巨大企業の暗部を描き続けた作家、清水一行に『秘密な事情』(集英社文庫)という問題作があった。国内最大手の電気機器メーカーの広報マンが、自社のブランドイメージを堅持するために日々奔走する姿が、実話に基づいたエピソードを交えて生々しく綴られている。
小説の中で広報マンが特に対応に苦労をするのは、同族企業の枷である。カリスマでなければならない創業者や一族の醜聞や不祥事を隠蔽するために、主人公はありとあらゆる工作を尽くす。しかし、労苦は報われずに左遷され、消耗、疲弊していく。作品が発表されてから20余年が過ぎたものの、組織への殉死に等しい過労死や、相変わらずのブラック企業の跳梁を見る限り、勤労者を取り巻く環境にあまり変化はないのかもしれない。
食品業界のガリバー企業のひとつ、山崎製パンは好感度、ブランド力の高い企業として、広く知られている。おそらく同社の製品を口にしたことがない人は、稀であろう。スーパー、量販店、コンビニ、いずれを訪れても、同社製品の市場占有率の高さは実感できる。食の必需品を扱うトップメーカーに相応しく業績も高位安定を続け、事業の先行きのリスクも、主食としてのパンの定着からも極めて低いといえるだろう。
●山崎製パンの「強気」
だが、世間一般からは優良企業そのものに見える同社にも課題はある。
山崎製パンにおいて、中堅のコンビニエンスストアチェーン、デイリーヤマザキが大半を占める流通事業は、セグメント情報が記載された2013年度以降、4期連続で赤字決算が続いている。この間、主力の食品事業は増収増益を続けているのだから、不採算事業と見なしても差し支えあるまい。
会社側はどうとらえているのか。
「メーカーとしてお客様のニーズに、より合ったものを提供していく必要がある。最も近いところで需要をキャッチできるのが、小売部門であると認識している」
「(流通事業の業績が好転しないのは)確かに環境が厳しいことはある。しかし赤字は縮小しており、V字回復とはいえないが業績は改善基調にある」
「(撤収、縮小などは)ない。当社の小売部門は、お客様の声をうかがい、嗜好を先行して把握する大切な、代えがたい機能を果たしていると認識しており、商品開発にも生かされている」
その意気やよし、と記したいところだが、コンビニ業界が大手3社の主導による、再編、淘汰の時期を迎えていることも確かだ。
「スケールメリットがモノをいうだけに、大手3社と特定地域で圧倒的に強いセイコーマート以外は、生き残りは難しいのでは」(証券アナリスト)
●流通事業の立ち位置
さらに視点を転じると、流通事業の特殊な立ち位置も見えてくる。
現在、流通事業を統括しているのは飯島幹夫専務であり、飯島延浩社長の長男にあたる。周知の通り、同社は資本、経営いずれも創業者一族が実質的に掌握している同族企業である。飯島専務が後継社長になるのは既定路線とみられている。
ただ、たとえ同族であっても、食品業種を代表する巨大企業で広範な株主を抱える上場企業でもある。そのトップへの昇進、就任になると、高い実績や成果が望まれるところだ。ましてや現在の飯島延浩社長は堅実無比の経営で、同社を売上高1兆円企業に育て上げた中興の祖として評価は高い。
今年5月、山崎製パンは傘下のデイリーヤマザキによる下請け業者に対する支払いの不当減額によって、公正取引委員会から再発防止の勧告を受けた。災害時の積極的な救援活動などで社会貢献的なイメージの強い企業らしからぬ、なんともいじましい不祥事となった。
(文=島野清志/評論家)
●有力コンビニチェーンの国内店舗数と前期営業利益(▲は赤字)
セブンイレブン・ジャパン(1万9588店・2434億円)、ユニー・ファミリーマート(1万7964店・560億円)、ローソン(1万3111店・737億円)、ミニストップ(2250店・12億円)、山崎製パン流通事業(デイリーヤマザキ1571店・▲8億円)