2012年にソニー社長に就任した平井一夫氏は、構造改革を推し進めた。なかでも効果が顕著に現れ、なおかつ社員の意識改革につながったのが、事業の分社化だ。
社内分社に当たるカンパニー制ではなく「分社化」まで踏み込み、本体とは異なる法人格を与えることで、事業ごとの業績の“見える化”が図られ、結果責任が問われるようになった。現場は、本社頼みから脱却し、自立志向が芽生えた。
今回はそんな改革の真相について、本連載前回記事『絶望から奇跡の完全復活…ソニー平井社長が激白、4年の覚悟の「構造改革」全真相』に引き続き、平井氏に話を聞いた。
●分社化の狙い
片山修氏(以下、片山) 意識改革にもつながってきますが、平井改革の大きな柱のひとつが分社化です。正直、初めて聞いたときは、ここまでやらなきゃいけないのかと思いました。
平井一夫氏(以下、平井) 本社に頼らず自分たちで考え、経営指標のもとに自らの責任を果たしてもらいたいという考えからです。
私は、ソニー本体のEVP(副社長)になるまでは、ずっと子会社で仕事をしていました。SCEI(ソニー・コンピュータエンタテインメント)の社長でしたし、その前は、そのまた子会社の米国法人のトップでした。「一国一城の主」ですから、自分でヒト・モノ・カネの責任をもって決めていた。
その点、CFO(最高財務責任者)の吉田憲一郎も、ソネットで「一国一城の主」の経験があり、事業部と子会社とではトップの危機感が全然違うということは、二人とも経験的に知っていたんです。
片山 なるほど。説得力がありますね。
平井 「一国一城の主」すなわち社長であるということは、まったく責任感の醸成が違う。「これはあなたの会社です。あなたのヒト・モノ・カネで全部やってくださいね」と言ったほうが、マネジメントも社員も、規律というか緊迫感が醸成されると私は思います。実際に今、それがいい方向にまわっている。あとは、遠心力に対して、いかにバランスよく求心力をもつかです。
片山 分社化にあたって、社員の間に抵抗はなかったんですか。
平井 最初はやはり、抵抗があったと思うんですが、ソニーグループ全体で見ますと、実は映画、音楽、ゲーム、モバイル、金融などの事業は、みんな独立した会社なんですよね。別に珍しいことじゃないんです。
●全事業横断の徹底したコミュニケーション
片山 エレキ、エンタテインメント、金融などコングロマリット化したソニーをマネジメントするうえで、もっとも重要なことはなんですか。
平井 同じ方向を向いたマネジメントチームですね。第二次中期経営計画になってからは、全員、私が任命したマネジメントになりました。同じ方向を向いていることを、何回も議論しながら確認して、意思統一しながらやってきました。
片山 振り返ってみると、13年末、ソネットにいた吉田さんをマネジメントチームに引き入れ、翌14年4月に代表執行役CFOに起用された。これが、大ヒット。ソニー再生のうえで、大変大きかったのではないですか。
平井 吉田とは、以前から面識があったのですが、年に一度くらい飲み会や飛行機のなかで顔を合わせる程度でした。引き込むのに時間はかかってしまいましたが、いろいろ議論をしたり、ソニーグループ全体に対するアドバイスを聞いたりして人間関係をつくっていきました。
吉田に私が言ったのは、「平井が言ったからではなく『CFOとして正しいこと』をやって」ということです。それから「間違っているなら指摘してほしい」と言った。私はなんでも「そうですね」と言われると心配になるタチなので、「どんどん違うことを言ってください」と、何回も言いました。
吉田もだんだんわかってくれて、この点は私も同じですが、「ソニーに恩返しをするんだ」と、マネジメントチームに賛同してくれた。
ヘルシー(健全)だと思うのは、吉田は「やめるべきだ」と思えば言ってくれますし、それに対して私は「いや、これは吉田さんがそう思ってもやめないですから、よろしくお願いします」というような議論をよくするんです。
片山 分社に関するマネジメントはどうしているのですか。
平井 たとえばテレビなら、デザインなどに意見も言いますので、事業運営会議を月一程度で行います。分社のトップと、ワン・トゥ・ワンで話す機会も月に一度か二度、設けていますし、各事業の社長やトップが一堂に会して議論する場も設けています。
片山 それは、半年に一回くらいですか。
平井 いやいや、月一でやっていますよ。
片山 コミュニケーションが活発ですね。
平井 グループ全体として必要なことを、今、議論しながらしっかりと考えなきゃいけないんですよね。
たとえば、最新技術のVR(バーチャル・リアリティ)は、アンディ(アンドリュー・ハウス/ソニー・インタラクティブエンタテインメント社長)だけがやればいい話ではなく、石塚(茂樹/イメージング・プロダクツ&ソリューション事業担当)はどう考えるのか。鈴木(智行/執行役副社長R&Dプラットフォーム担当)は技術的に見てどう思うか、などと聞くことも必要です。ソニーのなかでVRについての共通認識をつくるんですね。
年に2回は、エンタテインメントのトップのマイケル・リントン、ダグ・モリス、マーティン・バンディアらを全員集めて、エレクトロニクスとエンタテインメントで一緒に、全世界を見て議論する場を設けています。VRなどは、全社で共通認識を持たなくてはいけませんからね。
この場には、以前はなかったことですが、半導体やデバイスのトップも参加して、エンタテインメントのプレゼンテーションを聞きます。カルバーシティ(ハリウッド)のスタジオに足を運んで文化に浸ってもらうこともしています。
●あらゆるものを駆使
片山 ただ、前任のハワード・ストリンガー氏も「ワン・ソニー」を掲げましたが、実際のところ、うまくいきませんでしたよね。
平井 コンセプトを出すのはいいんですが、実際にどう実行するかですよね。最初は強制です。
片山 「強制」というのは?
平井 エンタテインメントのトップは、「なんで俺が厚木(厚木テクノロジーセンター)に行かなきゃいけないんだ」ってなりましたけれども、「いやいや、厚木にいくからこそ、厚木のトップもカルバーシティにいかなきゃダメだ」という話なんです。3、4年続けた今では、鈴木もスタジオの連中と飲んで盛り上がっていますよ。
ビジネス上では、それぞれどこで接点があるかわかりませんが、同じグループで同じ方向にベクトルを合わせることは大切です。誰がどこにいようと「お客様に感動をお届けして、好奇心を刺激するんだ」ということは、スタジオ、半導体、デバイスなどに関係なく、みんな一緒だということが、なんとなくわかってきてくれていると思います。
片山 ソニーは、もともと自己主張の強い人が多いですよね。
平井 時代が、それを必要としていると思います。AI(人工知能)・ロボティクスがいい例で、ひとつの事業だけではできない。いろんな事業のノウハウやモノづくり、考え方、北野(宏明/ソニーコンピュータサイエンス研究所社長)のところのAIや外部とのコンタクトなど、ありとあらゆるものを駆使しなきゃいけない。ですから、「やろう」と旗を揚げたときには、おのずからいろんなところの人たちが議論をして決めました。(注・ソニーコンピュータサイエンス研究所=1988年設立。東京、パリに拠点を構える。世界中から集まった研究者たちが、AI、生物、環境、エネルギーなどをテーマに個人として自由に研究活動を行っている)
●人間商売
片山 今年5月には、米国のAI有力ベンチャー、コジタイに出資、提携しましたね。6月末の経営方針説明会では、「ロボット再参入」が話題になりました。私はこれは、ソニーがようやく現行のビジネスの立て直しのメドが立ち、成長への投資を本格化することの象徴だと受け止めました。
平井 ロボティクスについても、家庭向けだけでなく、製造工程や物流への利用など、広範な領域での事業展開も検討しています。
Life Space UX、SAP(Seed Acceleration Program)など新規事業を育てる分野においても、事業部があるわけではなく、いろいろな事業部の人が寄り集まってやっています。事業横断的に一緒にやらないとうまく回らないことは、今の商品群ではたくさんあります。
片山 平井さんは、「対話」すなわちコミュニケーションをすごく大事にされる。それが、求心力の源泉になったように思います。
平井 「対話」は大事にしています。現場に行くのも好きです。だいたい月一のペースで、現場のマネジメントに近い人たちを4~5人集めて、お弁当を食べながら、課題や会社の問題、社長に言っておきたいことなどを話してもらい、議論する場を設けています。
これは、SCEI時代もやっていたんですが、最初はみんな「怒られる」と思って、言いたいことを言わないんです。でも、私は怒らないし、「グッドポイントだ」という反応で会話を盛り上げていくと、ミーティングの印象もよくなって、そのウワサが広がります。最近は、「これは直してくれないと困ります」みたいな話も出てくるようになった。すごく刺激になりますね。
片山 それは、“マッサージ”ですかね。ソニーという“体”がこれまで凝り固まっていたのを、コミュニケーションのマッサージによって、組織を柔らかくしているような印象を受けますね。
平井 たとえばミュージックのビジネスは、全アセット(資産)が人間です。いかに気難しいアーティストにいい作品をつくってもらうかという“人間商売”なんです。私は、ソニー・ミュージックエンタテインメント時代にそれを叩き込まれました。
音楽に限らず、ソニーには同じような文化があります。私はいつも言うのですが、自分たちが盛り上がらないと、絶対にいい商品はできない。人間は、コミュニケーションして盛り上がって初めていいものができるのです。エンタテインメントでも、ハードやデバイスでも、サービスでも一緒だと思います。
●トップの“本気”
片山 平井改革でもうひとつ大きかったのは、本社を小さくしたことですね。本社機能18部門と78部について、部門をなくしたうえ、部は13部にまで再編。本社機能の費用を13年度比3割削減。これで、社員はトップの“本気”を感じますよ。
平井 私は、現場に痛みを強いて、自分たちは何もしないということがいちばんイヤなんです。日本だけでなく、米国においていた本社機能も小さくしました。
片山 社員は見ていると思います。本社の間接費や人件費もカットした。強いメッセージになります。ただ、聖域に手を入れるのは大変ですよね。
平井 「やらねばならぬ」です。こういう仕事をさせていただく機会を得たんですから、悔いを残すのはいやです。やらなければいけないことが見えたら、全部やる。それ以外に選択肢はないです。
片山 最後に、課題はなんですか。
平井 私は決して、ソニーが復活したとは思っていません。まだ道半ばです。いい方向に向かっていますが、ここで「よくなった」なんて思ったらば大間違いで、この緊迫感を、私もマネジメントも、社員も継続しなくてはいけない。「もっとよくできるんだ、もっと素晴らしい世界があるんだ」と、つねに上を目指していくことが必要です。
アクセルを離したり、クルーズコントロールを入れられちゃうと困る。ここからもう1回ギアシフトして、加速してもらわなきゃ困るんですよね。
本当に復活したかどうかは、お客様が決めることであって、社員が勘違いしちゃいけない。マネジメントは、ますます勘違いしちゃダメですよね。
【平井さんの素顔】
片山 好きな食べ物はありますか。
平井 なんでも食べますが、とくに和食とイタリアンが好きですかね。炭水化物を食べない主義なので、ご飯や麺類はめったに食べません。
片山 いきたい場所、再訪したい場所は?
平井 リラックスするならハワイの、それもラナイ島とか自然以外何もないところが好きです。同じホテルにずっといて、朝起きて、食事をして、ビーチで読書をして一日が終わるっていうのを繰り返すのが好きです。ゴルフとか観光とか一切なし。
片山 最近読んだ本は?
平井 Superpower:Three Choices for America's Role in the World (Ian Bremmer)と、Hard Choices (Hillary Rodham Clinton)です。
(構成=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)