昨今、公共空間を生かして経済効果を創出しようとする動きが喧しい。

 政府は成長戦略の一環として、2011年に河川敷地占用許可準則を改正。

これにより、それまで河川空間で禁止されていたオープンカフェの設置などが可能になった。それらの改正を受けて、飲食業者や観光産業従事者が続々と人の集まる河川に出店。河川空間が賑わうようになると、地元自治体もそれらを後押しするようになっている。

 こうした水辺空間を活用する動きは、河川のみならず海辺にも及んでいる。東京都は昨年、葛西臨海公園に面した葛西海浜公園に海水浴場をオープン。今年も、海開きと同時に海水浴場を開設している。

 東京都には、伊豆諸島や小笠原諸島といった島嶼部にしか海水浴場はなかった。そのため、都民が海水浴を楽しむには、神奈川県の江の島や大磯、湘南、茨城県の大洗といった海水浴場まで足を運ばなければならなかった。東京都心部から大洗までは、特急列車に乗っても1時間半。往復の所要時間を考えて、二の足を踏んでしまう人たちもいるだろう。

 もっと近くに海水浴場はないのか。そんな東京都民の思いに応えたのが、都心部に近い葛西海浜公園の海水浴場だった。
同海水浴場は東京駅から電車で約15分と立地も抜群によく、近隣には東京ディズニーリゾートもある。同地に海水浴場がオープンすれば、相当な集客が見込める。経済効果も高い。それだけに、地元経済団体からの期待も高かった。

 昭和30年代まで東京湾には海水浴場があり、それが復活したという話題性や高齢者にとって懐かしい風景が甦ったということもあって、昨年は報道陣が詰めかけた。

●水質改善活動の成果

 長らく東京湾から消えていた海水浴場が復活した理由は、近年の水質改善活動の成果だと東京都職員は力説する。

「海水浴場をオープンするには、なによりも行政が定めた水質基準をクリアしなければなりません。そのとき、基準になるのが化学的酸素要求量と呼ばれるCODの数値、ふん便性大腸菌の数、油膜の有無、透明度の4つです。特に重要なのがCODです。東京湾の水は主に荒川・江戸川から流れ込んできますが、特に荒川から流れ込んでくる生活排水が水質悪化の原因とされてきました。昭和30年代に海水浴場が閉鎖されたのも、荒川の水質悪化が原因です。

 平成に入る頃から、地元のNPO団体が「東京に海水浴場を取り戻そう」というスローガンのもと、水質浄化に取り組みました。
行政もそれを支援し、その成果がようやく実って海水浴場の再オープンに結びついたのです」

●お台場、海水浴場開設のために予算確保

 葛西海浜公園の海水浴場オープンに触発されたのが、お台場にあるお台場海浜公園だ。港区は海水浴場開設のための予算をつけ、お台場での海水浴復活を目論む。葛西とお台場は、目と鼻の先にある距離。関係者は葛西で遊泳が可能であるならば、お台場でも可能だと考えているのだ。

 行政が後押ししていることもあり、お台場でも海に入って遊ぶイベントが実施されている。しかし、先の4基準によってお台場では遊泳は禁止されている。特別に許可を受けたイベント時のみ、海に入ることができるが、それでも「水面に顔をつけない」ことが条件になっている。

「水面に顔をつけない」という条件を課されても海水浴場の開設にこだわるのは、海水浴場による集客効果、いわば人が集まることで地元に経済効果をもたらそうという思惑があるからだ。

 お台場には、ショッピングセンターなどが集積している。東京ビッグサイトも目と鼻の先だ。海水浴を楽しんだ後、食事やショッピングでお金を落としてくれれば、お台場にとって大きな経済効果を生む。そんな思惑がお台場の関係者からは透けて見える。
だから、「葛西に続け」とばかりに意気込んでいる。

●生活排水が東京湾に流れ込む

 しかし、事はそう簡単ではない。めでたく再オープンに漕ぎつけた葛西海浜公園ではあるが、いつ海水浴場が閉鎖になってもおかしくない状態にある。なぜなら、東京湾の水質は、ひとたび雨が降ればCOD濃度が一気に跳ね上がってしまうのだ。別の都庁関係者は、こう漏らす。

「都庁内でも、水質改善にはもっと時間がかかると思っている職員は多かった。これほど早く海水浴場が再オープンできたのはNPOの力が大きい。そういう意味で、NPOの水質改善への努力は素晴らしいものがあります。それでも、これ以上の水質改善は難しいのではないかというのが本音です。なぜなら、東京23区のほとんどは下水道が合流式で整備されているからです。合流式下水道は雨水と汚水を一緒に処理してしまうため、雨が大量に降ると下水道が処理できずに、そのまま河川に放流されてしまうのです。東京都は下水処理能力を向上させていますが、一瞬で大量の雨が降るようなゲリラ豪雨が頻発するようになりました。
どんなに処理能力を向上させても、限界があります」

 荒川・江戸川の水質改善の最善手は、下水道を合流式から分流式に切り替えることだ。分流式とは雨水・汚水を区別して処理する方式のため、雨が降っても雨水と汚水が混ざることがない。

 しかし、東京23区はインフラ整備を急ぐあまり、昭和30年代に安上がりな合流式で下水道を整備した。1970(昭和45)年に下水道法が改正されて、下水道はようやく分流式で建設されるようになったが、現在でも合流式で整備した下水道が広いエリアで稼働している。東京都内の下水道が分流式に切り替わるには、あと30年以上かかるともいわれる。

 さらに埼玉県や千葉県、茨城県からの生活排水も荒川・江戸川を汚染し、それが東京湾に流れ込む。いくら東京都がひとり奮起しても他県が水質改善に着手しなければ、その努力はすべて水の泡になる。

 水質改善は着実に進んでいることは事実だが、そうした事情もあって、水質改善に取り組みながらも冷ややかな目で見ている東京都の職員もいる。

 一昨年、東京都は“東京湾での海水浴”を実現するため、庁内にプロジェクトチームを立ち上げている。プロジェクトチームでは、2016年までの計画を策定し、それを目標に水質改善を進めている。今年は、その最終年にあたる。つまり、今年の結果が来年の海水浴場開設の可否を決める。


 果たして、都民が海水浴を楽しめる日はくるだろうか。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)

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