福岡県田川市に、日本でたったひとつだけのアウトレットショップがある。
その名は「チロルチョコ アウトレットショップ」。
●チロルチョコの激安アウトレット、なぜ福岡に?
チロルチョコは、色とりどりのパッケージや種類豊富なフレーバーでおなじみの定番チョコだ。日本全国の駄菓子屋やコンビニエンスストアで手軽に入手できる。子どもはもちろん大人にも親しまれており、最近ではインターネット経由でオリジナルパッケージをつくることができるサービスなども展開されている。
そんなチロルチョコのアウトレットショップが、福岡県田川市にある。最近では、さまざまなメーカーがアウトレットやアンテナショップを直営しており、それ自体は珍しいものではない。
しかし、チロルチョコのアウトレットショップがある田川市は、福岡の市街地から車で約1時間の距離で、決して集客に有利な場所ではない。いや、それどころか、このショップの存在はメーカーであるチロルチョコ株式会社(以下、チロル社)の公式サイトにも記載されていないのだ。
チロル社は、なぜこの場所にアウトレットをつくったのか。実際に現地を訪れると、その理由はすぐに理解できた。ショップの隣には巨大な製造工場が存在していたからだ。
チロル社の前身「松尾製菓株式会社」は、1903年にこの地で菓子製造業を始めており、以来同社はこの地で製造を続けてきた。アウトレットができたのは2000年頃のことで、当初は砂利の上にプレハブ建てという簡素なものだったが、09年夏に現在の店舗に生まれ変わっている。
●開店のきっかけは「もったいない精神」
開店のきっかけについて、チロルチョコ株式会社の松尾利彦社長は以下のように語る。
「基本的には『もったいない精神』です。大量に生産していると、どうしても製品にならないものも出てきてしまう。かといって廃棄するのは忍びないし、資源的にももったいない。最後まで活用したいという思いからでした」(松尾社長)
経緯が経緯だけに特別な宣伝はしておらず、会社の公式サイトにも掲載されていないが、クチコミによって遠方からやってくるファンも少なくない。「きなこもち」味がヒットしたことに加え、ここ数年はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の普及もあって“聖地巡礼者”は年々ふくれあがっているという。
「商売としては考えていません。お客様からすればコストパフォーマンスはいいと思いますが、私たちの儲けはまったくない。小売店の方に迷惑がかからないように、ここだけで売っています」(同)
チロルチョコをつくっているのは、この工場1カ所のみということもあり、アウトレットを別の場所で展開する可能性はないという。
●ほぼ半額…8割引や変わり種のレア味も
店舗は10坪程度と商品同様にコンパクトなつくり。
店内に入ると、この日は数十個が袋詰めになった各種チロルチョコが1袋500円で売られていた。価格は、定価の半額から7~8割引の激安品まで幅広く、特別甘いものが好物ではない中年の記者でも、なんだかテンションが上がってしまう。
扱われているのは、「表面がはげている」「形が欠けている」「包装に不良がある」などの理由で流通されなかったB級品だが、もちろん、味にはまったく違いはない。
ただし、B級品はわざとつくられているわけではないため、その日に並ぶ商品の種類や数はまちまちだ。実際、記者が訪れた日は商品が少なめで「確かに、今日はいつもより少ないですね。この数だと20分で売り切れてしまうかも」(同店スタッフ)とのこと。
定番の「コーヒーヌガー」「ミルク」「ストロベリー」から、同商品が大ブレイクするきっかけとなった「きなこもち」や「抹茶もち」など、お目当てのフレーバーがあるかどうかは、行ってみてのお楽しみ。また、「たっぷりチアシード」「焼きりんごチョコ」「ウルトラレモン」など、今まで見たこともないレアな変わり種に出会える可能性もある。
●週末には開店前に行列ができることも
評判はクチコミで徐々に広がっており、週末には開店前に行列ができるほどの人気となっている。取材日は平日かつ小雨模様ということもあって行列は見られなかったが、それでも駐車場に車を停め、雨宿りしながらオープンを待つ人の姿も見受けられた。
同店スタッフによれば、客層は老若男女さまざまで、午前中は比較的時間のある中高年層が列をつくり、午後から子供や若い人たちが増える傾向にあるという。アクセスのいい場所ではないにもかかわらず、県外からの来客も多いようだ。
時折、福岡のカフェやおみやげ店を回るスイーツ女子がバスツアーで訪れることもあるが、残念ながら閉店時間まで商品が残っていることはまずなく、早いときには14時頃に売り切れてしまうこともあるそうだ。商品がなくなり次第閉店してしまうため、ツアーバスが着いた頃には売り切れで肩透かし……という光景も同店の“あるある”らしい。
遠方に住むチロルマニアには残念な話だが、だからこそ“聖地”なのだろう。福岡県田川市といえば、その昔は炭鉱で栄えたことで知られるが、21世紀はまた違った“黒いダイヤ”で注目を集めているようだ。
(文=山崎正彦/ライター)