■ゆうパックの配達は一体どうなる?
物流業界の恥さらしだと思う。
配達員に対して飲酒の有無などを確認する法定点呼を実施していなかったことが明らかになり、国土交通省からトラック2500台に対する事業許可取消処分を受ける日本郵便のことである。
SNSなどでは、この過去最大級の物流事業者に対する行政処分に対し、「郵便物が配送できない」「弊社がゆうパック廃止を検討している」といった声が上がっているが、日本郵便は公式にこういった声を全否定した。
だが今回の行政処分に伴い、物流業界、そして消費者への影響は必ず発生すると筆者は考えている。
先行する報道によると、日本郵便が保有している車両は以下のとおりである。
最大積載量1トン以上の車両(トラック):約2500台
軽バン車両:約3万2000台
その他の自動二輪車等:約8万3000台
上記の他にも、多くの運送会社が日本郵便の下請けとして協力している。
■「影響はない」と火消しに走る日本郵便
今回、事業許可取消となるのは、「最大積載量1トン以上の車両」であり、トラックが中心と考えられる。そのほぼ全車両となる2500台が5年間、商業貨物輸送業務への使用を法的に禁止される。報道によると、日本郵便は維持コストを削減するため、この2500台を売却する方向で検討しているとのことだ。
となると、「じゃあ、新たに車両を用意すればよいのでは?」と考える人もいるかもしれないが、一般貨物自動車運送事業許可の新規申請も禁止されるのでNGだ。
この「最大積載量1トン以上の車両」は、比較的大量に荷物を送る一部顧客への集荷や、地方における近距離の郵便局間の輸送の一部に使用しているとされる。
また、日本郵便の千田哲也社長は、2025年4月23日に記者会見を開き、「絶対にオペレーションに影響が出ることはあってはならないと思っている。顧客のためにも、業務を維持することを最優先としたい」と述べた。
このように日本郵便は、基本的なスタンスとして行政処分が及ぼす物流業務への影響を否定している。
一方で、行政処分を下した側の中野洋昌国土交通大臣は、2025年6月6日の会見で、「まずは同社(日本郵便)において、(中略)物流サービスの提供等に支障が生じないように、全力を尽くしていただくことが必要です。そして、国土交通省としても、協力会社の確保等に関して、最大限の支援を行っていきたいと考えています」と述べ、行政処分によって生じる影響を案じている。
■EC・通販、ゆうメールへの影響は…
では、事業許可取消処分の対象となる2500台のトラックが取り扱う「比較的大量に荷物を送る一部顧客」とはどういった企業だろうか。
分かりやすいのは、EC・通販事業者である。
EC・通販において、消費者のもとに購入商品を届ける宅配便。最大手はヤマト運輸だが、日本郵便は佐川急便に次ぐシェア3位(20.5%、2023年度実績)で、その存在感は決して小さくない。
さらに、郵便ポストに投函可能なサイズのメール便では、日本郵便の「ゆうメール」の取扱シェアは79.8%で、2位のヤマト運輸(クロネコDM便※、17.4%、2023年度実績)を大きく引き離す。
※クロネコDM便は、ヤマト運輸・日本郵便の業務提携に伴い、2024年1月31日でサービスを終了している。
昨今ではEC・通販事業者などでメール便に対するニーズが高まっている。メール便は、本・化粧品・健康食品・雑貨など、取り扱うことができる商品は小型・軽量な物に限られるが、配達料金が安く、また顧客の郵便受けに投函できるため再配達発生を防ぐことができるからである。
処分対象となるトラック2500台の中には、EC・通販事業者からの宅配便・メール便の集荷を担っていたトラックも相当数あるはずだ。
また、BtoB(企業間取引)においても、物量が比較的少なく、トラックを丸々1台チャーターする必要性がない荷物については宅配便が利用されることが多い。処分対象のトラックが運んでいた荷物の中には、トラック1台を埋めるほどの物量はないとしても、日々ある程度の物量を対象とした入出荷を行う企業同士の輸送も担っていたと考えられる。
■3万台超の軽バン車両は処分を免れた?
ちなみに、今回の行政処分が小型荷物のラストワンマイル配送※を担う主力となる軽バン車両(約3万2000台)を対象としていないことについて、「国土交通省も『配達できない物流崩壊』を恐れて行政処分に手心を加えたんだな」と考える人もいるかもしれない。
※消費者等の最終配達先と、中継地点ではない最後の物流拠点の配達を担う配送のこと
断言はできないのだが、筆者は違うと思う。
これは単純に法律と手続きのタイムラグが生んだものではないだろうか。
■さらに重い「事業停止処分」も存在する
今回の騒動は、2025年1月下旬、日本郵便近畿支社管内の小野郵便局において法律で定められた点呼業務を行っていない事実が発覚したことに端を発している。結果、日本郵便は3188の郵便局を対象に自主的に緊急内部調査を実施、全体の約75%にあたる2391局で法令違反が発見された。
この結果を日本郵便は2025年4月23日に発表。
これを受け、国土交通省はトラック2500台の事業許可取消処分を発表し、2025年6月18日に実施予定の行政手続法に基づく聴聞(※あくまで形式的なもので、行政処分が変更されることはないものと推測される)を経て、正式な行政処分が下される。
トラックに対する行政処分は、一般貨物自動車運送事業の「許可の取消処分」に該当するものだ。一方、軽バン車については、貨物軽自動車運送事業によって行政処分が決定される。
軽バン車については、これから立入検査を行い最終的な処分内容が決定されるという。
ちなみにこの結果次第では、「自動車等の使用停止処分」ではなく「事業停止処分」が下される可能性もある。
「自動車等の使用停止処分」が下された場合には、軽バンを対象に使用できない車両がさらに増える。
郵便局を対象に「事業停止処分」が下された場合には、処分対象となった郵便局は「ゆうパック」などの小型荷物の取り扱いは行えなくなる(※郵便サービスや銀行・保険業務は継続可能)。
つまり今回の法令違反に対する行政処分はさらに拡大し、当然ながら日本郵便の業務に対する悪影響はさらに広がる可能性がある。
■頼みの綱は、子会社と下請会社
では、日本郵便が取れる対策とはなんだろうか。
まず考えられるのは、子会社である日本郵便輸送やJP楽天ロジスティクスに対し協力要請を行うことだ。これらの子会社は、それぞれ事業範囲・事業地域などが限定されており、行政処分によって生じるトラック輸送リソースを完全に代替することはできない。だが、親会社の危機にあって、これらの子会社が事業範囲を拡大し助け舟を出す可能性は高い。
次に考えられるのは、下請として輸送を担う協力運送会社の拡大である。
現在、日本郵便と協力関係にある各運送会社は協力範囲の拡大──具体的に言うと、日本郵便の下請けとして業務を行うトラックの台数増加──を求められるだろうし、また新たな協力会社の募集も行うはずだ。
これについては、前述のとおり政府も支援表明をしている。
■苦肉の策を講じても、悪影響は回避できない
さらに考えられるのは、現時点では行政処分の対象となっていない軽バン車で輸送リソースを補填しようとすることだ。
トラックに比べて輸送量がはるかに劣る軽バン車をトラック輸送の穴埋めに使おうとするのは悪手なのだが、おそらく現場レベルでは苦肉の策としてこの悪手を使わざるを得ないところも出てくるだろう。
さらに言うと、日本郵便はAmazon等の配送を担っている軽バン配達員(※個人事業主が多い)もかき集めようとするだろう。
では仮に日本郵便がこのように考えられる対策を行い、自社物流事業への影響をゼロにすることができたとする。
それは、社会への悪影響を回避できたということになるのだろうか。
答えはNoである。
■軽バン配達員の労働環境がさらにブラック化
①他企業への悪影響
「物流の2024年問題」をきっかけに「トラックが足りない」という物流クライシスが生じている今、日本郵便が自社の穴埋めを行うトラック(協力会社)をかき集めれば、「日本郵便が行政処分を受けたあおりで、ウチはトラックが手配できない」というさらなるトラック輸送リソース不足を生む。
②運賃の高騰が生む物価高
日本郵便は自社事業継続のために、相場より高い運賃を提示してでもトラック確保を行う可能性がある。これは運送会社にとっては追い風ではあるが、消費者にとってはさらなる物価高につながる。
③個人事業主軽バン配達員の労働環境悪化
Amazon等、特にEC・通販におけるラストワンマイル配送の担い手として注目される軽バン配達員だが、特に立場の弱い個人事業主の軽バン配達員が過重労働を強いられ、交通事故も増加していることが社会問題となっている。
日本郵便が新たに軽バン配達員をかき集めようとすれば、本問題がさらに深刻になる懸念がある。
NTTなどと同様、社会インフラを担う元国営企業である日本郵便が自社の事業を維持継続するのは当然の責務である。
だが、先に挙げた日本郵便の千田社長の「顧客のためにも、業務を維持することを最優先としたい」という発言から、「自社さえ良ければ、社会や産業界に悪影響を与えても良い」という身勝手さを裏読みしてしまうのは筆者だけだろうか。
社会への悪影響を回避できない以上、日本郵便は実直に謝罪すべきだと思うのだが……。
■かんぽ生命の不正契約問題より悪質
繰り返しになるが、今回の不正行為が日本社会に悪影響を与えないということなどありえない。日本郵便側の主張は、影響範囲を自分勝手に狭く定義し「影響は出ません」と言っているに過ぎない。
また、今回の件で一番怒っているのは、きちんとコンプライアンスを守っている運送会社ではないか。
一般の方々には理解しづらいかもしれないが、安全が絶対正義であるトラック輸送において、業務前後に行う点呼は特に重要である。トラックドライバーは業務時間中の大半をひとりで過ごすため、業務中の問題行動を会社側が把握するのは難しい。だからこそ、アルコールチェックを含む点呼をきちんと行うことが極めて重要なのだ。
その点呼をおざなりにするなど、正しいコンプライアンス意識を持っている運送会社からするとありえない。だからこそ、筆者は冒頭に「物流業界の恥さらし」という強い言葉を使って日本郵便を批判した。
不祥事が続く日本郵便。特に社会全体により大きな影響を及ぼすという点で、今回の点呼未実施という不正は、かんぽ生命保険の時よりも悪質だと言える。
今度こそ本当に企業体質、従業員の意識を変えることができるのか、日本郵便の真価が問われている。
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坂田 良平(さかた・りょうへい)
物流ジャーナリスト、Pavism代表
「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、ライティングや、ITを活用した営業支援などを行っている。物流ジャーナリストとしては、連載「日本の物流現場から」(ビジネス+IT)他、物流メディア、企業オウンドメディアなど多方面で執筆を続けている。
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(物流ジャーナリスト、Pavism代表 坂田 良平)