■プログラマー数は「インターネット普及以前」の水準に減少
アメリカのプログラマー数が、1980年以降で最低水準まで減少している。過去45年間でアメリカ全体の労働力が約75%も増えたのに対し、プログラマーは大幅に減少した。生成AIに職業を奪われるとの懸念がここ数年で声高に叫ばれていたが、懸念が現実になっていることが数字として示された。プログラマ以外の職種へも波及しそうだ。
米ワシントンポスト紙が3月14日に報じたところによると、コンピュータープログラマーの雇用数は過去2年間で27.5%も減少したという。この減少割合は同職種の歴史上最も深刻なものだ。アメリカ労働統計局の調査では、420以上の職種中、最も大きな打撃を受けた10職種に入っている。
米フォーチュン誌も、同じ傾向を指摘している。「今のプログラマー数はパックマンが登場した時代、つまり現在のようなインターネットが存在する前の水準まで戻ってしまった」と述べている。1980年には30万人を超えていたプログラマー数は、2000年代初頭のドットコムブームで70万人以上まで増えた。しかし今では、その半分ほどにまで減ってしまっている。
■Googleのコードの4分の1はAIが書いている
急速な減少の背景に、AIの台頭がある。
グーグルのスンダー・ピチャイCEOは2024年第3四半期の決算説明会で、「現在、グーグルで新たに導入されるコードの4分の1以上をAIが生み出し、エンジニアがそれを確認して実装している」と明らかにした。米フォーブス誌はこの発言を取りあげ、トップクラスの企業でもAI活用が本格化している証左だとしている。
ピチャイ氏は「社内のコーディング工程にもAIを取り入れたことで、効率と生産性が高まっている」と述べ、AIの導入によってエンジニアの作業が効率化されており、開発のペースが速まったと強調した。
AIを活用したコーディングはグーグルだけの取り組みではない。プログラマー向け質問サイトのスタックオーバーフローが2024年に行った調査では、回答者の76%以上が「今年中に開発プロセスでAIツールを使っているか、使う予定がある」と回答し、62%がすでに日常的に活用していると答えた。
また、2023年にギットハブが実施した調査では、米国を拠点とするソフトウェア開発者の92%が「仕事内外でAIコーディングツールを使っている」と回答している。これらのデータから、AIによるコーディング支援が業界全体に急速に広がり、すでに当たり前の開発手法として根付きつつある状況がうかがえる。
■消えるプログラマー、残るソフトウェア開発者
もっとも、IT業界全体が同じ影響を受けているわけではない。ワシントンポスト紙の調査結果によれば、プログラマーの数が大きく落ち込む中、「ソフトウェア開発者」の職は0.3%のわずかな減少にとどまっている。
米国政府の職業分類において、プログラマーは「ソフトウェアやウェブ開発者、あるいは他者が作った仕様書に基づいて作業を行う」と定義される。一方でソフトウェア開発者は、顧客の要望を聞き取り、解決策を立案し、プログラマーやハードウェアエンジニアと共に実装を進めるという、より幅広い役割を担っている。
仕事内容の違いは、給与にも表れている。2023年の統計では、プログラマーの年収中央値が9万9700ドル(約1495万円)なのに対し、開発者は13万2270ドル(約1983万円)と高い水準にある。プログラマーの仕事が27.5%も減少したにもかかわらず、開発者の仕事は業界全体と同様にわずか0.3%の減少で済んでいることから、AI時代の到来に伴い、単純なコード作成よりも、ビジネス要件の理解や設計力といった高度な能力がより重視されるようになったことがうかがえる。
■プログラミング、アート、教育…影響が大きい職業分野
ワシントンポスト紙の分析によると、プログラマー数の急減は、2022年末にOpenAIがChatGPTを世に送り出した直後から始まった。米シンクタンクのブルッキングス研究所のマーク・ムーロ氏は、「大げさに騒ぐつもりはないが、プログラミング職の急激な減少は、AIがもたらした労働市場への初期的な影響の表れだろう」と語っている。ムーロ氏は、AIが日常的なコーディング作業を代行し、開発者たちがAI生成コードを積極的に取り入れるようになるにつれ、「最初に打撃を受けるのは定型的なプログラミング業務だ」と指摘する。
ほか、アートや教育の分野も大きく影響を受けそうだ。生成AIのClaudeを提供するAIスタートアップのAnthropicは、Claudeの実際の使用データをもとに、AIの使用割合が高い分野を発表。「コンピュータと数学」分野での使用割合が37.2%と突出して高く、うちタスク別では、ソフトウェアの開発・保守関連が16.8%と最も高い。
分野別ではコンピュータと数学に続き、「アートとメディア」(映画・TVなどのプロデュースや上演タスクなど)が10.3%、「教育と資料」(教育カリキュラムと資料の作成など)が9.3%で続く。
■業界からは「もはやコーディングを学ぶべきではない」の極論も
AIのコード生成能力は飛躍的に進化している。単純にコード生成のスピードだけを見れば、人間は到底太刀打ちできない。適切な仕様を教えればほぼ瞬時にコードを生成することができる。生成されたコードのままではエラーが生じることがあるが、どのようなエラーメッセージが出たかを教えると、再び自律的にコードを改善する。
こうしたAIによるコード生成能力の向上を受け、プログラミング教育の価値そのものにさえ疑問が投げかけられている。業界内からは、コーディングの学習はもはや不要との発言まで飛び出した。
米サンフランシスコエリアで開発企業ReplitのCEOを務めるアムジャド・マサド氏は3月27日、プログラミング学習不要論をXのポストで披露。700万回以上表示される注目を集めている。
マサド氏は「もはやコーディングを学ぶべきだとは思わない」と述べ、AIが将来的にコーダーの仕事を奪うことから、今からコーディングを学ぶのは時間の無駄だと主張している。
インドのNDTVの報道によれば、マサド氏は生成AIのClaudeを提供するAnthropicのダリオ・アモデイCEOの予測に同調する形で、「近い将来、すべてのコードはAIによって生成されるだろう」とも述べている。
■OpenAIのアルトマン氏も「コードの半分はすでにAI生成」
アモデイCEOは6カ月以内にAIが全コードの最大90%を生成できるようになると予測している。OpenAIのサム・アルトマンCEOも、多くの企業でAIがすでにコーディング作業の半分を担っていると発言している。
実はマサド氏自身、オープンソース活動やコーディング学習サイトのCodecademy、そして自社のReplitを通じ、コーディング技術の普及に何年も費やしてきた。にもかかわらず、今ではAIによって従来のコーディングスキルが時代遅れになったとの自説を披露せざるを得ない現状を、「苦い現実」と表現している。
ただし、マサド氏は全てAI任せにしてよいとの立場は取っていない。コーディングの代わりに、「考え方を学び、問題を整理する方法を学び、人間だけでなく機械とも明確にコミュニケーションする(AIに適切な指示を出す)方法を学ぶべきだ」と提言している。
この見解には、賛否両論がある。フィナンシャル・エクスプレス紙によれば、Linuxの創始者であるリーナス・トーバルズ氏はAIがプログラマーを完全に置き換えるという主張を否定し、「AIは90%がマーケティング(誇大表現)で、現実はせいぜい10%だろう」との見解だ。
■「素人でもアプリを作れる」メリットも
AIの登場を受け、悲観論ばかりが出ているわけではない。たとえプログラミングの知識がなくてもAIの力でソフトウェア開発ができる「バイブコーディング(vibe coding:なんとなくのコーディング)」が話題だ。米ニューヨーク・タイムズ紙のテクノロジー・コラムニストであるケビン・ルース記者は「私はプログラミングができない。Pythonも、JavaScriptも、C++も一行も書けない」と明かした。それでも彼はAIを使い、ポッドキャストの自動文字起こしツールや、冷蔵庫の中身から子供の給食メニューを提案するアプリなど、様々なソフトウェアを自作したという。
「バイブコーディング」はAI研究者アンドレイ・カルパシー氏が広めた言葉だ。
ガーディアン紙は、こうしたAIとの協力関係はプログラマーの仕事を奪うのではなく、その役割を変えていくだろうとみる。プログラミングの専門家サイモン・ウィリソン氏は、AIとの共同作業から得た教訓として、プログラマーがいらなくなるのではなく、「私たちが知っていたプログラミングのあり方が終わるだけ」だと述べている。
■すべての仕事が奪われるわけではないが…
かつてプログラマーといえば長時間労働の代表的な職種であり、現在もその傾向は続いている。AIの登場をより建設的に捉えるならば、開発負荷が以前より軽くなるメリットがあるだろう。
さらには、より重要なタスクに時間を割けるようになるかもしれない。バグの原因をAIに突き止めさせ、代わりに人間は新機能を試験的に実装してみるといった具合だ。新機能の実装にしても、AIを取り入れれば、より短時間でプロトタイプ(原型)を組み上げられるだろう。
現状、AIは簡単なコードを自動で出力することが出来るが、ある程度複雑なコードを書いたり、よりモダンな方法で実装するよう改善を加えたりしたい場合、指示を出すだけでも一定の専門知識が必要となる。その意味で、すぐに全てのプログラマーの働き口が奪われることはないようにも思われる。
一方、アメリカの職業統計によって明らかになったように、指示されたものを作っているだけの単純作業の職種は徐々に削減されることだろう。AIを含めた様々な技術を使いこなして開発プロセスを指揮できる能力が重視される時代へと移り変わりつつある。
この傾向は、何もIT業界に限ったものではない。AIの利用が広がりつつあるいま、その前提に立っていかに付加価値を見つけられるか。どの業種においても、数年後の働き方を見据えた戦略と変化が求められそうだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)