「アパホテル 池袋駅北口」(東京)のフロントで書籍を購入した。筆者がホテルで書籍を買うのは、初めてだ。



「客室に備えられている本で、政治に関するものを見せてください」

 そうお願いすると、従業員は緊張気味の表情で「かしこまりました」と答えて、『理論 近現代史学2【正式表記はローマ数字】 本当の日本の歴史』『誇れる祖国「日本」』『謀略に! 翻弄された近現代9【同】』の3冊を持ってきた。すべて購入する。

 15日、アパホテルの客室に南京大虐殺を否定する書籍が置いてあると中国のSNS「微博」に投稿され、インターネット上で炎上状態となったが、その書籍こそ上記『理論 近現代史学2~』(以下、同書)だ。日本語タイトルが記された表紙からめくっていくと本文が日本語で書かれており、反対側の英語タイトル『THEORETICAL MODERN HISTORY 2』と書かれた表紙側からめくっていくと、本文が英語で読めるつくりになっている。

 アパホテルに宿泊した米国の学生が同書をホテルで購入し、彼らが問題だと指摘する箇所を画面に映しながら読み上げる動画を「微博」に投稿。2日間で7700万再生を超えた。

 同書は、アパホテルグループが発刊する情報発信マガジン「Apple Town」に掲載されたエッセイをまとめたものだ。著者は藤誠志となっているが、これは元谷外志雄アパグループ代表のペンネームであることが、元谷氏著の『誇れる祖国「日本」』に記されている。
 
 動画で問題だとされた部分(英文)の、日本語版該当箇所をみてみよう。

「将来的には、五千万から六千万人の外国人旅行者が来てもおかしくないポテンシャルがあるのだ。またインド、中国、インドネシアなど、近隣に多くの人口を持つ国があり、それらの国々の所得水準が高くなってきていることも、日本にとっては好材料だ。『棘』となっているのは、歴史問題に端を発した日中、日韓の関係のもつれだろう。
しかし中国では南京で三十万人が虐殺されたとか、尖閣諸島は中国領などとこれ以上主張しても捏造であることが明からになるばかりと悟ったのか、トーンダウンしてきている」

「中国、韓国にしっかり対応していくためにも、安倍政権が長期政権となるべく、私も最大限のサポートをしていくつもりだ」

「論理的に考えればあり得ないことが、歴史として語られている。例えば南京三十万人虐殺説だ。陥落時の南京の人口は約二十万人、陥落一カ月後の人口が二十五万人というのがわかっているのに、三十万人を虐殺というのは計算が合わない。朝鮮半島で慰安婦にするために二十万人も強制連行したのであれば、それに対する抗議の記録が少なくともいくつかは残っているはずだ。しかし全く存在しない。つまり南京事件も慰安婦強制連行もなかったということだ。しかし中国も韓国も自分たちの行動を棚に上げて、これらの虚構に基づく日本への非難を繰り返す」

「しかし南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行の虚構を中・韓が主張し続けるのは自国の国益のためであり、それは国としてある意味当然の行為だ」

 自虐史観をめぐる論争の中で繰り返し語られてきた言説であり、特にオリジナリティは感じられない。

●米国、核開発の情報をソ連にリーク?

 一方で、動画で紹介されていない部分で、独自性を感じさせる記述もある。

「歴史を振り返ってみても、戦いでは兵器の数よりも質によって勝者が決まっている。先の大戦時に登場した核兵器は、戦後のアメリカ覇権の力の源だった。もしアメリカに核兵器がなかったら、ソ連が世界中を赤化してしまっていたはずだ。逆にアメリカだけが核を保有していたならば、どこかで広島、長崎に続く三発目の核兵器が使用されていたかもしれない。
アメリカの核科学者たちはそう考え、核開発の情報をソ連にリークした。その結果、僅か四年でソ連は核開発に成功、核は使われることのない兵器となり、現在に至っている」

 自家撞着を起こしているともみえる。もう少し詳しく展開してほしいところだが、この後はいきなりインカ帝国を滅ぼしたスペインのピサロの話になっている。

動画では学生が、「彼には自分の本をホテルに置いたり言いたいことを言う権利はあるが、彼の政治的思想を知らない中国人客からお金を取っているのは不誠実」「彼の思想を知った上で宿泊するかどうか決めるべき」と語っている。

 そして動画が投稿された「微博」は、「中国人はアパホテルに泊まるべきではない」というコメントで埋め尽くされた。

 動画が投稿された日の翌16日、深夜からアパホテルのサイトにアクセスできない状態が続いていた。だが、「トランプ大統領誕生を機会に憲法改正へ」というタイトルの、元谷代表と片山さつき自民党政調会長代理の対談が載っている「Apple Town」のサイトには、なんの支障もなくアクセスできた。

 中国人の爆買いの時期には、宿泊費が3万円までも跳ね上がるほど、アパは中国人に人気のホテルだ。この炎上がホテルの経営に影響を与えるのだろうか。
 
「アパホテル 池袋駅北口」のロビーでは、中国人旅行者が何事もなかったように談笑していたのは事実である。
(文=深笛義也/ライター)

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