セブン-イレブンでは、全国の店舗経営相談員(OFC)が集まり、経営トップである鈴木敏文会長から打ち出される方針や顧客動向・商品情報を確認するフランチャイズ(FC)会議が週に1回開催されている。この会議を受け、OFCが全国のオーナーにカウンセリングを実施し、それぞれの店舗でサービスを展開する流れとなっている。



 この「ダイレクトコミュニケーション」が、セブンのさまざまな施策における徹底力の高さとなり、コンビニエンスストア業界における独り勝ちの源泉になっているといわれている。

 商品開発会議の場をはじめ鈴木会長の指示に対しては、社員は「わかりました」を略した「ました」と答え、実行に移すことが社内の暗黙のルールであった。

 4月7日、突如その鈴木会長が辞任の意向を発表して騒動となったが、井坂隆一社長が鈴木会長の示した社長交代案に対して、初めて「ました」を真っ向から拒絶したことがきっかけだったと社内ではいわれている。

 日本でコンビニが世界でも類をみないほど生活に根差す小売業になったのは、鈴木会長の強烈なトップダウンによる徹底力と、それを前提として絶妙なタイミングで商品やサービスを投入するセブンの影響が大きいことは、小売流通関係者の誰もが認めるところである。

 ATM(現金自動預け払い機)やカウンターコーヒーの導入、プライベートブランド(PB)商品の拡大など、いずれもセブンから始まったサービスではないが、それぞれを顧客向けにカスタマイズして全国に浸透させたのは、セブンの功績であることは間違いない。

 鈴木会長の退任会見がニュースで放送された直後、30年以上複数のセブン店舗を経営するオーナーに話を聞くと、「退任は大変な驚きで、そしてすごく寂しい」との言葉が返ってきた。

 長期間にわたりコンビニを営んできたオーナーのなかには、鈴木会長、古屋一樹副社長の2人と共に歩んできたと考えている人が多く、「社員には厳しいが個店には良いことをしてくれる」との印象があるという。そのため、鈴木会長のいないセブンに対し、自身も含め一抹の不安を感じている人が多いのではないかと推測していた。

●本部とコンビニオーナー、セブンと取引先…変わる関係性

 ただし、ここ数年はオーナーから訴訟を起こされる事案がたびたび見られ、その関係性に変化が生じている。たとえば、賞味期限切れで廃棄される商品にまで本部に対してのロイヤルティーがかけられているのは違法だとして提訴された「廃棄ロス訴訟」、消費期限が迫った弁当などの割引販売をしないように本部が圧力をかけているのは不当だとして提訴された「見切り販売訴訟」、本部と仕入れ先のリベートを追及する「ピンハネ訴訟」など、数十件に及ぶ訴訟が起こされた。

 今年の節分、ツイッター上で拡散された「恵方巻大量廃棄」問題も、徹底力と裏腹なノルマ強制が背景にあるといわれている。

 昨年、過労やパワハラなど雇用関連問題を多く抱えた企業を選定する「ブラック企業大賞」において大賞を受賞したのは、その証左だったのだろう。


 また、セブンに納品するナショナルブランド(NB)商品を展開する複数のメーカーに話を聞くと、今回の退任については複雑な思いを抱いているようだ。

 圧倒的な店舗網と徹底力を持つセブンはメーカーの売り上げに大きく貢献するが、一方でメーカーが持つナショナルブランドの「セブン限定商品」の開発を強要されるなど、非常にデリケートな対応を迫られるケースが多い。

 ほかにも、大手容器メーカーの営業担当者は、「新しい技術を提案すると、セブン限定で展開せざるを得なくなり、拡がりを持てなくなるので提案を控えている」と打ち明ける。

 取締役兼常務執行役員商品本部長・鎌田靖氏が執行役員オペレーション本部付へ降格させられた年頭の人事について、メーカーとの関係が変化しつつある兆しとみる向きもある。

●世襲人事が鈴木会長辞任の遠因?

 鈴木会長は、セブン成功の象徴というイメージが強いが、総合スーパー(GMS)再建は達成できず、百貨店や通販事業の立て直しも道半ばであった。

 今回の社長交替人事問題の遠因と指摘されているもののひとつに、セブン&アイ・ホールディングス(HD)取締役で鈴木会長の次男・鈴木康弘氏への世襲問題がある。

 康弘氏が進めるオムニチャネル戦略は、GMS立て直しのキーファクターと位置づけられている。実店舗やオンラインストアをはじめとする販売チャネルや流通チャネルを統合するオムニチャネル戦略は、利益を出すまでには時間がかかる事業であるため、今回のトップダウンで事業を進める鈴木会長の辞任は、今後のオムニチャネル戦略はもとより、超高齢化の進む日本の流通小売業の先行きに大きな影響を与えるかもしれない。

 井坂氏を7年前に社長に抜擢した鈴木会長が、今回社長退任を進めたことは、人材育成ができなかったと自ら認めるに等しい。同時に、その社長交代案が否決され井坂社長の後任の若手を選出できなかったことは、経営の失策といえるだろう。

 セブンの元商品本部長で、ファミリーマート取締役専務執行役員・商品本部長の本多利範氏が行う弁当などの商品開発会議の模様がニュース番組で放送されていたが、まさに鈴木会長の商品開発会議での姿と瓜ふたつだった。競合他社にもセブンモデルが浸透し、ひいては「ジャパニーズコンビニモデル」の基礎となっていることが垣間見えた光景であった。


 鈴木会長退任に際し、今後のセブンについてセブン社員や取引先関係者にたずねたところ、意見は大きく二分された。ひとつは、経営の仕組みがしっかり構築されていることと、社内に鈴木会長のDNAを引き継いだ上意下達の“プチ鈴木会長”がそれぞれ部門にいることから、経営は安定するという見方。もうひとつは、やはり鈴木会長がいなくなると経営陣の求心力がなくなり、セブンやコンビニビジネスモデルに大きな影を落とすのではないかという見方だ。

 7日の1時間に及ぶ鈴木会長の辞任会見では、セブンで買い物するお客さまへの感謝の意がまったく発言されていなかった。このことは小売業であるセブン&アイHDに今後、危機が訪れるのではないかと予感させた。

 アメリカからスーパーのチェーンストア理論を持ち込み、流通革命を起こしたのがダイエー創業者の故中内功氏であり、アメリカのコンビニを基に日本の消費者に合わせて、世界でも通用するジャパニーズコンビニモデルをつくりあげたのが鈴木会長である。この2人が日本の流通業界のカリスマであることは異論を挟む余地がない。

 中内氏が長男・中内潤氏への世襲を意図した人事は、ダイエーを崩壊させた大きな理由のひとつといわれている。

 今回の鈴木会長の辞任の理由の一端が、康弘氏への世襲人事にあるとすれば、世襲とは天才の意思決定を狂わす恐ろしいものだということを痛感させられる。

 今後、井坂社長の会見などによってさまざまな事柄が明らかになっていくだろう。推移を見守り、現場から飛び込んでくる情報を基に真相を追って引き続きリポートしていきたいと思う。
(文=法理 健/流通ジャーナリスト)

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