ラスベガスで、男がホテルの32階から屋外コンサート会場に向けて銃を乱射し、59人が死亡した事件は、アメリカ史上最悪の銃乱射事件となった。この事件を起こした64歳のスティーブン・パドック容疑者は、警察が突入する際に自殺したとみられている。

したがって、彼は「拡大自殺」を図ったと考えられる。

 拡大自殺とは、自殺志願者が誰かを道連れに無理心中を図ることであり、不特定多数の人々を巻き込むと、今回の事件のように無差別大量殺人になる。現在世界中で頻発している自爆テロも、拡大自殺とみなすべきだろう。テロリストの多くは、現状に絶望し、強い自殺願望と復讐願望を抱いているからだ。

●「津山三十人殺し」

 拡大自殺と考えられる事件は、わが国でも起こっている。その典型が、横溝正史の『八つ墓村』のモデルになった「津山三十人殺し」の都井睦雄である。都井は犯行後自殺しており、姉に宛てた遺書に「不治と思われる結核を病み大きな恥辱を受けて、加うるに近隣の冷酷圧迫に泣き遂に生きて行く希望を失ってしまいました」と書き記している。

 生き残った村の者たちは、彼の肺病は自分で思い込んでいたほどひどくはなく、そのために格別彼を避けたり差別したりしたことはなかったと証言している。したがって、当時の岡山地方裁判所塩田末平検事が指摘しているように、「自己の肺患並びに周囲の圧迫を実相以上に重く感じ、ほとんど妄想の程度に進んでいる」状態だったのだろう。

 こうした被害妄想的な受け止め方のせいで、都井は社会と村人を呪い、死の道連れとすべく決意した可能性が高い。実際、姉に宛てた遺書に「僕もよほど一人で何事もせずに死のうかと考えましたけれど取るに取れぬ恨みもあり周囲の者のあまりのしうちに遂に殺害を決意しました」と書き残している。

 この遺書から読み取れるのは、自殺願望と復讐願望に裏打ちされた強い決意である。
被害妄想的な受け止め方が強く影響していたとはいえ、この事件は典型的な拡大自殺といえる。

●「ルネサンス佐世保」の散弾銃乱射事件

「津山三十人殺し」は戦前の事件だが、大量殺人犯が犯行後自殺した事件は、最近も起こっている。たとえば、2007年12月14日夜、長崎県佐世保市のスポーツクラブ「ルネサンス佐世保」で発生した散弾銃乱射事件である。

 37歳の男が散弾銃を発砲し、このスポーツクラブに勤務していた水泳インストラクターの26歳の女性と自分の中学・高校の同級生の男性を殺害した。さらに、6人に重軽傷を負わせた後、この男は裏口から逃走した。翌日、数キロ先の教会の敷地内で死亡している姿が発見された。警察は自殺と判断した。

 事件後、関係者の証言から、この男が殺害したインストラクターの女性に一方的に好意を寄せていた形跡のあることが判明した。「(殺害された女性インストラクターが)別の男性と歩いているところに(容疑者が)不意に現れるなど、ストーカーまがいの行動をしていた」という報道もある。

 さらに、犯行現場にいた他の人たちには目もくれず、女性インストラクターを狙撃しているため、警察はこの女性を計画的に狙った犯行と断定した。したがって、容疑者が被害者に対して一方的な好意を抱いたあげく、彼女を道連れにして無理心中を図ろうと犯行に及んだ可能性が高い。

 無理心中を図ろうとしたのは、容疑者が追い詰められていたからだろう。
彼は工業高校を卒業してから、名古屋と東京で職を転々としていた。その後、佐世保に戻って水産会社や病院などで働いたが、いずれも長続きしなかったようだ。仕事のやり方で注意されて激高し、短期間で退職したこともあったらしい。また、弁護士をめざして司法試験を受けていたが、4年連続で不合格になっている。さらに、借金して浪費を続けていたが、返済の目処は立っていなかった。

 こうした軌跡を振り返ると、何もかも行き詰まっていた容疑者が、絶望して自殺願望を抱き、片思いの相手を巻き込んだ拡大自殺によって人生に終止符を打つ決断をしたと考えられる。

●高齢者の拡大自殺

 最近目立つのは、赤の他人を道連れにして高齢者が拡大自殺を図る事件である。

 たとえば、15年6月30日、走行中の東海道新幹線の先頭車両で70代の男がガソリンをかぶって、焼身自殺を遂げ、逃げ遅れた女性1人が死亡し、28人が重軽傷を負う大惨事になった。この事件は、自分が自殺を図ることによって、他の乗客が巻き添えで死んでもかまわないという未必の故意があったという点で、典型的な拡大自殺といえる。

 この男は、年金の受給額の少なさと保険料や税金の高さへの憤りを周囲に繰り返しぶつけ、「区役所に縄を持って行って首を吊ってやる」と話していたらしい。実際、区役所に行って自殺の話をしたこともあるようだ。したがって、経済的に困窮して絶望し、怒りと復讐願望を募らせて犯行に及んだ可能性が高い。


 このような高齢者の自殺が後を絶たない一因に、「下流老人」と呼ばれるような貧困に悩む高齢者が増えていることがある。

 もっとも、経済的に困窮しているだけで、拡大自殺を図るまで追い詰められるわけではない。やはり、孤立が重要な要因になるようだ。

 たとえば、16年8月7日、東京都杉並区の商店街で、夏祭りのサンバカーニバルを楽しんでいた人々の群れに突然、近くの建物から火炎瓶が投げ込まれた事件。計15人がやけどを負うなどして負傷する惨事になったが、火炎瓶を投げ込んだ60代の無職の男は、消防隊が駆けつける前に首を吊って死亡している。

 この男は、資産家で不動産を複数所有していたらしく、経済的に困窮していたわけではない。ただ、事件の2年前に妻を亡くしてから、以前営んでいた酒屋の上階にひとりで住んでいた。地域とほとんど交流がなく、半ば引きこもりのような生活を送っており、生前、周囲に「サンバがうるさい」と漏らしていたようなので、孤独な生活の中で憎悪と復讐願望を募らせた可能性もある。

 約2カ月後の16年10月23日にも、栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園で、70代の元自衛官が爆発物を爆発させて死亡し、3人が巻き込まれて重軽傷を負った。事件当時、この公園は祭りの真っ最中だった。

 この元自衛官は、娘の病気をきっかけに妻との関係が悪化し、離婚訴訟で敗訴したらしい。その結果、司法や行政に強い不満と恨みを抱いたようで、16年10月5日に公開した動画には「もう預金も住む場所もなくなる」「すべてに負けた。
私は社会に訴える」という趣旨の文章を投稿している。

 フェイスブックにも、「全てを失い、残っているのは命だけ。秋葉原の事件を思い出してアクセルを踏み込み通行人の列に突っ込もうかと考えたが思いとどまることがしばしば」と書き込んでいる。

 こうした状況から、孤立と経済的困窮によって絶望感と自殺願望を抱いた元自衛官が、「自分はこんなに苦しんでいるのに、祭りを楽しんでいる奴らがいるなんて許せない」という思いにさいなまれ、社会への復讐を果たすべく祭りの日を狙ったと推測される。したがって、この事件も典型的な拡大自殺といえる。

 このように、わが国でも拡大自殺は発生しており、決して対岸の火事ではない。銃がなくても、ガソリンや自作の爆発物を用いれば拡大自殺が可能であることを過去の事例は示している。また、拡大自殺を図る人の胸中には、絶望感と自殺願望、怒りと復讐願望が潜んでいるが、社会に排除の空気が漂うほど、こうした感情や衝動を抱く人は増える。さらに、なんでも模倣する「コピーキャット」現象によって、拡大自殺の連鎖が起きるのではないかと危惧せずにはいられない。
(文=片田珠美/精神科医)

 参考文献
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書
筑波昭『津山三十人殺し―日本犯罪史上空前の惨劇』新潮文庫

編集部おすすめ