熊本地震で被災し、今なお不自由な生活を強いられる方々に心が痛む。
2011年に起きた東日本大震災の翌年に被災地入りした筆者は、仮設住宅で再開したカフェを取材した。
「びっくりドンキー」というハンバーグレストランがある。運営する株式会社アレフの本社は北海道札幌市にあり、びっくりドンキーは4月現在、直営店・フランチャイズチェーン(FC)店を合わせて北海道から沖縄まで国内335店を展開しているので、店を訪れた経験のある人も多いだろう。
手頃な価格でハンバーグが楽しめる店だが、近年の原材料価格の高騰により、過去3年で3度の値上げを行った。だが、それでも客足は落ちておらず、最新の売上高は対前年比103%、客単価は同104%と好調だ。
「原材料の急騰が自社の経営努力だけでは吸収できず、度重なる値上げとなりました。ただ幸いにも、値上げに対するお客さまからのクレームはほとんどありません」(アレフ広報室リーダー・松本総一郎氏)
後述するが、アレフは環境注力企業としても知られている。念のため記すが、現社名にしたのは30年近く前で、宗教団体の旧オウム真理教から派生したAlephとは一切関係ない。
●国民食であるハンバーグ専門、「びっくり」の視点でも差別化
びっくりドンキーは、さまざまな料理を出す総合型店ではなくハンバーグに特化した専門店だ。経営の視点では、総合型に比べて以下のメリットがある。
(1)長年の店舗運営経験により、出食数がある程度見込める
(2)従業員のトレーニング期間を短くできる
(3)冷蔵庫や調理器具など設備投資が最小限で済む
それぞれ簡単に補足すると、(1)は日本人の国民食ともいえるハンバーグに特化しているため、食材ロスが少なくて済む。
(2)では、ハンバーグ中心なので複雑な調理手法を求められない。さらに全国に8カ所ある工場で一次加工しており、店舗での調理作業もより簡略化されている。
(3)についても、同じように食材の保管場所や調理器具といった厨房施設が最小限で済む。経営の視点では設備投資費用が抑えられるのだ。
一方で、効率化だけでは味気なくなってしまう。そこで「非日常」を演出するレストランとして、来店客をワクワクさせる工夫を随所に凝らしている。たとえば、以下のような工夫がある。
・「びっくりドンキー」という店名……変な名前、ふしぎな名前として覚えてもらえる
・内装は木質材やアンティーク小物などを駆使し、囲み席が多い……非日常的な空間を演出
・メニューが「大きな扉の板で出てくる」……席に着いた後で、びっくりしてもらう
ちなみに、全店舗数のうち半数以上が居抜き(退去前の飲食店の内装を使う)物件で、チェーン店でありながら同じ体裁の店はない。今回取材した「びっくりドンキー南池袋店」では、接客担当のスタッフは西部劇に出てくるような制服だ。
●「要求が細かい」といわれるほど、食材の安心・安全を追求
産地偽装など、食品不祥事が繰り返される時代だが、アレフの安心・安全への取り組みは、外食業界のなかでも群を抜いている。
たとえば、びっくりドンキーのハンバーグの肉はビーフとポークだが、2001年から「ドンキー・ナチュラルビーフ」という牛肉を用いている。これはニュージーランド南島と豪州・タスマニア州の指定牧場で放牧飼育された子牛を、牧草、干し草と、サイレージと呼ぶ青刈りした牧草などを発酵させた飼料だけで飼育するものだ。穀物飼料を与えずに育て、生後12カ月以降は伝染病予防の抗生物質も使用しないという。
豚肉も、広く清潔な豚舎でストレスのかからない状態で飼育し、こちらも生後90日以降は抗生物質の使用を制限。豚は日本国内、カナダ、メキシコの契約農場で育てられ、安全管理された豚肉を使用している。
同社が食肉の安全性を加速させたのは01年に発生したBSE(牛海綿状脳症。発生時は狂牛病と呼ばれた)がきっかけで、同年からBSE発症の危険性が最も低いといわれる豪州産とニュージーランド産牛肉に切り替えた。店で使用するハンバーグの肉も冷凍ではなく、毎日店舗へ新鮮な肉を配送し、製造から48時間以内に消費する社内ルールを設けている。
ハンバーグと一緒に提供するライスは国内産で、06年から「省農薬米」と呼ばれる農薬使用を1回だけのコメに切り替えた。野菜も農薬の使用をできるだけ抑える製法を行い、東北の農家と契約している食材も多い。
取引先からも「アレフは要求が細かいけれど、しっかりしている」という評価を受けており、これ以外にも生ごみ処理機を導入して各店舗で発生した食品残渣(食べ残しなどの廃棄物)の堆肥化を進めるなど、多くの取り組みをしている。こうした活動が評価されて16年3月31日に日本政策投資銀行(DBJ)から「DBJ環境格付」に基づく融資を受けた。最高ランクである「環境への配慮に対する取り組みが特に先進的と認められる企業」と認定されたのは外食業界では同社だけだ。
●外食でしか味わえない「居心地」を追求
市場縮小は多くの業界に共通するが、外食業界も例外ではない。近年は前年比でプラス成長に転じる年もあるが、ピーク時に比べると2割近く市場が縮小している。
その理由はいくつかあるが、少子高齢化や人口減少に加えて「中食」(総菜や弁当を買って家の中で食べること)で済ませる人が増えたことや、低価格の外食店の増加で同じ客数でも売上高が伸びない一面もある。
そんななかで、現在のアレフが取る戦略は「広げるよりも深める」手法だ。かつて同社は600店構想を掲げた時期もあった。その拡大戦略(積極的な新規出店)をいったん横に置き、今は既存店の深掘りを進めている。
「リニューアルオープンさせた札幌市東区にある『びっくりドンキー伏古店』が今後のモデル店です。もともと当社の店は『オモチャ箱をひっくり返したような』演出が特徴ですが、過度な演出面を少しすっきりさせました。
野菜は、10年かけて「カット野菜のフレッシュ化」活動を進め、全国8工場から各店舗に小ロットで包装し、より新鮮な状態で提供するようにしたという。
お客からは気づきにくい部分だが、こうした取り組みも外食でしか味わえない居心地への“隠し味”となる。店舗ごとに個性があり、間仕切り席も多いびっくりドンキーでは、常連客でも違う空間が楽しめるという。松本氏はかつて店長を務め、その後は人事担当として店舗スタッフの採用もしてきたので、店舗の実情に詳しい。
「創業社長の故庄司昭夫は、生前『店は学校である』と話していましたが、店の仕事を通じて対人関係を学び、成長した従業員を見ていると本当にそう思います」(同)
取材時に接客してくれた女性スタッフは、人事担当時代に松本氏が採用した人材だという。
忙しく働いても収入が伸びない時代に人気の飲食店は、「手の届く贅沢」や「店での過ごしやすさ」に応えてくれる店という面を備えている。びっくりドンキーは、近年の値上げで客単価1000円を超えているが、それでも客足が衰えないのは納得価格としての許容範囲と受け止められているからなのだろう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)