西室泰三氏は1935年生まれの82歳。東芝の社長、会長を歴任した後、2005年に東京証券取引所の取締役会長に、13年には日本郵政の社長に就任している。
経営者、財界人として華麗な経歴を重ねてきた西室氏だが、退職後に批判が噴出し毀誉褒貶半ばというより、多くの非難を集めるという状況となってきている。
●日本郵便元副会長が実名告発
元日本郵便副会長の稲村公望氏が西室氏を批判した記事が話題となっている。「週刊現代」(講談社/5月27日号)記事『日本郵政の巨額損失は東芝から来た西室泰三元社長が悪い』で、「日本郵便元副会長稲村公望氏が実名で告発」という副題がついている。
稲村氏は、総務省時代から政策統括官として国営だった郵政事業を管轄し、日本郵政公社の常務理事に転出した人だ。一貫して郵政民営化に反対し、一時は大学に教授として転出し郵政事業から離れた。その後、民営化により株式会社日本郵便が発足した12年10月に同社副会長に就任した。14年3月には同社顧問を退任しているので、西室氏の社長時代(13年6月就任)と在任時期がかぶっている。
郵政民営化の推進役として民間から政府により招聘された西室氏と、一貫して公営化の利点を主張している稲村氏とでは、基本的な立場が正反対なので、在任中も協調的に経営に当たっていたとは思われない。
この記事が出たきっかけは、日本郵政が5月15日に17年3月期の連結最終損益が289億円の赤字(前期は4259億円の黒字)になったと発表したことだ。
赤字の主原因は、15年に6200億円で買収した豪物流子会社トール・ホールディングスにあった。ブランド価値を示す「のれん」を一括償却したことにより、約4000億円もの損失を計上したのである。それに対して稲村氏は同記事で、
「特に巨額損失の全責任を負うべき西室氏に対しては怒りを感じます」
と、糾弾している。トール社の買収は西室氏の主導で進められ、15年2月に発表された際には「電撃買収」と報じられた。
稲村氏は同記事で「西室氏の経営手腕には、ほかにも疑問に感じる部分がありました」として、生保アフラックのがん保険を全国の郵便局で独占的に販売できるようにしたことなどを挙げている。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という趣もあり、そもそも稲村氏の経営幹部としての在任期間は、トール買収発表以前ではあったものの、西室氏とかぶっていた。稲村氏は「私は最初から反対だった」としているが、副会長という枢要な役員であり経営責任がある立場にあったのだから、「殿を諌めなかった家老連」という指摘も免れないかもしれない。
●権力への強い執着
同記事で稲村氏は、2月に東芝が米原発子会社ウェスティングハウス関連で約7000億円もの巨額損失を計上した案件についても、西室氏の責任を追及している。
「いま西室氏の出身母体である東芝は巨額損失で危機的状況だが、その原因となった米原発会社ウェスチングハウス社の巨額買収に当事者としてかかわっていたのが、東芝相談役だった西室氏でした」
日本郵政と東芝のこれら2大損失について西室氏一人がすべて責任を持っているかはともかく、それぞれの買収決定について深く関与していたことは間違いないだろう。
西室氏は経営者として3つの大企業に関与してきた。東芝、東証、そして日本郵政である。
西室氏が経営してきた3社とのかかわりと、強い公職への意欲から私が感じるのは、同氏の「新しい権力の獲得への強い意欲」と「一度手にした権力への粘着質的なまでの強い執着」の2点である。
東証には財界人枠として用意された会長職に就任した。いわば「お飾り」的にいてくれればよい、という性格もあった。製造業である東芝出身の西室氏は金融、ましてや企業としては特異な証券市場運営会社などにはまったく土地勘がなかった。ところが、就任半年後の05年12月にみずほ証券がジェイコム株誤発注事件を起こし、東証側で責任を取って社長が辞任すると、自ら社長に就任してしまうのである。
さらに東証、日本郵政の社長時代を通じて、西室氏は東芝にも強い影響力を行使し続けた。相談役という立場ながら、東芝本社の38階の役員フロアに故・土光敏夫元会長が使っていた部屋に居座り続け、日本郵政という大企業の社長職にある間も東芝に週3日も出社し続けて院政を敷いてきた。
不正問題で揺れる東芝が次期社長の選定に苦慮したときに、西室氏は日本郵政社長としての定例会見で「本人が辞めると言っていたが、私が絶対に辞めないでくれと頼んだ」結果、現社長に室町正志氏(当時会長)が就任した、と語っている。つまり、自らが東芝のキング・メーカーだと広言したにほかならない。
●合わせて1兆円超の損害の発生
西室氏は所有欲の強い人なのだろう、と私は思う。
それらの重要な意思決定が十全なものとして発揮されれば、それは名経営者ということになるのだが、西室氏の場合は「自分はこう決めた、後は任せた、あるいは知らない」と解されるような対応である。その最たる例が、買収したトール社を日本郵政の下に直接つけず、子会社である日本郵便のそのまた子会社に配したことだろう(日本郵政が親会社で持ち株会社、日本郵便は子会社で事業会社)。
日本国内で津々浦々に郵便局を展開することだけを主要業務としてきた日本郵便が、突然預けられた海外法人であるオーストラリアの巨大会社を無事管理運営できるとでも西室氏は思ったのだろうか。M&A後の正念場となるPMI(Post Merger Integration:買収後統合)の見地からはとても理解できない配置である。
独断的な巨大買収はつまり、西室氏にとって自らの権力の誇示であり、所有権の再確認という要素が強かったのではないかというのが私の解釈だ。自ら決めればポンと数千億円もの買い物ができる―陶酔感も強かったのではないか。
日本郵政におけるトール、そして東芝におけるウェスティングハウスの買収、この2つの案件による2社での損害計上は1兆円を超えた。西室氏の「損害関与への突出ぶり」は特筆ものである。
年商1兆円規模の企業価値を毀損した例としては、負債総額1兆8700億円で旧そごうを倒産させた故・水島廣雄氏や、1兆円の売り上げを達成した後にダイエーを凋落させた故・中内功氏などが記憶にある。
西室氏の場合はさらに2つの異なる大企業で、大損害に至る意思決定に大きく関与した、あるいは主導した経営者だ。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)