日々の暮らしで避けては通れない家事のひとつの食器洗い。
シンクにため込むとにおいの原因にもなるため、夏場はこまめに洗いたいところだが、問題は食器を洗い終わった後だ。
●ふきん1枚に兆単位の菌が生息している?
「生乾きのふきんで食器を拭くのは、水滴がついたまま食器置きに放置する『自然乾燥』よりも菌が多くつくことがあり、不衛生です」と語るのは、衛生微生物研究センターの李新一氏だ。
「細菌が繁殖するには、適度な気温と栄養、そして90%以上の湿度が必要。食器を拭いて濡れたままのふきんは、まさに菌にとって絶好の場所なのです」(李氏)
菌は「温度」「栄養」「水分」の条件がそろうと繁殖し始める。食器を拭いた後のふきんの場合、数時間後に次々と菌が分裂し始め、倍々に増えていくという。下手をすると、1枚の生乾きのふきんに「兆」を超える数の菌がうごめいている可能性もあるのだ。
「濡れたふきんをそのままにしておくと、『生乾きのにおい』がするようになりますが、あれは菌の体臭です。菌も生き物なので、餌を食べて代謝してにおいを発します。人間でも数人程度だと気がつきませんが、密集した満員電車などでは体臭がこもっていますよね。それと同じで、菌がびっしりとついたふきんは“菌臭”がするのです」(同)
特に梅雨の時期や夏は、使い終わったふきんを半日放置しただけでにおいが発生することがある。それは、この時期は、菌が最も好む温度である30度前後に達しやすく、増殖が早まるからだという。
「条件によっては、数時間で数千~数百万倍に菌が増殖します。
台拭きやバスタオルなども同じだ。これらも濡れたまま放置すると菌が増殖することがあり、数時間放置したものは取り替えたほうがいいという。
確かに、食器を拭くために毎回新しいふきんにするのは面倒だ。1回拭くごとに取り替えるのは、かなりマメなタイプの人で少数派かもしれない。しかし、その手間を面倒臭がることで、結果的に、ふきんに付着した多くの菌を食器になすりつけているという事実は覚えておいたほうがいいだろう。
●知らないうちに食中毒に感染のリスクも
一方、意外と衛生的なのが、洗った食器をそのまま食器置きに放置しておく「自然乾燥」だ。
「菌の増殖には水分が必要なため、水気がある場所で増殖しますが、分裂し始めるのは数時間後。食器はそれより早く乾いてしまい、菌の増える間がないのです」(同)
水滴のついた食器を放置するのはなんとなく不衛生な感じがするが、たとえ空気中に多くの菌が飛散していたとしても、食器に落ちてくるのは数個から数十個程度。生乾きのふきんを使うよりも、はるかに清潔なのだ。
しかも、自然乾燥と清潔なふきんで拭くのは、どちらも同程度に衛生的だという。食器置きで自然に乾かすのと毎回新しいふきんに取り替える手間をくらべた場合、どちらが現実的かはいうまでもないだろう。
ただし、いくら気を使っても、菌というのはどこにでもいるもの。
「ふきんでも、においがしないうちは使っても大丈夫だと思うかもしれませんが、目には見えていないだけで、実は食中毒菌が潜んでいる可能性もあります。生乾きのふきんから病原菌に感染・発症する確率はそれほど高くありませんが、そのリスクをわざわざ取る必要はないのです」(同)
毎日使うふきんが不衛生だと、1回の使用で病気にならなかったとしても、それを積み重ねるうちにリスクはどんどん高まっていく。菌は目に見えないからこそ、繁殖するような環境をつくるのはできるだけ避けるべきなのだ。
また、菌の姿が見えないと、人の衛生観念は意外と感覚的になりやすい。例えば、家族や自分の食器を拭いたふきんなら生乾きでも平気だが、よその家庭のふきんには抵抗がある、というのはその典型だ。しかし、実際は誰が使ったものでも、菌であることには変わりがないのである。
●食器をふきんで拭くのは日本人だけ?
それでも「食器を濡れたままにするのは抵抗がある」という人におすすめなのが、「キッチンペーパー」だ。使い捨てのキッチンペーパーには菌もほとんどついておらず、これで食器を拭けばより衛生的だ。
「食器やテーブルをふきんで拭くのは日本でよく見られる光景ですが、実は、世界的に見るとキッチンペーパーも多く使用されています。『キッチンペーパーを使い捨てるのはもったいない』と思うかもしれませんが、鼻をかんだり、紙オムツを使ったりと、違う場面では大量に使い捨てを消費しています。食器を拭く紙をもったいないと感じるのは、単なる習慣的なものかもしれませんよ」(同)
日本人の1人当たりの紙の使用量は、世界でもトップクラス。
細菌が繁殖しやすいこの季節、まずは「ふきんで拭くほうが清潔」という思い込みからくる習慣を変える必要があるようだ。
(文=松原麻依/清談社)