「武豊さんと凱旋門賞に行くのが夢。そのために買いました」

 今からちょうど1年前のセレクトセール2015。

一人の男が自分の壮大な夢を託して、一頭の仔馬を1億6000万円で購入した。

 その男とは、株式会社キーファーズの松島正昭氏。夢を託したのは2011年の凱旋門賞(仏G1)で1番人気になりながら7着に敗れたサラフィナの仔、グランダルシュ(父ディープインパクト)である。

 この松島氏、昨年からJRAで所有馬を走らせ始めた新米馬主だが、競馬界の帝王・武豊への“思い”はとてつもなく深い。

 これまで(7月2日まで)所有馬を29回出走させ、その内22回で武豊騎手を起用。さらに武豊騎手が乗れない時は、弟の武幸四郎騎手に依頼する徹底ぶり。先日の2日、ついに武兄弟以外となる藤岡佑介騎手が騎乗することとなったが、ここまで強いこだわりを持つ馬主はそうはいない。

 もっともまだ重賞を勝つどころか、オープン馬すら所有していない。だが昨年購入し、今年デビューを迎えるグランダルシュは、すでに関係者の間でも「超大物」と評判だ。

 母サラフィナは2010年の仏オークス馬。凱旋門賞でも2番人気に支持されて3着に入線し、その年のヨーロッパ最優秀3歳牝馬に選出されている。しかし、進化を発揮したのは古馬になってから。
一流牡馬を相手にサンクルー大賞(仏G1)を勝利すると、凱旋門賞の前哨戦となるフォワ賞(G2)も連勝。その年の凱旋門賞で1番人気に推された。

 だが、世界最高峰の舞台で無念の7着敗退……この展開、“誰か”に似てはいないだろうか。

 そう、グランダルシュの父ディープインパクトもまた、自国で最優秀3歳牡馬に輝き、古馬になっても圧倒的な強さを見せた馬だった。何よりも凱旋門賞で1番人気に推されながらも無念の涙を飲んだ、世界中で毎年1頭現れるか現れないかの貴重な経験の持ち主だ。

 従って、このサラフィナの仔は生まれながらにして、凱旋門賞で両親の無念を晴らすことを宿命づけられた馬。そして、そんな仔馬を武豊騎手を敬愛する松島氏が購入し、「新凱旋門」と称されるパリの超高層ビルの名から「グランダルシュ」と名付けたのだ。

 このような運命的な話に、武豊騎手が心を動かされないはずがなかった。セールで購入したばかりの仔馬のオファーという1年越しの先約となる“無茶ぶり”を「ジョッキーとして本当にありがたい話。騎乗できる日が来るのを楽しみにしています」と快諾。

 そして、今年グランダルシュが2歳を迎え、いよいよ“夢”が現実味を帯び始めようとしているのだ。

 グランダルシュが入厩を予定しているのは、関西の松永幹夫厩舎。
つまりこの春、武豊騎手と共にラニでアメリカ三冠を戦ったコンビである。ラニはすでに来年のドバイ遠征を始め、米ブリーダーズC参戦など、世界を股に掛けて転戦するプランが組まれているが、二人が欧州に遠征するのは「グランダルシュのため」という展開になるかもしれない。

 だが、実はこのグランダルシュを人一倍評価している男が、もう一人いる。

 それは「とてもキレイな馬で母と似ている」と証言するC.ルメール騎手。なにせ、フランスにいた頃に母サラフィナの主戦を務めていたのだから、息仔のグランダルシュへの思い入れが強くなるのも当然だ。

 しかし、「もちろんレースで乗りたいけど、ユタカタケのオーナーだからね(笑)。父は豊が乗っていたし半分半分。1レースごとでも乗せてもらえれば」と武豊を敬愛する前島氏の所有馬となったことで、冗談半分に諦めモードだ。

 そういえば、前島氏は昨年のセレクトセールで、グランダルシュと同じく「この馬で凱旋門賞を」と意気込んで購入した馬がもう一頭いる。

 その牝馬ながら1億3500万円という高値で取引されたヴィニーは、今年池江泰寿厩舎に入厩し調教師から早くも「厩舎の牝馬No.1」と絶賛され「3歳の秋にはフランスに行きたい」と言われているほどの逸材だ。

 ということは、もしも来年の秋に2頭が揃って凱旋門賞に出走することになれば、ヴィニーを武豊騎手にお願いし、グランダルシュでルメール騎手の思いを叶えてあげるのはいかがだろうか。実はヴィニーの母コケレールの主戦もルメール騎手なので逆でもOKだ。

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