日本人でスマートフォン(スマホ)を持っている人なら、誰もが使ったことがあるといっても過言ではないメッセンジャーアプリ「LINE」。7月の時点で、ユーザー数は4100万人を突破したそうです。
その一方で、LINEを仕事の連絡用に使うと、かえって連絡手段、情報共有ツールとしての便利さが仇となってトラブルを誘発してしまうこともあるようです。
弁護士である筆者のもとには、従業員側からも、会社側からも、LINEを用いたパワハラに関する相談を寄せられることがあります。
そこで、職場の方とのコミュニケーションにおいて、LINEを利用するには、どういう点に気をつける必要があるのかを考えてみたいと思います。
そもそも「パワハラとは何か」を考えてみます。パワハラの概念は多義的ですが、厚生労働省は、2012年に「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」でパワハラの類型をまとめています。そのなかでは、パワハラを以下のように類型として挙げています。
(1)暴行、傷害
(2)脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言
(3)隔離、仲間外し、無視
(4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
(5)業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
(6)私的なことに過度に立ち入ること
LINEは便利なコミュニケーションツールですが、使い方を間違えると、こうしたパワハラの温床になる可能性が高まります。
●LINEがパワハラを誘発するワケ
なぜ、LINEの便利さがパワハラを誘発するようになるのでしょうか。
まず、チャット形式という手軽さが挙げられます。チャット形式は、メール形式よりもメッセージを送るハードルが低く、コミュニケーションツールとしては優れた点といえます。しかし、職場の上下関係が背景にある場合は十分に考慮しなければなりません。
また、プライベートな事柄を話題にしてしまうこともあるでしょう。度が過ぎると、「(6)私的なことに過度に立ち入ること」のパワハラになってしまいます。LINEを仕事の連絡に用いている上司はメッセージを送る際、特に配慮すべきです。
また、気軽さゆえに、文章を深く考えず思いついたことをパッとメッセージにして送ってしまいがちです。部下の人格を否定するような言葉は言語道断ですが、普段は常識を備えている人でも、思いつくままに部下へのダメだしや不満を、言葉を選ばずに少しきつい表現で送ってしまうこともあるでしょう。それは、部下によっては精神的なショックを受けます。これが継続的に繰り返されれば、「(2)脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言」のパワハラに近づいていきます。
また、次に問題になるのは「既読機能」です。
これも、メッセンジャーアプリとしてはメッセージのやり取りを促進する優れた機能です。しかし、やはり職場の上下関係を背景にすると、その「促進効果」が効きすぎて、部下へのプレッシャーとして機能します。
そもそも、パワハラ的な要素がなくても、業務時間外に、上司へ仕事関係の連絡をしなければならないという状況にすること自体が望ましくありません。既読機能は、部下を「連絡しなければ」という心理状態にする効果がありますので、望ましくない状態をつくり出してしまうことがあります。
度が過ぎて、上司が業務時間外に部下に無理なお願いを繰り返したりすると、「(4)業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制」のパワハラとなりかねません。また、職場外での時間外労働を発生させているという問題も出てくるでしょう。非常識な時間に、継続的にLINEで仕事の催促やお願いを繰り返すことは、部下にしてみれば既読機能で監視されているように感じ、精神的な負荷を受け、場合によってはパワハラになるのです。
●グループ機能もパワハラ、いじめの原因に
さらに、グループ機能も、使い方によってはパワハラの温床になり得ます。
パワハラと正当な業務上の指導の線引きは常に難しいのですが、会社が組織として仕事を進めるために、業務中に上司が、業務上の指導の範囲で部下を叱責することは必要なときもあります。しかし、特別な理由がない限り、職場のほかの従業員の面前で叱責することは避けるべきです。理由もなく部下をほかの従業員の面前で叱責し、「晒し者」にすることはパワハラの可能性が出てきます。
これと同じ構図がLINEグループでも形づくられます。グループ機能はプロジェクト等の単位でも簡単にグループがつくれ、メンバーの情報共有などに非常に便利です。
また、特定の人をグループに入れなかったり、意図的に集団で既読スルーすることも、場合によっては「(3)隔離、仲間外し、無視」のパワハラが問題になるでしょう。
●パワハラが発生した場合の対処法
では、LINEパワハラが生じてしまったら、どうすればよいでしょうか。被害者である従業員と会社サイドの立場それぞれに考えてみたいと思います。
まず、自分がLINEパワハラの被害に遭っていると思ったとき、これはLINEによるものに限りませんが、まず証拠を押さえておくことです。LINEの場合は、トーク履歴を保存しておくことが重要です。保存の方法は問いません。トーク画面をスクリーンキャプチャの機能で保存したり、画面を別のカメラで写しても大丈夫です。
パワハラをやめさせるために、パワハラをする上司に対して直接抗議するのは簡単ではないですし、話がこじれる可能性があるのでお勧めしません。第一に、所属会社にパワハラ相談窓口があれば、そこに是正の申し入れをする方法が考えられます。
また、パワハラ相談窓口が適正に機能するか不安がある場合には、事前に弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。会社の窓口に相談したにもかかわらず、その対応に不満を感じた場合にも、事後でよいので弁護士などの専門家に相談するといいでしょう。
●会社側の対処法
次に、会社側の対処方法について検討してみます。会社は、パワハラなどが起きないよう良好な職場環境を維持し、いざパワハラが起きた場合には適切に対処すべきという「職場環境配慮義務」を負っています。また、上司が部下へのパワハラ行為により損害賠償義務を負うときには、会社もその「使用者」として同じ責任を負うことがあります。これは、民法上で「使用者責任」と呼ばれています。
そもそも、会社はパワハラが起きないような環境をつくる義務があります。そこで、会社として、「LINEを業務用に使うことが望ましくない」というメッセージを発しておくこともひとつの選択肢です。会社が貸与している携帯電話であれば、規程によりLINEのインストールそのものを禁止することも可能です。
しかし、LINEには先述したようにメッセンジャーアプリとして優れた機能があります。利用の仕方次第では仕事上便利な面もあるので、全面的に禁止することに躊躇を覚える会社もあるのではないかと思います。
たとえば、上司となる社員へ研修などを通じて、LINEを業務連絡用に使う際の注意点を自覚してもらうため、ポイントをレクチャーしておくとよいでしょう。また、そのほかの社員に対しては、会社内外のパワハラ相談窓口などを周知してパワハラ防止に努めるとともに、パワハラが起こっても早期発見できるような体制にしておくべきです。
仮に、会社がLINEパワハラの申告を受けた場合には、その申告に関する情報を必要な範囲の人員で適切に管理しつつ、まずは実態の把握に努める必要があります。
被害者の話を聴き、LINEのトーク履歴も資料として提出してもらいます。加害者からも事情聴取し、必要であれば同じ職場の人などの第三者からも事情を聴きます。集めた情報を総合し、LINEパワハラが事実であると認められる場合には、その事案に即した相応の対処をしなければなりません。
適切な対応方法は、一概には言えませんが、基本的には起きたことへの対処と再発防止策が必要です。例として考えられるのは、被害者に対する加害者の法的責任を明確にさせる、加害者に謝罪を求める、被害者と加害者の職場を引き離す、加害者への懲戒処分を検討する、加害者やほかの従業員も含めた再発防止研修を実施する等です。
便利なものは普及します。職場のコミュニケーションツールとしても用いられることがあるのは、LINEが業務用としても優れていることを示しているといえます。他方で、便利さゆえに生じる弊害にも目を向けて、上司として業務用の連絡をLINEで行う人は、部下にパワハラと感じさせないように、適切な使い方を心掛けることが重要です。
(文=藤田豊大/弁護士、構成=Legal Edition)