秋に5年に一度の中国共産党全国代表大会を控える中国の習近平国家主席が、権力集中と言論弾圧を強化している。

 6月に「インターネット安全法」で情報統制を進めると、7月には「ポスト習近平」の1人と見られていた重慶市党委員会書記の孫政才氏を「重大な規律違反」で逮捕した。

また、8月1日の人民解放軍創設90周年を前に行われた閲兵式では、習主席は1万2000人の兵士たちに「永遠に従い、党と共に歩み、党の指示によって戦うのだ」と呼びかけて軍の掌握をアピールした。

 そんな中国共産党の実態を暴いたことで反響を呼んでいるのが、『マンガで読む嘘つき中国共産党』(新潮社)だ。著者で「中国亡命漫画家」の辣椒(ラージャオ)氏は、インターネット上で政治風刺マンガを発表。中国政府から迫害を受けたことで、2014年から日本に滞在、現在は活動の場をアメリカに移している。

 現在、中国国内では辣椒氏のマンガを見ることはできないが、中国共産党の規制をかいくぐった読者からは厚い支持を得ている。辣椒氏は、現在の中国をどのように見ているのか。話を聞いた。

●習近平を激怒させた風刺とは…帰国なら終身刑か

――辣椒さんのマンガは、「中国共産党や習近平を激怒させた」といわれています。いったい、どのようなマンガを描いたのでしょうか。

辣椒氏(以下、辣椒) 主に中国共産党を風刺するマンガです。現在は習近平がトップなので彼が主役のマンガが多いのですが、中国の伝統文化の風刺、中日関係や外国との国際問題など政治について描くこともあります。

 日本では安倍晋三首相の風刺マンガを描いても問題ありませんが、中国で習近平を風刺することは許されません。
日本と中国の違いは、風刺マンガの存在にも表れているのです。

 特に問題視されたのは、習近平を風刺した1コママンガでした。私の風刺マンガをツイッターでリツートした人は、それだけで10日間も中国当局に拘留されました。描いた私は、中国に帰れば終身刑になるかもしれません。そのため、帰国することはできないでしょう。

――具体的に、中国当局からはどのような迫害を受けたのでしょうか。

辣椒 私は中国のミニブログ「新浪微博(シナウェイボー)」で風刺マンガを発表していたのですが、そのユーザーIDが200回以上も削除されました。インターネットショップ「淘宝(タオバオ)」の店舗も閉鎖され、「支付宝(アリペイ/中国のオンライン決済サービス)」の口座も凍結されました。

 さらに、中国を離れる14年までに何度も国家安全局の警察に呼び出されて尋問され、取り調べを受けました。そのうち1回は丸1日拘束されましたが、拷問は受けていません。

 また、私の家族や友人も巻き込まれました。兄は警察に私の状況について聞かれ、妻の中学時代の先生が警察に質問されたこともあります。
昨年、友人が私に会いに日本に来ようとしたことがあります。私たちはチャットアプリ「微信(ウィーチャット)」で連絡を取り合っていましたが、やがて友人は中国共産党の公安部門に監視され始め、その監視と尾行は2カ月も続きました。

 友人のネット上の言論がチェックされ、本人および家族についての資料も集められ、会社にまで公安の人間が来たそうです。結局、私に会うために日本に来ることは許可されず、航空券やホテルの予約はすべてキャンセルさせられました。

●中国で「パンダとお茶を飲む」は恐ろしい体験?

――本書で初めて知りましたが、中国では警察から取り調べを受けることを隠語で「お茶を飲む」というそうですね。

辣椒 はい。私は何度もお茶を飲まされました。中国共産党は何よりも国内の安定に力を入れており、民主化の萌芽が生まれることをよしとしません。中国には大量の政治警察が存在しており、安定のために取り締まりを強化しています。ちなみに、この政治警察は隠語で「熊猫(パンダ)」と呼ばれます。私は、パンダと飲みきれないほどお茶を飲みました。

――中国では、かねて「グレートファイアウォール」と呼ばれるネットの検閲システムがあります。
6月からは「インターネット安全法」が施行されました。情報統制や言論弾圧の実態について、どのように感じていますか。

辣椒 「グレートファイアウォール」について説明します。中国から外国のサイトを閲覧するには一定の制限があり、完全に見られないものもあります。まさに、一種の検閲システムですね。自由や情報を渇望する中国人にとって、この壁を越えることは重要で、ひそかに多くの“壁超えツール”が使われています。

 中国では、フェイスブック、ユーチューブ、ツイッターなどは見ることも書き込むこともできませんが、“壁超えツール”のおかげで自由な情報に接することができました。

 しかし、それも終わりを告げました。“壁超えツール”を開発する個人や企業が次々と政治警察に呼び出され、自由な情報が完全に遮断されてしまったのです。そして、「インターネット安全法」によって政府による個人情報の管理はより徹底されました。非常に息苦しい社会になったというべきでしょう。

――自由な情報がなければ、科学技術などの発展もないのではないでしょうか。


辣椒 中国共産党からすれば、中国および中国共産党の地位の安定が何よりも勝るのです。そのためなら、情報の自由が犠牲になってもいいと考えているのでしょう。中国共産党は、ネット上で党批判が広がることを何よりも恐れています。

●中国、包丁や圧力鍋を買うのも登録制?

――私は、中国の世論を調べるときには必ず「微博(ウェイボー/中国版ツイッター)」で検索していました。微博についても規制が進んでいるのでしょうか。

辣椒 微博は、ツイッターよりもサービスが豊富です。しかし、中国共産党のネット監視管理部門の厳密な抑制、管理、監視によって、影響力のあるユーザーは大量に削除されました。09~12年あたりには、自由な言論と討論の空間として人気があったのですが、今や管理された情報空間になってしまいました。

――本書を読んで驚いたのですが、毎年3月に開かれる全国人民代表大会(日本の国会に相当)の際には、包丁を1本買うのにも身分証明書の提示が必要になったり鳩を飛ばすことが禁止されたりするなど、異様な厳戒態勢になるそうですね。

辣椒 それらは新聞やネットで報じられたニュースです。現在、包丁の規制については局部地区でさらに厳しくなっています。友人が新疆ウイグル自治区に旅行に行ったとき、ウイグル族の家庭では包丁が鎖で施錠されていたそうです。


 最新の情報によると、中国の一部のスーパーマーケットでは、刃物だけでなく圧力鍋や電気圧力鍋を購入する際も身分証明書を提示する必要があるそうです。圧力鍋は爆弾装置として使われる可能性があるからではないでしょうか。おそらく、中国共産党はテロを恐れているのです。

●中国が反日教育に力を入れるワケ

――日本人が気になるのは日中関係ですが、中国ではいまだに反日的な教育が行われているそうですね。日本人を「日本鬼子」という蔑称で呼ぶ反日教育は幼稚園から行われ、抗日をテーマにした絵画コンクールもあることが本書で伝えられています。これを続けていれば、中国人の反日感情はいつまでたっても収まらないのではないでしょうか。

辣椒 日本が古い封建社会を打破して新しい近代国家の道を歩むことになった「明治維新」を迎えた一方で、中国は近代化が遅れました。それは、清朝晩期からずっと排外的な民族主義があったからです。同時期の日本社会は、そのような要素が少なかったため、西洋文明の到来を迎え入れることができたのではないでしょうか。

 東京・両国の「江戸東京博物館」に行ったときに、「文明開化」という単語がとても強く印象に残りました。日本は西洋文明の「侵入」を心から受け止めて素直に勉強したのではないでしょうか。日本が先の大戦からスムーズに復興することができたのも、そうした精神があるからだと思います。


 しかし、中国共産党は民衆を洗脳するような教育を行い、生活に苦しむ農民を集めて外国人やキリスト教信者を襲った「義和団事件」を美化する運動をするなど、西洋文明を排外する動きを続けました。

 独裁国家は、常に外部に敵をつくって内部を団結させ、民衆の不満を外部に移管させます。今、北朝鮮が反米運動を展開して国内の不満をアメリカに移していますが、中国も同様です。1949年の建国後、最初はアメリカ帝国主義を仇敵とし、次に旧ソビエト連邦に反目して「ソ連こそ敵である」と宣伝しました。

 その後、天安門事件などもあり、反日教育に力を入れて、学校の教科書だけではなくニュースなどでも日本を恨むように煽りました。そういった環境下ですから、中国人は簡単に信じてしまいます。中国共産党が必要とするならば、中国人は「今日は反日」「明日は反韓」「あさっては反米」……それからフィリピン、インド、ベトナムと、外国への恨みや憎しみの連鎖を永遠に続けていくでしょう。

 それは、中国共産党が党の安定を維持するための手段でもあります。そうした構造や感覚は、おそらく中国に長年暮らしていないとわからないと思います。

――ありがとうございました。

 後編では、中国で人気の「抗日ドラマ」や中国共産党の「3つの自信」と「7つの禁句」などについて、さらに辣椒氏の話をお伝えする。
(構成=長井雄一朗/ライター)

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