「ビッチ(bitch)」とは本来、「メス犬」を指し、それが転じて「嫌な女」「不快な女」などを意味する女性罵倒語になったといわれている。一般的には、性に奔放で露出の多いファッションの女性といったイメージで、「尻軽女」「アバズレ」「ヤリマン」などの意味で使われることが多い。
しかし、世の中には、一見しただけではビッチと思えない「隠れビッチ」な女性も存在するという。いったい、隠れビッチとはどんな女性なのか。『“隠れビッチ”やってました。』(光文社)の著者のあらいぴろよさんは、「パッと見では、まず見抜けないのが隠れビッチです」と語る。
●隠れビッチの正体は清純派に擬態した嫌な女?
本書は、隠れビッチだったあらいさんが自分と向き合い、周囲に支えられて成長する姿を描いたコミックエッセイだ。
本書の冒頭では、あらいさんによる隠れビッチの定義や生態が詳しく紹介されている。それによれば、隠れビッチの特徴は以下の通りだ。
まず服装は、「スキのある服装」でありながら、「肌の露出面積は20%程度」。男性に対するリアクションは、「は行」が基本で、「ハイ(礼儀正しさ)」「ひーっ☆(茶目っけ)」「ふふ……っ(ミステリアス)」などと返し、ほめるときは「さすが~」「しっかりしてるね」「すてきだね!」などと「さ行」でほめる。さらに、微笑みかける際は「歯を見せないように微笑む」のだという。
そして、最大の特徴といえるのが「ヤらせな~い!」ことだ。ビッチを名乗りながらも、隠れビッチは必ずしも性に奔放な女性ではないという。
「私は、自分の『クズさ』を隠すために、本来の自分とは正反対の清純派に擬態していました。もともと『本当の自分』が好きではなかったので、隠れビッチとして自分以外になりきるほうが安心できたんです。デート中は、自分自身に『私は堀北真希!』と暗示をかけて臨んでいました」(あらいさん)
つまり、隠れビッチとは、あらいさんの言葉を借りると、一見「清純派」のように「擬態」した「嫌な女」ということになるだろう。
●目的はチヤホヤされること、告白は最大のご褒美
この隠れビッチがデートのときに身を包むのが、下のイラストのような清純派ファッションだ。こうやって清純派になりきり、とにかく「笑顔、気配り上手、(本心でなくとも)よしよしする」といった手法でデート相手の男性の自尊心をくすぐるのが隠れビッチの基本だという。
あらいさんは、20歳から23歳までの3年間、隠れビッチとして朝から晩までデートを繰り返す過密スケジュールの日々を送っていたそうだ。
そこまでした最大の目的は「チヤホヤされること」。相手との関係性を深めるのではなく、自分がチヤホヤされたかっただけなので、交際に発展させずに相手をフるまでが基本的な流れとなる。この簡単に体を許さない手法が効果を発揮し、多くの男性と「恋愛関係の一歩手前」という関係を持つことができたという。
「男性からの告白は、私にとって最大のご褒美でした。
真剣に交際している男女なら、相手のことを思い、ときには厳しいことを言ったりケンカしたりする。一方、隠れビッチは相手の男性のことを真剣に考えているわけではないので、心地いいことしか言わない。しかし、ほめられて舞い上がった男性がその気になると、途端にフラレてしまうのだ。
あらいさんは、「そんなことをする意味がわからない、という女性もたくさんいると思います。でも、当時の私はそれ以外の自分の満たし方を知らなくて、すごく視野が狭かった」と振り返る。
●隠れビッチの壮絶なトラウマ…父親からのDV
物事には必ず原因と結果があるが、隠れビッチになる女性も、それぞれにさまざまな事情を抱えている。
あらいさんの場合、父親による母親へのDV(ドメスティックバイオレンス)や“機能不全家族”であった過去が、隠れビッチになったことと深く関係しているという。それは、一言で言うと、「自分は愛されていない」というトラウマだ。だから、清純派に擬態して男性にチヤホヤにされることで、自分の心を満たそうとしていた。
しかし、本書のタイトルが過去形になっていることでもわかるように、あらいさんは隠れビッチをもう「卒業」している。隠れビッチ卒業のひとつのきっかけとなったのが、現在の夫である「三沢さん」との職場での出会いだったと語る。
あらいさんは、職場で隠れビッチ活動を行わないことを自分ルールとし、夫にも同僚の1人や友人として接していた。いわば「素」の自分をさらけだしていたのだが、それだけに、あるとき夫から告白されて衝撃を受けたという。
「私のクズな面を知った上で、好きになってくれたんです。ただ、今まで自分をさらけ出して男性と付き合ったことがなかったので、ありのままの自分を受け止めてもらえたことがうれしくて、加減がわからず理不尽なことでキレたり、自信がなくて何度も『愛してる?』と聞いたりしちゃったんです。そうしたら、『今の君と一緒にいると嫌いになっちゃう』と言われ、一度別れそうになりました。
そこで、ゲイの友人に相談すると、『あんたって、本当にコンプレックスの塊よね。あんた自身を肯定させるために三沢さんを利用しているだけでしょ』と、指摘されたんです。そのとき、自分の中にある『愛されたい』というコンプレックスに気がついたんですよね」(同)
夫に自分のコンプレックスと向き合う決意を告げ、破局の危機を脱したあらいさんは、めでたく結婚。しかし、コンプレックスを克服するのは容易なことではなかった。次に待ち構えていたのは、彼女が隠れビッチになった原因でもあるトラウマとの対峙だったという。
●「自分自身を肯定する」ことで隠れビッチを卒業
親から虐待されて育つと自分も同じことをしてしまう「虐待の連鎖」を恐れていたあらいさんは、当初子どもを持つつもりはなかったという。
しかし、コンプレックスと向き合う覚悟を決めていたので、「私さえ強くなれれば虐待の連鎖は断ち切れる」と出産を決意。とはいえ、彼女にとって「親になる」のは、やはり大変なことだったようだ。
「絶対に父のようにはなりたくなくて、『いい親にならなきゃいけない』『赤ちゃんは大切にしなきゃいけない』と思っていたのに、全然うまくいかなかったんです。しかも、理想とする自分と現実のギャップに辟易していたときに、父のがんが発覚しました。父の余命というタイムリミットができたために、急いで答えを出さなくてはならなくなったんです」(同)
1人では自分を変えられないと考えたあらいさんは、自分なりの答えを出すために、いろいろな人に話を聞き、本を読むなど、視野を広げるように努めたという。
「私が見つけ出した答えは、『自分を肯定すること』でした。私自身が私を愛することでしか『愛されたい』というコンプレックスを満たすことはできない、とわかったんです。そこで、親としてダメな部分や愛されずに育って歪んでしまった感情も、自分の『伸びしろ』として認めることにしたんです」(同)
サラッと話すが、「愛されていない」というトラウマを持つ人が「自分を肯定する」のはかなり困難なことだったはず。あらいさんは「周囲の支えのおかげです。とても心強く励みになった」と語る。
「特に、夫には迷惑をかけましたね。
隠れビッチとは、なんらかのコンプレックスを持つ女性が成長する過程の姿でもあるのかもしれない。
(文=真島加代/清談社)