いくつになっても健康に生きるにはどうすればいいか。医師の和田秀樹さんは「自分のためにお金を使って楽しんでいる人のほうが要介護になりにくい傾向がある。
自分の欲望に正直に生きることが幸福な人生への近道だ」という――。
※本稿は、和田秀樹『50歳からのチャンスを広げる 「自分軸」』(日東書院本社)の一部を再編集したものです。
■お金を使って楽しんでいる人のほうが要介護になりにくい
私が高齢者に長年接してきて、思うのはお金を使って楽しんでいる人のほうが健康です。
つまり、要介護になりにくい傾向にあります。旅行やグルメなどでなくても問題ありません。人の目など気にせず、自分が使いたいことに使えばいいのです。カラオケに行ったり、パチンコをしたり、好きなことにお金を使えばいいのです。それが脳の活性化にもつながり、認知症予防にもなります。
子どもの教育費や生活費をしっかり貯めてきた人たちは、消費よりも貯蓄や投資を優先することに慣れてしまっているかもしれません。そういう人たちは、子どもが自立した機会に、今度は上手に消費していくことを課題にしてみたらどうでしょうか。
50代のみなさんは今からお金を積極的に使えば、みなさんが高齢者になるころにはみなさんにとって住みやすい社会になっているはずです。お金を使うことが経済を循環させ、雇用を生み出す原動力にもなるからです。

■「貯蓄第一」の価値観から脱却する
子どもの教育費や生活費をしっかり貯めてきた人たちは、消費よりも貯蓄や投資を優先することに慣れてしまっているかもしれません。そういう人たちは、子どもが自立した機会に、今度は上手に消費していくことを課題にしてみたらどうでしょうか。
50代のみなさんは今からお金を積極的に使えば、みなさんが高齢者になるころにはみなさんにとって住みやすい社会になっているはずです。お金を使うことが経済を循環させ、雇用を生み出す原動力にもなるからです。
みなさんの将来にとってもプラスになります。高齢者がケチだと高齢者を粗末にする社会になるし、派手にお金を使ってくれると、急に接客態度がよくなります。お金の使い方ひとつで、存在価値そのものが変わってしまうのです。それほどまでに、お金への意識は社会に影響を及ぼします。
「人生100年時代」では、お金との付き合い方を見直すことは避けて通れません。50代になると長い老後を見据えての消費行動で守りに入りがちですが、むしろ、「生涯現役の消費者」であることが人生を楽しく生きるコツです。
「貯蓄第一」の価値観から脱却し、自分の欲望に正直に生きることが豊かで満足度の高い人生への近道になります。
■自分が稼いだお金は自分で使い、子供に財産は残さない
人はひとりでは生きていけません。
「老後はひとりでひっそりと暮らしたい」などと考えずに、老後も誰かとの人付き合いを維持するほうが心身ともによいでしょう。老化予防になりますし、メンタル面にもよい影響が多いといえます。何歳になっても、なるべく人との付き合いは絶たない意識を持ちましょう。
その際に注意しなければいけないのが「距離感」です。特にシニア期に入ると、体力や気力の衰えとともに、他者への依存が高まりがちです。周りにあまりに頼りすぎてしまうと、かえって自立した生き方が阻害されてしまいます。
「自分軸の生き方」を実践するには、「自立と共生のバランス」が欠かせません。自分でできることは自分でやり、頼るところは頼る。そのためには、まず「家族からの自立」が重要になります。
もちろん、家族の支えは心強いものです。しかし、必要な時に支えてもらうのと、とらわれるのは違います。特に最近のシニアにとっては「子離れ」が大きな課題になっています。
日本人は子どもとの距離の取り方がうまくないと言われてきました。
高齢者を専門とする医者の立場からしても、少子化が進んでいる今、年々、子離れができなくなっている親が増えている印象もあります。50代のみなさんの中には子どもが就職したり、結婚したりする人も少なくないでしょう。逆に子どもがなかなか自立しないなど、親として悩ましい問題に直面している人もいるかもしれません。
子どもが気になるのは親としては当然でしょう。親としては「子どもが自立するまでは」と、つい過保護になりがちですが、それでは親子ともに成長できません。子どもが結婚しなかったり、定職につかなかったりして、いつまでも生活の面倒を見ていたら、永遠に子どもが自立する機会は訪れません。みなさんの周りにもそのような親子がいるはずです。巣立ちを見守り、自分の人生を歩む。親だって子だって、ひとりの人間として自立することが大切です。
老後にお金を使わず、子どもに少しでも財産を残そうとする人も少なくありませんがあまりおすすめできません。自分が稼いだ金は自分で使うべきでしょう。
子どもにはこれまで十分教育などで金をかけてきたのだから、財産まで残す必要はありません。
■老後は子供に頼るのではなく社会の力を活用する
私は精神科医なので、親の財産のための兄弟間の争いをかなり見てきました。財産がなければもめないものを財産があったがために余計な諍いが起きてしまうのです。それが裁判に発展すると、私のところに意見書を求めてくるケースを何件も経験しました。
私が、「死ぬまでに金を自分のために使いきろう」と思うようになったのはそうした争いをあまりにも見てしまったからと言っても過言ではありません。
「そうは言っても老後が不安だからお金を残しておかないと……」「子どもの面倒になるし……」といった人も多いでしょう。
ただ、私は経済的には子どもをあてにする必要はない時代が訪れていると思います。
日本の社会的介護は、私の知る限り、世界的に見てもかなりよいものだからです。公的な特別養護老人ホーム(特養)もユニット型の個室化が進んでいますし、建物も介護サービスもかなり優れています。
地方に行けば、特養の不足もかなり解消されていますし、家を売れば入れる有料老人ホームは、業界内での競争の激しさからかなりレベルが上がっています。
つまり、今は昔と違って、社会の力を借りれば、たとえ一人暮らしでも安心して老後を過ごせます。家族に頼らず、自立した生活を送ることができるのです。
むしろ、子どもに介護を期待するのは、ある意味わがままと言えるかもしれません。
老後は子どもに頼るのではなく、社会の力を上手に活用すれば不安なく過ごせます。そうした視点を持つことで過度に依存しない人間関係も保てるはずです。
■夫婦2人きりの生活になったらどうなるか
50代のみなさんにとって避けて通れない問題がパートナーとの関係でしょう。子どもが巣立って夫婦2人っきりになった後や夫(最近では妻も)の定年退職後の夫婦関係は大きく3つに分けられます。
まず、夫婦仲がよく、一緒にいて会話も弾むし、2人で食事をしていても、旅行に行っても楽しい。つまり、2人っきりになれて余計に幸せになるパターンです。
次にラブラブとまではいかなくても、特別にストレスを感じるわけではなく、これからのことを考えるとひとりでいるよりはましなので、一緒にいてもさほど苦痛に感じないパターンです。これも心配いりません。
危険なのは、夫婦がもともとそれほど相性はよくないので、定年退職や子離れで一気にその不快感が表面化するパターンです。
正式な病名ではないですが「夫源病」という言葉があります。夫の言動が原因で妻がストレスを感じ、たまったストレスにより妻の心身に生じるさまざまな不定愁訴のことを指すとされています。

もともとは、医師の石蔵文信氏が、更年期外来での診察中に気が付き、自身の著書で発表して命名したといわれています。タレントの上沼恵美子さんが、自分が夫源病であることを告白し、有名になったので聞いたことがある人も多いでしょう。
■性格の合う・合わないが真に問われるのは60代から
夫源病のきっかけとなるのが夫の定年退職であることが多いとされています。
退職するまでは、昼間は夫が働きに出ていて、顔を突き合わす時間がそれほど多くなかったのが、四六時中夫と一緒にいることで、ストレスが増幅していきます。
50代まではなんとかうまくいっていても、60代以降になると性格の合う、合わないが非常に重要になります。一緒にいる時間は加齢とともに増えていきますので、合わない人同士はどう頑張っても一緒に暮らすのは無理になるはずです。
■年金制度の改正が熟年離婚を後押ししている
熟年離婚は確実に増えています。特に家事と子育てをしっかりやってきた女性は、夫の非協力的な態度に疲れ切って、虎視眈々と離婚後のプランを練っていることがあります。
一昔前でしたら、50代の女性ならば「離婚したいけど、離婚したら、厚生年金はどうなるのかな。働いてはいるけれど、わたしの年金だけだと老後が心細いな……」という人は少なくありませんでした。
しかし、2007年4月以降に離婚した場合、年金が夫婦間で分割できるようになりました。「合意分割」と言って、婚姻期間中の厚生年金(保険料納付記録)を夫婦の話し合いにより、50%を上限に分割する仕組みです。
具体的には共働きで会社員(ともに厚生年金加入)の夫の月収約50万円、妻の月収約30万円の場合、イメージとしての2分の1の年金分割は、(50万円+30万円)×1/2=40万円となる見込みです。夫婦とも月収40万円に改定したうえで厚生年金を計算します。
2008年には一方が専業主婦などの場合で、年金分割の請求をすれば、相手の合意がなくても2分の1を受け取れる「3号分割」の制度もできています。
婚姻期間が長ければ長いほど分割分が増えるため、熟年世代にメリットがあります。年金分割の対象期間には夫婦の別居期間も含まれます。
■いつまでも妻がそばにいてくれるとは限らない
この制度が導入されてから、老後の経済的基盤を夫が握れなくなったのは明白です。20年以上同居した夫婦が離婚する「熟年離婚」を切り出すのはたいてい妻のほうだといわれています。
熟年離婚は1990年から2020年の30年間に約1.5倍に増えています。もちろん、専業主婦だった場合、分割された年金だけでは十分ではないかもしれませんが、今は働き手が足りない時代です。たとえば、介護職などの人手が必要とされている現代においては、中高年以降の仕事探しは女性のほうが有利な面もあり、離婚のしやすさにつながっているでしょう。
50代の男性のみなさんはパートナーと今後も一緒にいたいと考えているならば、「あいつは稼ぎがないから離婚できないはず」という考えをまずは捨てましょう。いつまでも妻がそばにいてくれるとは限らないのです。自分の親世代の夫婦関係を今だに手本にしていて、夫婦とはこうあるべき、と思い込んでいる人ほど危険です。
すれ違いは年齢を重ねれば修復不可能になります。いきなり離婚を切り出されかねません。青天の霹靂とならないためにも、パートナーと自分たちの現在地を見直してみましょう。50代ならばやり直しも可能です。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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