6月、豊田真由子衆院議員の秘書への暴言音声が公にされ世間を驚かせたが、ここ数年、職場における上司から部下へのパワーハラスメントが社会的に問題視されるなか、一向に減る気配はない。実際に上司からのパワハラ行為に日々悩んでいるというビジネスパーソンは多いが、なぜ人は平気で他人の“心を壊す”行為をしてしまうのか。

そして、そうした行為をなくすために、会社はどのような対応をすべきなのか。

 4月に出版された『決定版 面白いほどよくわかる! 他人の心理学 オールカラー』(西東社)の著者で目白大学名誉教授の渋谷昌三氏に聞いた。

――厚生労働省が2016年に実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によれば、パワハラの件数は4年前の前回調査に比べて増えています。パワハラそのものが増えたのか、パワハラという概念が浸透したために訴える件数が増えたのか。増加の要因は何でしょうか。

渋谷昌三氏(以下、渋谷) 両方があると思います。とくに、訴えやすい制度ができたことが大きいのではないでしょうか。大学内にも、職員や学生がさまざまなハラスメント被害を相談できる窓口が開設されています。ただ、ちょっとした行為でも訴えられてしまうこともあるため、ターゲットにされてしまうと大変です。

――パワハラ扱いされることを警戒するあまり、上司が部下を注意しにくくなっている弊害もありますね。

渋谷 注意すべき時に萎縮してしまって注意できないという問題は、我々教員にも当てはまります。たとえば大学では、授業中に学生がおしゃべりをしていても、注意できない教員がいますが、それは学生から何か言われたら困ってしまうからです。
僕は「情報交換のために10秒間なら、しゃべってもいい」と言っています。もしかしたら、小学校の先生も生徒のおしゃべりを注意していない可能性があります。これは根の深い問題ですね。

――最近では豊田真由子議員の暴言問題がありますが、そもそも何が原因でパワハラをするのでしょうか。

渋谷 一般論として、「これを言ったらハラスメントになる」という理解が不足しています。言われた側の気持ちを把握できていないのです。議員と秘書の関係でも、乱暴なことを議員に言われたら秘書はどういう気持ちになるだろうかと。共感性に欠けている人が多いのかなと思います。学歴は優秀でも、共感性が育っていないのです。これは教育ではできません。

――すると、幼少期の家庭環境などに影響されるのですか。

渋谷 家庭環境とは関係があると思います。
「これなら言っても平気」「これは言ってはいけない」という線引きができないのです。

――取材先の社長の中には、資料の不備などを理由に、記者の前で秘書や広報担当者を怒鳴りつける人が少なからずいます。私もたくさん見てきました。たんに短気なのか、それとも権威を見せつけようというパフォーマンスなのでしょうか。

渋谷 やってはいけない行為であることがわかっていないのです。そういう社長は、お客さんの前で部下を怒鳴りつければ、部下の人格が傷つくことをわかっていません。パフォーマンスではないでしょう。部下を怒鳴りつけることをなんとも思っていないのです。嘘をつくことと同じで、なんとも思っていなければいくらでも嘘をつけるように、なんとも思っていなければいくらでも部下を怒鳴りつけることができます。ハラスメント防止のマニュアルをつくって研修をしても、共感性の欠けた人に対しては、あまり効果を期待できないでしょう。

――詐欺師が平気で嘘をつけるのも、同様の心理からでしょうか。

渋谷 詐欺師は「これが真実だ」と思い込んでいることが多いのです。
たとえは適切ではありませんが、セールスパーソンが「この商品は良い」と思い込んだほうが、商品が売れることに似ています。商品について嘘をついていないにしても、思い込んだほうが説得力を発揮します。本来なら、聞いているほうが疑問を持てるようなコミュニケーションを取るべきなのですが。

●センシビリティートレーニング

――職場内でのハラスメント対策には、どんな方法が有効なのでしょう?

渋谷 管理職に就いてから教育をするのではなく、若い時から「何を言ったらいけないのか」などを教育する必要があります。センシビリティートレーニングなど感受性訓練を行うことが有効でしょう。本当は子どもの時から行ってほしいと思います。

――他人への攻撃性とは違うでしょうが、著書に書いてある「いつも自分を大きく見せたがる」傾向の人も目につきますね。セルフブランディングという概念の普及が後押ししているのかもしれませんが。

渋谷 それはセルフプレゼンテーションという行為ですが、もともと日本人は苦手です。本来、コミュニケーションスキルとして必要です。ただ、自分の話をするだけではなく、相手の話も聞いてディベートをするスキルも、セルフプレゼンテーションには必要です。場面による使い分けが大切です。


――「いつも自分を大きく見せたがる人」には、そのうち自分はひとかどの人物であると思い込んでしまう傾向がありますね。

渋谷 それを心理学では自己成就予言といいます。自分ができると思い込んだり、周囲からできると言われることで、自然に身についていくという良い意味で使われる概念です。会社の社長の場合、就任したての頃はパッとしなくても、自分にはこれができると思ったり、周囲から期待されて意識的に振舞っているうちに、発言や振舞い方に重みが出てくることがあります。

 自分は良いものを持っていると思っている人と、自分はダメだと思っている人とでは行動が変わってしまうのです。役割行動といいますが、本当にその役割に沿った行動をしていると、役割に合ったパーソナリティーが身についていくのです。

――自己成就予言については「なりたい自分になる」というようなテーマで、山のように書籍が出版され、研修やセミナーもたくさん開かれています。実際、効果はあるのですか。

渋谷 その点については、だいぶ前から問題が指摘されています。たとえば職場の1人が研修に行って、成果を身につけて職場に戻っても、周りの人たちが変わっていないので職場では効果が出ないのです。職場で不適応を起こしてしまうこともあります。グループダイナミクスといいますが、集団全体が変わらないと研修の意味はありません。
このことが誤解されています。

――ポジティブシンキングに関するセミナーなどを受けても、1~2週間たつと元に戻ってしまい、成果が持続しないことも多いのではないでしょうか。

渋谷 研修にはトレーナーがいますからね。職場では上司などがトレーナーにならないと元に戻ってしまうでしょう。それに研修では一般的なテーマを取り上げますが、職場では解決すべきテーマがどんどん変わっていきます。筋トレと同じように、衰えないように社内で定期的に勉強会を開くなどして、フォローアップを行う必要があります。

●ハロー効果

――ところで、ビジネス界では政治家、芸能人、スポーツ選手などの有名人を広告塔に使うことが昔から行われています。怪しげな商法でないのに有名人を使う例もありますが、有名人を使うことで、かえって胡散臭いという疑念を持たれることはないのでしょうか。

渋谷 有名人の起用はハロー効果を狙っているのです。消費者が自分で意思決定できないことについて、有名人が信頼のおける人として「ハロー」の役割を担っているわけです。これは、自分で判断できないことについて多くの人が肯定した意見に従うというソーシャルリアリティ(社会的真実性)にも似た心理です。

――なぜ人は、有名人に信用があると思ってしまうのでしょうか。


渋谷 アメリカで行われたハロー効果の研究で、美人は人間性も優れているとか、有名人は能力が高く人格者であるという説があるのです。これはものすごい偏見ですが、有名人の起用については、栄光浴という有名人の栄光に浴したい心理がベースになっています。一方、有名人といっしょに撮った写真を「どうだ!」と人に見せるのは、ハロー効果を狙った行為です。

 こうした行為は、多かれ少なかれ誰もがやっています。TPOをわきまえて、しかも悪用しなければよいのです。

――本日はありがとうございました。
(文=編集部)

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