宅配業界がパンク寸前で、ドライバーの過労・疲弊が注目されている。そんななか、ドライバーの業務過多の原因について、さまざまに取りざたされている。

取扱荷物の増加によるオーバーフロー、慢性的な人手不足、社員を社員として適正に扱わない会社、働き方問題……。どれもが大きな要因ではあるが、疲弊の本当の原因は目に見えない部分であり、「おもてなし」という言葉に対しての過度な反応にある。

 2013年のIOC(国際オリンピック委員会)総会における、20年の夏季オリンピック招致プレゼンテーションで使われた「おもてなし」という言葉が流行し、世間のあちこちで飛び交い、同年のユーキャン新語・流行語大賞にもなった。

 だが、そもそも「おもてなし」とはどういった意味なのか。「持て成し」とは、最高の敬意で迎え入れ、最高の感謝で応える――。二者の間を最高のかたちで取り持つことである。しかし、このバランスが崩れると、もはや「おもてなし」ではなく「過剰なサービス」となる。

 また、「おもてなし」を提供する側と提供される側の立場が変わるだけで、個人の物事に対する考え方や価値観によって、「おもてなし」の範囲も変わってくる。

 現代は、提供する側が過敏に反応しているのかもしれない。「どこまでやればいいのか」という限度がわからなくなり、現場の混乱を招いている感がある。たとえば、小さい子供に敬語を使い「お客様、お待たせしました」と頭を下げるファストフードの店員、患者に向かって「お客様、会計はこちらです」と呼びかける病院事務員が当たり前のようになっている。

 このような姿を見ると、世の中どこかで狂い始めていると感じる。


●宅配ドライバーのお客様への「おもてなし」

 昔は、個人がモノを送るには郵便局に荷物を持っていく必要があり、わざわざ郵便局員が自宅に荷物を取りに来ることなどなかった。そこにヤマト運輸が目を付け、集荷サービスが始まった。

 企業戦略の一面もあるが、自宅から荷物を送りたいという利用者に対しての「おもてなし」があり、利用者とヤマト運輸の両方に感動があった。そこからヤマト運輸は、世間の利用者に向けてさまざまな「おもてなし」を考え出した。日付・時間帯指定、クール宅急便、ゴルフ・スキー・空港往復便、タイムサービスなどサービスは拡大した。しかし、当初の感動もいつしか薄れ、当たり前のものとなっていった。そうなると、利用者は新たな感動を求め、それが次第にエスカレートする。その結果、パンク状態となった。

 利用者のなかには、封もしないで荷物を出そうとする人、お皿やグラスをまったく梱包せず箱に放り込み荷物を出そうとする人がいる。そのような人たちは、悪びれる様子もなく、済まなそうな顔もせず、当たり前な顔をしてドライバーに荷物を渡す。もちろん、運賃には梱包料など含まれていない。つまり、「おもてなし」を強要しているのだ。
ドライバーは、仕方なく自ら梱包し、発送する。このようなことがドライバーの配達時間を圧迫し、疲労の増幅と労働時間超過につながる。

 荷物もただ日付通り、時間通りに届けても満足してもらえない。チャイムの鳴らし方から、声の掛け方、荷物の渡し方まで注文が入る。随分前にクロネコヤマトのテレビCMに「一歩前へ」とあったように、常に一歩前へ進んだサービスが求められている。

 今や「おもてなし」はあって当たり前となった。そして、「おもてなし」=クレーム回避のための対応となりつつある。お客に向けての心を込めたサービスから、お客の顔色を窺う形式がかったものへと変わってきている。「おもてなし」は、お客の「わがまま」に拍車をかけている。

 東日本大震災の翌日、信じられないクレームが入った。「荷物が届かない。その荷物を待っているので、今すぐ届けてほしい」という内容だ。
耳を疑った。もちろん、その日は営業所に荷物など1個も入ってこない。事情を説明して納得してもらえたらしいが、ドライバーにはやるせない気持ちが残ったという。だが、「そんな時だからこそ、届けることができたら感動は起こる。これが『おもてなし』なのかもしれない」と本気で思っていたドライバーもいたのも事実だ。

●宅配ドライバーの会社、上司への「おもてなし」

 ドライバーは、現場を管轄する支店長の評価で成績が決まる。会社も支店長に一任している。したがって、ドライバーにとって支店長の指示は“絶対”だ。上から支店長に無理難題の命令があれば、ドライバーたちにも無理難題の命令が降りかかる。

 だが、現状の人員や体制では、会社にとって満足な成果は得られない。では、どうしたらいいか。しかも、36協定違反(法定労働時間超過)をしないためにはどうすべきか――。


 その答えは限られてくる。必然的にドライバーはサービス残業を余儀なくされる。ドライバーが自らを欺く行為が、会社に向けての「おもてなし」となっている。会社は見て見ぬふりをする。もちろん、そこには感動や満足はない。そのドライバーの「おもてなし」に甘んじる会社の姿勢が、取り返しのつかない労働環境の悪化を招いた。

●宅配ドライバーの仲間、家族、そして自分への「おもてなし」

 こんな厳しい状況だからこそ、ドライバー同士の結束は強い。労働時間は営業所によるが、ドライバーのサービス残業の時間は、だいたい均等である。早く配達が終わったドライバーが、まだ終わっていないドライバーを手伝う。そのほかの面でも助け合い、無意識のうちにお互いが「おもてなし」をしている。

 せっかくの休みにも、疲労した体に鞭を打ち、家族サービスに精を出す。「家族の笑顔を見ると、疲れも、会社に対するインチキな『おもてなし』のモヤモヤも吹き飛ぶ」と、あるドライバーは言う。
ドライバーたちは、自分に対する「おもてなし」を蔑ろにしている。つまり、宅配業界の「おもてなし」は、ドライバーの自己犠牲に支えられているのだ。

 だが、社会のすべての人にも、ドライバー自身にも、このことだけは早く気付いてほしい。自分の感情を偽ることが、いかに大きなストレスになるかを――。

 お客は「買ってやっている」「使ってやっている」と錯覚している。その商品を手に入れたお陰で、そのサービスを受けたお陰で、どれだけ恩恵を受けているかもわからずに。責任は、企業側や店舗側にもある。価格競争が終焉を迎え、今やサービス競争へと移ってきた。つまり、商品そのものよりも、付加価値で勝負する時代だ。持ちつ持たれつの精神が破たんしているのだ。

 声を大にして言いたい。「お客であるあなた自身も、労働者であることを忘れてはならない」と。

(文=二階堂運人/物流ライター)

●二階堂運人(にかいどう かずと)・物流ライター
建設業・広告業・不動産業を経た後、最大手宅配便会社に勤務。宅配ドライバーとして集配に携わり、14年の勤務を経て退職。宅配業界で得たネットワークをもとに宅配業界の現状、未来を現場の視点から発信し続ける。現在、モノから人に運ぶ対象を替え、タクシードライバーとして世間のつぶやきを収集中。運輸、物流の底からの視点で世の中の動向などを伝えている。

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