名古屋型の喫茶店として店舗を拡大している「珈琲所 コメダ珈琲店」を運営するコメダホールディングスが、6月29日に東京証券取引所に株式を上場する。上場が近づき、各メディアでは、同社の経営状態の分析や今後の成長予想といった関連記事が報道されている。
そんなコメダを、筆者はメディアの注目度が低かった8年前から取材してきた。そこで今回は上場を機に、あまり知られていないコメダの一面を紹介してみたい。
●高収益率を支えるメニューの絞り込み
今回の上場にあたり、コメダの利益率の高さが注目された。2016年2月期の連結売上高は217億円、営業利益は66億円、当期純利益は41億円となっており、営業利益率は30%を超える。高収益の理由は複数あるが、ここでは店のメニューに焦点を当ててみたい。
筆者が同社を取材し始めた頃、ある業界紙の編集部長が「コメダは喫茶店のテーマパーク」と説明してくれた。広い店内に数多くのメニューを揃えているという意味だったが、実は店のメニューは絞り込まれている。
たとえばコーヒーメニューは、ブレンドコーヒー、アメリカンコーヒー、カフェオーレ、ウインナーコーヒー、アイスコーヒーなどとなっており、昭和時代の喫茶店メニューそのものだ。近年人気の「サードウェーブコーヒー」もなければ、単一の豆を用いてブレンドしない「シングルオリジン」もない。1杯ごとにサイフォンなどの器具を用いて時間をかけて淹れるといった手法ではないので、品数は多いが店舗運営としては効率的なのだ。
フードメニューもごはんものはなく、パンメニュー中心に絞り込む。有名なモーニングサービスでは無料でトーストとゆで玉子がつくが、このゆで玉子はエッグサンドやエッグトーストなどの具材にも用いる。
ただし、効率一辺倒ではない。メニュー構成を絞る一方で、つくりたての提供にこだわり、各店舗ではひと手間かけて調理する。たとえば、カツサンドのカツは店内で揚げており、パンは仕入れ商品ではなく自社工場で製造する。また、カツサンドのパンとミックスサンドのパンは別の種類を使用しており、食パンは風味を重視し、工場でスライスせずに山型のまま各店舗に配送。注文を受けてから、店でスライスして提供している。
ドリンクで用いられる容器も同じではない。クリームソーダで使われる容器はブーツグラスと呼ばれる長靴型で、店によっては市販されている。
コメダの来店客の平均滞在時間は約1時間。セルフカフェの平均滞在時間は20~30分といわれるので、効率性と非効率性を組み合わせたビジネスモデルだ。
●真似する競合が続出した「コメダモデル」
コメダは1968年に個人喫茶店として開業した。創業間もない70年から地元を中心にフランチャイズ(FC)展開してきたが、喫茶王国といわれる愛知県では、しばらく目立たない存在だった。
さらに、(4)間仕切りの座席、(5)朝11時まではトーストとゆで玉子が無料でつくモーニングサービス、(6)ドリンクに小袋の豆菓子が付くオマケ、(7)デニッシュパンにソフトクリームを載せた名物「シロノワール」などのパンメニューといったコメダの特徴的コンセプトも確立していった。
コメダの成功例をみて、近年は模倣する競合が相次いだ。そうした競合が真似したのは(3)以外のすべてだ。たとえば、和歌山県に店舗を展開する「マサキ珈琲」の外観と内装は、極めてソックリだ。コメダの本拠地・名古屋市にある「金シャチ珈琲店」という店も同様だ。興味のある人は検索して比較していただきたい。
大手チェーン各社も、コメダを模倣した。銀座ルノアールが運営する「ミヤマ珈琲」のバーガーメニューは、コメダによく似ている。導入したコーヒーチケットはコメダと同じ「9枚つづり」だ。ちなみに名古屋の喫茶店のコーヒーチケットの基本は、11枚つづりで10枚分の価格という電車の回数券方式で、9枚つづりは少数派だ。また、コーヒーに付く豆菓子が人気のコメダを見習い、ミヤマはコーヒーにミニクッキーを付けた。
ドトール・日レスホールディングスが運営する「星乃珈琲店」には、当初「シロノワール」ならぬ「ホシノワール」というメニューがあった。コメダのデニッシュパンとは違い、パンケーキを用いたが、上にソフトクリームを載せた見た目はソックリだった。ちなみに各社ともに店名に「――珈琲」を漢字で入れた点も共通している。
余談だが1980年代以降、ドトールコーヒーショップの店舗拡大で、街の喫茶店が駆逐されていった。当時、ドトールの経営者は「ウチが1店出せば周辺の喫茶店100軒に影響が出る」と豪語した。事実その通りだったが、自ら駆逐した「街の喫茶店型」を、21世紀に星乃珈琲店として積極的に展開するようになったのは、歴史の皮肉というべきか。
●毎週、店舗でコーヒーを淹れるプロ社長
企業規模が拡大するにつれて本社を移転させる会社は多い。そして多くの会社は交通至便な場所に社屋を構え、経営者はホワイトカラー化する。それが良いか悪いかではなく、企業の実情だ。たとえばカルビーは、広島県広島市で設立された後に本社を東京都北区赤羽に移転。さらに現在は千代田区に移し、東京駅前のインテリジェントビルに本社を構える。
コメダも名古屋市西区で創業後、本社機能を同市瑞穂区に移転。
この本社の打ち合わせコーナーには、店舗で使用されているのと同じイスがある。筆者が取材を始めた8年前は、やや薄暗い空間だったが、その後に改築されて明るい空間に変わった。
現在のコメダHD社長は13年7月に就任した臼井興胤氏で、同社の経営を担う投資ファンドが招いたプロ経営者であることは知られるようになった。一橋大学を卒業後に三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行し、その後ゲームメーカーのセガ(現セガゲームス)に転職し、ナイキジャパン、日本マクドナルドのCOO(最高執行責任者)を歴任し、セガに復帰して社長に就任。さらにグルーポン東アジア統括副社長を経てコメダに転じた経歴を持つ。
ファンドが招いたプロ経営者――と紹介すると、冷徹に数字で判断する人物像を想像するかもしれないが、臼井氏は非常に現場主義の人物だ。マクドナルドでもコメダでも、入社前は立場を隠して各店舗でアルバイトとして働いた。今でも週に一度、朝6時から9時までは制服に着替え、コメダの店舗で自らコーヒーを淹れて来店客に提供している。
社長就任当初に店の実情を知るためならともかく、就任して3年たった現在も続ける理由を、「コメダのブランドをつくるのは、毎日お客さんと向き合って蓄積された『顧客体験』。それを現場で体感し続けるためです」と臼井氏は話す。
●店の本質は「しゃべり場」にあり
コメダはいうまでもなく喫茶店だが、その本質は飲食店プラスアルファにある。ここでいうプラスアルファとは、「懇談の場」という意味だ。単にコーヒーを飲むだけなら、コンビニエンスストアの100円コーヒーや、缶コーヒーの自動販売機も全国津々浦々にある。
それでも、喫茶店やカフェに客が集まるのはなぜか。コメダは、もともと「日本一喫茶代におカネを使う都市」である名古屋市の消費者に鍛えられてきた。総務省統計局「家計調査」によると、同市の1世帯当たりの喫茶代年間支出額は1万4301円で、東京23区の8879円の1.6倍だ(2013~15年の平均)。名古屋では、オフィスの会議室代わりや自宅の居間の延長線上で喫茶店を利用する客が多い。仕事の打ち合わせや友人・知人との懇談で使われるのだ。
とかくファンド主導の経営に注目が集まる同社だが、毎日の来店客の評価の集大成がコメダブランドとなる。それにどう対応し続けるか――。
上場後の同社の姿勢が注目されている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)