肝臓で合成される血液中のたんぱく質の一種に、血清アルブミンというものがある。その量の水準に映し出される健康リスクは、個別の病気のリスクではなく、からだ全体を俯瞰した総合的なリスクである。

「わが身の余命の予測指標」といってもいい。

 現在、世間を跋扈する健康テーマは、ステレオタイプのメタボリックシンドローム対策である。人々の関心は病気リスクにしか向いていないが、われわれ全員がメタボ関連の疾病で命を落とすわけではない。健康指標は広範な変数で構成されており、一生を通した健康リスクの総合評価は偏りがないよう注意を払う必要がある。血清アルブミンは、なんとも奥深い血液中の栄養指標である。

 では、血清アルブミンはどれくらいの値を維持すれば健康リスクが回避できるのであろうか。

 平均年齢が71歳の元気な高齢者1020名の追跡調査データを紹介しよう。初回調査時に4.0g/dL(デシリットル)以下、4.1~4.4g/dL、4.5g/dL以上の3つのグループに分け、その後7年間の総死亡リスクを比較した結果である。

 4.0g/dL以下のグループを1.0の基準リスクにして計算すると、4.1~4.4g/dLと4.5g/dL以上のグループ各々のリスクは0.49、0.35となり、高くなるに従い総死亡リスクは大きく低下する(D市高齢者総合調査、2000-2007年より)。この数値は、男性に比較し女性のほうが死亡のリスクが低い(余命が長い)、あるいは高齢ほど死のリスクが高いなど、余命に強く影響する男女差、年齢差の影響を取り除いて算出しており、極めて明瞭な関係である。

 死亡率に換算すると、4.5g/dL以上のグループは4.0g/dL以下のグループの3分の1程度になる。70歳以上シニアのなかで血清アルブミンが4.5g/dL以上の者は約20%であるが、このグループから超長寿者が出現する確率が高い。


 このデータは死亡リスクを目的変数に据えているが、健康リスクをもう少し踏み込んで見てみよう。

●認知機能との関連性

 昨今、シニアの関心の的である認知機能はどうだろう。実は認知機能の低下と血清アルブミンはとても関係深い。65歳以上の元気シニア(平均年齢72歳)の約5700名の2年間の縦断調査の結果がある(D市高齢者健康診査2013-2014年より)。縦断調査とは同じ測定ツールを使い変化を測定し続ける老化研究特有の調査方法である。

 まず初回調査時に血清アルブミンを測定し、同時に認知機能の低下がないかをチェックし、1年後に同じアンケート項目で再チェックする。このデータは認知症という病気の発症リスクをみているのではない。加齢に伴う認知機能のわずかな低下が平均的なものか、それより大きい低下なのかのチェックである。わずかな衰えを早期にスクリーニングし、老化による認知機能の低下なのか、認知症に至るかもしれないケースなのかモニターし見極める取り組みからもたらされた、貴重なデータである。

 初回調査時の血清アルブミン値にもとづき、4.0g/dL以下、4.1~4.2g/dL、4.3g/dL、 4.4g/dL以上のグループに分け、認知機能の低下が平均的水準を逸脱した者の出現リスクを比較している。

 4.0g/dL以下、4.1~4.2g/dL、4.3g/dLのグループまでは同水準のリスクであったが、4.4g/dL以上のグループになると、約23%のリスク低下が認められた。このような関係は抑うつ傾向の出現リスクでも同じように認められる。
シニア世代の心の健康度を高く保つのにも、良好なたんぱく質栄養レベルが欠かせないことがわかる。

 この大規模なシニア集団のデータを見ると、血清アルブミン値が4.4g/dLあるいは4.5g/dL程度から総合的な健康リスクが低下することがわかる。

 似たような研究成果は、欧米諸国からも発表されている。例えばオランダのアムステルダム在住の元気シニアの研究は、筋力指標の握力低下と血清アルブミンの関係を3~6年間縦断観察しており、4.3g/dL以上でもより高いグループほど、低下リスクが抑えられることを示している。

 筆者らは日本のシニア集団で筋力指標として最大歩行速度を観察しているが、4.3g/dL以上の水準でないと低下リスクは抑えられないことを確認した。オランダのシニア集団は、日本の集団より血清アルブミンの平均値がとても高い。血清アルブミンのスケールレンジを高い方向にずらしても、より高いたんぱく質栄養レベルのシニアほどからだの虚弱化が予防できていることがわかる。

●栄養事象の重要性

 以上、紹介したこれらの研究データは、死や認知機能低下(認知症リスクも示すのかもしれない)、身体虚弱化など老化に伴う普遍的な健康リスクを取り上げている。個別の病気リスクを探索しようとした研究ではみられないたんぱく質栄養の本質を教えてくれる疫学データである。

 リスク回避下限の「血清アルブミン4.3g/dL以上」という値は、医療現場で用いられる基準に従えば相当に栄養状態が良好と評価される。そもそも臨床基準では、3.8g/dL以上あれば良いことになっている。臨床基準は深刻な負の状態を見つけ出すためのものである。
負の健康リスクを可能な限り排除するための健康づくりの手段を特定するためには、臨床基準での解釈は到底使えない。

 人生後半の健康問題を取り扱う老化研究が進むに従い、広範な健康リスクを排除するためには相当良好なたんぱく質栄養が必要なことがわかってきた。

 今月発表されたノーベル賞医学生理学賞受賞の研究テーマは、オートファジーである。オートファジーは飢餓適応の細胞内システムとも理解できる。過度の食事制限による飢餓状態(栄養失調)の長期化は、オートファジーが備え持つ細胞浄化能力を超えた負の産物の細胞内蓄積を招く。その結果さまざまな疾病の発症と悪化リスクを高め、老化も促進される。

 良好な栄養状態を保つことの大切さは、ノーベル賞受賞研究に関連する科学知見からもはっきりわかる。健康科学の中で栄養事象を決して矮小化してはならない。
(文=熊谷修/人間総合科学大学教授)

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