アマゾンジャパン(以下、アマゾン)は昨秋から今春にかけて、中小零細出版社を対象に「和書ストア売り伸ばしセミナー」「和書ストア販売促進セミナー」などとうたった催しを開催している。このセミナーの実態は、アマゾンの直取引システム「e託販売サービス」に出版社を勧誘するものであることは、当サイトでもこれまで伝えてきた通りだ。

しかも、アマゾンは昨今の出版取次の破綻を追い風に、こうしたセミナーを活用して出版社との直取引契約を増やしてもいる。

 では、なぜ出版社はアマゾンの勧誘に乗ってしまうのか。その実態を探るために、セミナーに出席した複数の出版社の出席者に話を聞いた。彼らの証言から、巧みな言葉を使って版元を勧誘するセミナーの実態が明らかになった。

 今回は5月13日付当サイト記事『アマゾン、驚愕の取次中抜き&直取引勧誘セミナーの全貌!公然と取次の限界を指摘』に引き続き、詳細にメモをとっていた3氏の話を軸にし、このセミナーの実態を暴露する。

●e託利用で売上アップ?

B氏 開始から30分が経過し、ここからが本番でした。まず、e託販売サービスを実施している出版社としていない出版社の年間売上アップ率のグラフが掲示されました。年間5000万~8000万円をアマゾンで売り上げている出版社で14年と15年の数値を比べたところ、「未利用」は5.9%アップ、「利用」は11.1%アップしているというのです。

 最初に利用するとこれだけ伸びると印象付けてから、e託のアカウント数(2015年、個人も含む)は3500と12年に比べて15.5%増加し、登録タイトル数も33万5000点(15年)と12年に比べ31.9%増と説明。取次業者の栗田出版販売や太洋社の破綻の後にアカウント登録数が伸びていると明かし、利用出版社が増えていることを強調しました。

A氏 利用者が増えているのは、(1)すぐに在庫できる(取寄せ発注がなくなるので、搬入リードタイムが速くなり、機会損失を最小限に留められる)、(2)カートを維持できる(e託セントラルという専用ポータルサイトで在庫ステータスを変更できる。出版社には在庫があるのにアマゾンに在庫がないという状況を極力減らすことができる)――というのが理由だそうです。


 このe託セントラルに直取引する商品を登録すると、翌日もしくは翌々日から注文が飛んでくるそうです。この注文は週3~5回あるようです。基本的には営業担当者が専用のポータルサイト上で注文に回答するそうですが、契約する出版倉庫会社に発注権限を渡して倉庫側に出荷を任せるという方法もあるそうです。

 また、大村紙業と京葉流通倉庫はアマゾンと直接電子情報をやり取りしているそうです。両社はそれを活用してe託プロという仕組みを出版社に提供しているのですが、「この2社以外の倉庫会社と契約している場合は倉庫の移転を検討しては?」とまで言いだしたのです。さすがにこれは言いすぎです。アマゾン1社のために、倉庫を移転しろと言っているようなものです。何様なんでしょうか。

C氏 怒涛のようなe託プッシュはまだ続きます。仕組みの次は条件の話です。「歩戻しなし」「ジャンル別掛け率なし」「地方格差是正金なし」「在庫保管費なし」「「納入手数料なし」と取次と出版社における取引条件のなかで出版社が支払っている項目を次々に挙げて、それらをアマゾンは一切頂きません、と条件の良さを訴えるのです。そして、「正味は60%(出版社の取り分が販売金額の60%)で、年会費9000円だけお支払いください」と言うのです。
しかし、支払いスパンは60日と短く、有料の販売分析レポートも無料で提供すると一気呵成にまくしたてるのです。

●怒涛の勧誘

B氏 次に、テレビショッピングのような話になりました。「在庫ステータスを変更できる」「搬入リードタイムが速くなる」「支払は60日後」「返品率は下がる」「販売データは無料」などとメリットとなる項目を整理し提示して、「これだけではありません。なんと、今日来てもらったお客様にだけ、特別な条件を用意しました。全商品を登録していただければ、特別正味66%にさせていただきます。だいぶがんばらせていただきました」と勧誘するのです。

C氏 私が出たセミナーでは、特別正味に加えて、今回e託を登録した出版社に対して「マニュアル発注対応依頼窓口」のモニターになってほしいという説明もありました。アマゾンは注文を自動化し、著者のテレビ出演などによる急な書籍の需要増にもシステムで十分対応できると言っていましたが、おそらく対応できていないのでしょう。アマゾンはそうした事態に対応するため、事前に出版社からパブリシティ情報を受け付ける窓口を設けるそうです。そのためのモニターを今回契約した出版社に頼んだのです。しかも、モニターに参加できることがあたかも出版社には特典であるかのように話していました。

A氏 私が出たセミナーでは、その話は出ませんでした。
特別正味の紹介後は、e託を利用している出版社のアンケートが紹介されただけです。アマゾンに都合のいい話ばかりが発表されていました。

 たとえば、「取次経由だと売れる新刊も歩戻しを取られる。入金もかなり先」というX社や、「支払いサイトが短くてありがたい」というY社の話がありました。確かに新刊委託時には歩戻しが取られますが、注文扱いの商品は歩戻しが付きません。さらに、アマゾンは入金が早い(60日後)という話も、通常であれば新刊委託の場合は7~8カ月目の支払いとなる点はその通りです。ただ、注文扱いの商品は取次から60日後には支払われます(30%の支払い保留などがある場合は70%分だけ)。注文扱いの商品は、アマゾンの条件と比べてそれほど悪いものではないのです。

 アマゾンが言いたいのは「新刊委託の条件は取次よりも良いので、新刊から取次を通さずに全商品を直取引でやりましょう」ということなのです。取寄せ注文で販売機会をロスしているとか、アマゾン経由の注文が取次のキャパシティを超えたとか、取次よりも取引条件が良いという一連の話は、すべて既存の取次流通の不備・限界を指摘したものです。「今の出版流通の状況はひどい」「これではどんどん売上が下がってしまう」と出版社の危機感を煽るのです。

 その一方で、アマゾンは取次の条件よりもちょっと上の数字を提示し、直取引で売上が伸びる事例をいくつも紹介し、最後にはアマゾンの直取引は有効と出版社に思わせる、それがこのセミナーの巧妙なところなのです。
知り合いの小零細出版社は迷いもなく、アマゾンと直取引を開始しました。「1年後は正味が66%から60%になるかもしれない、それでもいいのか」と聞くと、「小零細出版社にとって、このタイミングを逃すと66%という話はもうこないだろう。確かに、1年後にそうなるおそれもあるが、書店での売上が落ちていく以上、ネット書店の売上を上げるしか選択肢はないのではないか」と話していました。

●取次への不満

B氏 私も出版社アンケートの紹介を聞きました。本当かどうかはわかりませんが、直取引の条件よりも、返品や在庫管理など販売面でメリットを感じる出版社が多かったと思います。それは、現在の出版流通に抱く不満の裏返しと捉えることができます。以下はその声の一例です。

「在庫ステータスを素早く変更できる。在庫状況をリアルで確認できる」
「無駄な返品がない。販売状況が『見える化』されている。取次のあやふやな在庫管理には閉口していた」
「注文状況がタイムリーにわかって在庫を補充してもらっている。取次経由だと新刊を入れてもアマゾンでの販売が1カ月以上かかったこともあった」
「取次経由だと販売機会を逃すことが多い。
e託を活用すると、取次や書店に頼らない営業戦略を構築できる。規模も小さく、書店への営業力も小さい場合はネット書店での販売は生命線。e託の利用は将来の生き残りに大きく寄与する」

 これが本当に出版社の声かどうかはわかりませんが、返品率の低さとタイムリーな在庫補充が出版社にとって魅力になっているようです。

●「三方よし」になるのか

 以上がアマゾンセミナーの大まかな話の流れである。昨年と今年開いたセミナーで、内容が多少異なっているようだが、e託サービスに関してはほぼ同じ説明で、質疑応答で会を締めたという。

 アマゾンは本セミナーの初めに「三方よし」という話を持ち出していた。つまり、e託が「出版社よし」の施策だというのだ。もし、本当にそう考えているのであれば、1年後に66%から60%に下げるようなことはしないだろう。もし、下げた場合は、この「三方よし」の話は嘘で、単なる客引きの口上だったと判断できる。注目すべきは、昨秋のセミナーで直取引を開始した出版社だ。今秋に1年を迎えるタイミングでアマゾンはどう交渉してくるのだろうか。

 セミナーの質疑応答で「今回は66%だが、1年後には60%に戻されるのか」と質問した出版社があった。
アマゾンの担当者の回答は「必ず戻さないとは言えない。物価等の変動がある。だが、必ず説明はする」と言葉を濁していたそうだ。1年でそれほど物価は変動しないだろう。「三方よし」というのなら、1年後くらいは保証してほしいものだ。
(文=佐伯雄大)

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