では違法なパワハラを6つの類型に分けて具体的な行為を挙げている。
暴行・傷害などの「身体的な攻撃」や、脅迫・暴言などの「精神的な攻撃」は当然のことながら、隔離・仲間外し・無視などの「人間関係からの切り離し」に加え、業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制するといった「過大な要求」と、業務上の合理性がないにもかかわらず能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じるといった「過小な要求」もこれに含まれている。また、プライベートな事柄に過度に介入してくるといった「個の侵害」も類型の内のひとつとされている。
●パワハラと感じても、裁判で認定されるとは限らない
しかし、これらの分類はあくまでも類型化の便宜のために作成されたものであって、違法なパワハラがこれに限られるということではなく、あくまでもケースバイケースの判断にならざるを得ない。
そして、違法なパワハラとなると、民法上の不法行為に該当する可能性がある。
「ただし、感じ方、受け止め方は人それぞれで個人差がありますから、従業員が不快に感じた行為がすべて違法なパワハラとなるとは限りません。また、業務上必要な範囲の適切な注意指導、教育、指示にあたる場合には、それが業務上適正な範囲である限りパワハラとは評価されません。結局のところ、問題となっている行為が、業務上適正な範囲であるかどうか、行為の態様、回数、程度、その人の人権を不当に侵害しているかどうかという点から、総合的に判断することになります」(浅野弁護士)
本人が違法なパワハラを受けたと感じても、裁判所では総合的な判断の結果として、その行為が損害賠償の対象となるような民法上違法なパワハラとまでは判断されない場合があるという。そうなると、本人の価値観と裁判所の判断が異なる可能性もあり、闇雲に訴えることが妥当ではないだろう。それでは、違法なパワハラを受けたと感じた場合には、どのように対処すればいいのであろうか。
「たとえ違法なパワハラだとしても、その程度が軽度であれば損害賠償請求ではなく、会社内で話し合い、再発防止策を構築、当事者の異動・配置転換といった方法によって解決したほうがよい場合もあります。ですから、闇雲に裁判をするのではなく、まずは話し合いでの解決を目指すべきでしょう」(同)
違法なパワハラは絶対に許されるものではない。会社は雇用する立場なのであるから、従業員が働きやすい環境を提供する努力をすべきだ。一方で従業員側も、少し注意されたからといって、何から何までパワハラと決めつけて事を荒立てるのは、いかがなものかと思われる。
会社が働きやすい環境をつくり、従業員は気持ちよく会社のために一生懸命働く。
(文=Legal Edition)
【取材協力】
浅野英之(あさの・ひでゆき)弁護士
浅野総合法律事務所代表弁護士
労働問題・人事労務を専門的に扱う法律事務所での勤務を経て、四谷にて現在の事務所を設立、代表弁護士として活躍中。労働問題を中心に多数の企業の顧問を務めるほか、離婚・交通事故・刑事事件といった個人のお客様の悩み解決も得意とする。労働事件は、労働者・使用者問わず、解決実績を豊富に有する。