消費経験から得られる楽しさや喜びのために商品を選択する、「快楽的消費」の存在をハーシュマンとホルブルックが提唱したのは、1982年のことです【註1】。伝統的な考え方では、消費者を、商品属性から得られる効用が大きくなる商品を選択する「合理的な意思決定者」として捉えていました。
その後、1998年に、ストラヒルヴィッツとマイヤーズがこの概念をもとに、喜びや楽しみを獲得することが動機づけとなる感情的な消費を「快楽的消費」、基本的ニーズの満足や要求される機能の遂行が動機づけとなる合理的な消費を「実用的消費」とする2タイプの消費を定義すると【註2】、その説明力の高さから、この分類を用いた消費者行動研究が次々と行われるようになりました。
快楽的消費では「欲しい」、実用的消費では「(獲得)するべき」といった意識が強くなります【註3】。この分類は、製品カテゴリー、目的、ベネフィット、態度、選択など、消費者行動のさまざまな側面に適用できるため、汎用性が高く、現在でもよく使われています。
分類の例を挙げると、製品カテゴリーの場合、快楽的消費ではスウィーツ、お酒、タバコ、化粧品、香水、スポーツカー、その他の贅沢品が、実用的消費では家電製品、洗剤、歯磨き、ビジネスソフト、仕事着、ミニバン、その他の必需品が該当します。
また、同じ製品カテゴリーを消費の主な目的や動機づけによって分類することもできます。たとえばチョコレートの場合、至福のひと時を過ごすことが目的であれば快楽的消費になりますが、心血管疾患のリスクを減らすことが目的であれば実用的消費になります。パソコンやスマートフォンなども両方の動機を満たせるので、消費者が購買時に強く意識する動機によって消費タイプが分かれます【註4】。
さらに、カテゴリー内の商品タイプで分類することも可能で、たとえばチューインガムの場合、シュガータイプであれば快楽的消費に、シュガーレスであれば実用的消費になります【註5】。
以下では、この2タイプの消費を比較した消費者行動研究を概観しながら、快楽的消費の特徴を説明したいと思います。
●快楽的消費の罪悪感と正当化
多くの研究者の間で共通する見解は、快楽的消費は魅力的であるにもかかわらず、必需品ではなく、また、商品によっては浪費や健康への悪影響も懸念されるため、消費者にとって購買の正当化がしにくく、罪悪感を持ちやすいということです。これは、消費者自身の納得感のようなものです。
この正当化の決定要因を調べた研究があります。キベツとゼングは労力の大きさに着目しました【註6】。被験者に骨折り作業と軽い作業のどちらかをしてもらい、作業後にお礼として濃厚なチョコレートケーキ(快楽的消費)と低カロリーのフルーツサラダ(実用的消費)のどちらかを選択してもらう実験を行いました。その結果、チョコレートケーキを選択した被験者の選択率は、骨折り作業を終えた被験者のほうが軽い作業を終えた被験者よりも高くなりました。努力した自分には好きなことをする権利があると感じ、チョコレートケーキを食べたいという欲求を満たそうとする行為が正当化されたと考えられます。
カーンとダールは、有徳な行為を行おうとする意図を持つだけで快楽的消費が選択されやすくなることを実証しています【註7】。この現象を「ライセンシング効果」と称しています。実験では、被験者を、自分がボランティア活動を行ったことを想像してもらう場合とそうした想像がない場合のどちらかに割り当て、次に買い物に行ったと仮定してもらったうえで、デザイナージーンズ(快楽的消費)と掃除機(実用的消費)のどちらかを選択してもらいました。
その結果、ボランティア活動を行ったことを想像した被験者は、そうした想像をしなかった被験者よりも「情け深い」「思いやりがある」「温かい」「役に立つ」などの自己評価が高くなり、選択率もジーンズのほうが高くなりました。一般に、良い行いをすることを考えることで自己評価は高くなります。
これらの研究から、努力や良い行いをした自分へのご褒美として快楽的消費を選択する行為は十分に正当化され、快楽的消費を促進することが明らかにされています。快楽的消費の対象となる商品は、購買を正当化するメッセージや購買の必要性(実用的要素)を高めるメッセージを発信し、罪悪感を軽減するコミュニケーション戦略をとることにより、消費を拡大できる可能が高いといえるでしょう。
●快楽的消費は実用的消費の近くに提示しない方が選ばれやすい
快楽的消費は、実用的消費を意識しない状況で選ばれやすくなることが実証されています。オカダは、1、2種類のデザートを提供するレストランで、ベイリーズのアイリッシュクリーム、クッキー、チョコレートチップがブレンドされた高カロリーのチーズケーキ(快楽的消費)と低脂肪クリームチーズと卵白でつくられたヘルシーなチーズケーキ(実用的消費)を用いた実験を行いました【註8】。デザートが1種類のときには高カロリーのチーズケーキを、2種類のときにはヘルシーなチーズケーキと一緒に顧客に見せました。
その結果、高カロリーのチーズケーキを選択した被験者の比率は、単独で提示したほうがヘルシーなチーズケーキと一緒に提示した場合よりも高くなりました。同様の結果は、レストランの商品券(快楽的消費)と食料雑貨店の商品券(実用的消費)を用いた実験でも確認しています。
快楽的消費は、他に選択肢がなければそれを理由に購買を正当化できますが、実用的消費との間で選択できる状況にあるときには正当化が難しくなり、選択しにくくなるのです。したがって、快楽的消費の対象となる商品を販売する場合には、同じ製品カテゴリーであっても実用的消費の対象となる商品と一緒に販売しないほうが売り上げを伸ばせる可能性が高くなるといえます。スポーツカーなどの贅沢品はミニバンや軽自動車などの実用的な車の側に展示せずに単独で展示し、消費経験から得られる快楽や興奮のみを期待してもらう状況を整えたほうがいいということになります。
●快楽的消費は手放しにくい
快楽的消費は魅力的なので、実用的消費よりも手放したくない、失いたくないといった気持ちが強くなる傾向にあることが実証されています。
ダールとウェルテンブロックは実験を行い、被験者に、近くのミュージックショップで好きな音楽テープを選べる商品券(快楽的消費)と10パックのコンピュータ用ディスクの商品券(実用的消費)を見せ、報酬として2つとももらえると伝えてから無関係の作業をしてもらい、作業後に手続きに間違いがあったとしてどちらかを諦めてもらう状況(諦める状況)、あるいは作業後にどちらかを選んでもらう状況(獲得する状況)に割り当てました【註3】。その結果、報酬として音楽の商品券を選択した被験者の比率は、諦める状況のほうが獲得する状況よりも高くなりました。
この現象のメカニズムは次の通りです。通常、諦める状況では獲得する状況よりもそれぞれの選択肢がもたらすベネフィットについて入念にイメージします。もともと快楽的消費は実用的消費よりも魅力的ですが、その魅力度がこのイメージにより一層強化され、失うことのデメリットを大きく感じるのです。その結果、諦める状況では快楽的消費を選択する被験者が多くなったのです。
このことから、企業がコストダウンなどで商品の属性をカットする場合、快楽につながる属性をカットするのは避けたほうがいいということになります。また、スポーツカーなどの贅沢品では、リースなどで一定期間使ってもらった後に購入できるという選択肢を与えると、楽しさを経験した後だけに手放したくなくなり、購入する消費者は多くなると予想されます。
●快楽的消費は選択肢があると満足度が高くなる
快楽的消費は、複数の選択肢の中から選んで購入するほうが、予め決められているものを購入する場合よりも、対象の評価や満足度が高くなることが実証されています。ボッティとマクギルは実験を行い、地元にあるスパのマッサージ券を用意し、それをがんばって仕事をした自分へのご褒美に使う状況(快楽的消費)と体に痛みがあり医者の勧めで使う状況(実用的消費)のどちらかを想定してもらいました。
また、マッサージ券について4つの選択肢がある状況と選択肢のない状況のどちらかを想定してもらいました【註9】。分析の結果、被験者が期待する満足度は、快楽的消費の場合には選択肢のあるマッサージ券のほうが高くなりましたが、実用的消費ではマッサージ券のタイプによる違いはありませんでした。
快楽的消費は自分が楽しむために行われるので、自分が選択できるか否かの違いは、ニーズが明確な実用的消費よりも大きく感じられるのです。つまり、快楽的消費では自分で選ぶ楽しさを提供することで、さらに評価や満足度を高められるということになります。コース料理では、前菜、メイン料理、デザート、飲み物それぞれにある程度の選択肢を提供したほうがよいでしょう。パッケージツアーも同様です。また、スポーツカーなどの贅沢品では選択肢のあるオプションが用意されていると満足度が一層高くなると思われます。
以上見てきたように、快楽的消費と実用的消費はかなり異なります。快楽的消費は、消費者にとって魅力的であるにもかかわらず購買がためらわれるという特徴があるので、このためらいをうまく取り除いてあげることができれば、購入者はさらに増えると考えられます。
他方で、実用的消費では機能やコストパフォーマンスに関する情報やどうニーズを満たせるかといった情報の提供が重要となります。消費タイプを明確にし、それぞれにあったマーケティング戦略を策定すると、効果は一層高くなると思われます。
(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)
●参考文献
【註1】Hirschman,E.and M.B.Holbrook(1982),“Hedonic Consumption: Emerging Concepts, Methods and Propositions,”Journal of Marketing,46(Summer),pp.92-101.この論文によると、それまでにも動機づけや製品象徴性の研究で類似の考え方が示されてきたものの、快楽的消費では製品を主観的なシンボルとして捉え、製品の意味づけよりも感情的反応に焦点を当てているところが異なるとしています。
【註2】Strahilevitz,M.and J.G.Myers(1998),“Donations to Charity as Purchase Incentives:How Well They Work May Depend on What You Are Trying to Sell,”Journal of Consumer Research,24(March),pp.434-446.
【註3】Dhar,R.and K.Wertenbroch(2000),“Consumer Choice Between Hedonic and Utilitarian Goods,”Journal of Marketing, 37(1),pp.60-71.
【註4】Alba,J.W.and E.F.Williams(2013),“Pleasure Principles:A Review of Research on Hedonic Consumption,”Journal of Consumer Psychology,23(1),pp.2-18.
【註5】Wertenbroch,K.(1998),“Consumption Self-Control by Rationing Purchase Quantities of Virtue and Vice,”Marketing Science,17(4),pp.317-337.
【註6】Kivetz,R.and Y.Zheng(2006),“Determinants of Justification and Self-Control,”Journal of Experimental Psychology:General,135(4),pp.572-587.
【註7】Khan,U.and R.Dhar(2006),“Licensing Effect in Consumer Choice,”Journal of Marketing Research, 43(May),pp.259-266.
【註8】Okada, E. M. (2005), “Justification Effects on Consumer Choice of Hedonic and Utilitarian Goods,” Journal of Marketing Research, 42 (Februay), pp. 43-53.
【註9】Botti, S. and A. L. McGill (2011), “The Locus of Choice: Personal Causality and Satisfaction with Hedonic and Utilitarian Decisions,” Journal of Consumer Research, 37 (April), pp. 1065-1078.