来春卒業予定の大学生らに対する日本経済団体連合会(経団連)加盟企業の面接選考が6月1日に解禁され、就職活動が本格化している。就職を希望する人が企業に応募する際は、まず求人広告の内容を確認するだろう。

しかし、この求人広告と実際の雇用契約、就労実態が大きく異なる、いわゆる「求人詐欺」が問題になっている。

 法律上、虚偽の求人広告で人を集めることは禁止されているが、現状は野放しになってしまっている。アルバイトでも、募集条件と実態が違うという経験をした人も多いのではないだろうか。もはや「求人広告に本当の条件は書かれていない」と考えることが常識化していると言っても過言ではない。どうしてこのようなことが起きるのか。
 
 労働問題に詳しい浅野総合法律事務所の浅野英之弁護士は、求人広告と実際の労働条件が異なっていても必ずしも違法とはいえないと言う。

「求人広告の内容は、あくまでも募集段階で一般に示された労働条件にすぎず、個人の労働契約の内容となる労働条件ではありません。この場合の労働契約の内容となる労働条件は、雇用の際に労働条件明示義務(労働基準法15条)に従って雇用契約書や就業規則に規定されて明らかになっている内容をいいます」

 つまり、求人広告は必ずしも実際に働く条件が書かれているものではないというのだ。応募する側としては、求人広告の内容ではなく、あくまで内定あるいは内々定の際に示される雇用契約書や就業規則などの記載内容をよく読む必要がある。企業がこれらを明確に示さない場合は特に注意すべきだ。では、求人広告には、どのような意味があるのか。

「求人広告は『雇用契約の申し込みの誘因』とされています。
『申し込みの誘因』とは、申し込み自体ではないことから、これに対して承諾があったからといって、その内容通りの労働契約が成立するわけではないのです」(同)

 求人広告は新聞のチラシと同じで、企業の側が働き手に対して「求人に応募してみませんか」と誘っているにすぎず、「当社で働きませんか」と申し込んでいるわけではない。労働を希望する人が求人広告に応募することが「申し込み」であり、それに対して企業が「承諾」して初めて労働契約が成立する。

 実際の訴訟でも、労働者が求人広告・求人票に記載したとおりの労働条件の履行を請求したのに対し、求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となっていないことを理由として請求を認めなかった判例がいくつかある。ただ、これらの訴訟は、いずれも労働契約の内容は、求人広告・求人票とは別に、その後の面談や雇用契約書の締結、就業規則の周知等によって、異なる労働条件が明示されて確定していたことに注意が必要だ。

 一方で、採用する企業にとっても、求人詐欺をする会社だと噂されれば「ブラック企業」などとレッテルを貼られ、採用段階で良い人材の獲得が困難となることはもちろん、社会的信用の低下や売り上げ低下にもつながりかねない。労働基準法では、労働契約締結の際に、会社が労働者に対して雇用契約の内容となる労働条件を明示することを義務付けている。また、労働条件明示義務が適切に果たされない場合には、30万円以下の罰金という刑事罰が規定されている。

「求人詐欺として問題となるのは、雇用契約書が作成されておらず、労働条件について労働者の誤信を誘導した場合や、検討期間を置かずに雇用契約の締結を強要した場合です。この場合、従業員となろうとする者の側に著しい不利益をもたらす等特段の事情があるとして、求人票記載の内容が雇用契約における労働条件の内容となると判断されるおそれがあります」(同)

 求人広告・求人票は、できる限り変更を要しない内容の労働条件を記載することは当然だ。しかし、万が一求人段階で記載した労働条件を後から変更する必要が出てきた場合には、企業は即座に労働者に十分な説明をして理解を求めるべきだろう。

 企業は「採用の自由」を有しており、どの労働者と、どのような条件で雇用契約を締結するかを決定する権限がある。また、人手不足の昨今、魅惑的な求人広告で人を惹き付け、少しでも優秀な人材を集めようとする気持ちもわからなくはない。
しかし、求人広告の内容と雇用契約、就労実態が大きく異なる場合、企業が支払うツケは信用も含めた大きいものになるだろう。
(文=Legal Edition)

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