1999年6月1日午前9時。ソニーは日本初のエンタテインメントロボット「AIBO(ERS-110)」のインターネット予約販売を開始した。

定価25万円にもかかわらず、販売開始20分後の9時20分、日本国内販売分3000台を完売した。好調な出だしでAIBOは累計15万台を販売したが、業績悪化による2003年4月のソニーショックなどで、7年後の06年には製造・販売を中止。ソニーはロボットビジネスから完全に撤退した。

 ところが昨年6月29日、ソニーの平井一夫社長は都内で経営方針説明会を開き、人工知能(AI)を活用したロボットビジネスへの再参入に意欲を示した。「心のつながりを持ち、愛情の対象となるロボットをつくりたい」との言葉がAIBOへの熱い思いを感じさせた。デジタル・メディア評論家の麻倉怜士氏は次のように語る。

「平井社長には何回かインタビューして、VRやAIなど新しい技術が出てきているが、ソニーは何をするのかと聞いたことがある。具体的にAIBOとは言わなかったが、ロボットについては話していた。でも、それがAIBOを指していたのは意外でした。なぜなら、AIBOは出井(伸之・元会長)路線時代のソニーの失敗の象徴だったからです。ソニーショックもあって経営も悪かった時代。ソニーは何かを切り捨てなければならなかった。
それで切り捨てたのがAIBOであり、ロボットビジネスだった。

 それが約12年前ですが、ソニーの社内では『なぜAIBOをやめたのか』という声が相当あり、ソニーがまたロボットをやるためにはAIBOは関所みたいなもので、1回はそこを通過しなければならない。そういう意味では、ソニーはこれから真面目にロボットをやりますという宣言だと思います。ソニーはAIBO以外でもヒト型ロボットのQRIO(キュリオ)を開発していましたが、発表直前になって不要不急だと出井会長(当時)に切られた。平井一夫現社長は『それでもロボットは必要なんだ』ということを訴えるために、名前も同じaiboにして、ERSという型番まで踏襲したのだと思います」

 2017年度中間決算で営業利益、純利益ともに過去最高を達成したソニーは、決算発表翌日の11月1日、本社で新製品発表会を開き、新型aibo(ERS-1000)を戌年の18年1月11日に発売すると発表。“ワンワンワン”にちなんで午後11時1分から公式サイト上で予約販売を開始。ベーシックプランとサポート込みで34万2000円にもかかわらず、開始30分で初回販売分3000台を完売した。さらに、10日後の11日午後11時1分から2度目の予約販売を開始。こちらも開始14分後の11時15分に完売となった。勢いは間違いなく初代AIBOを越えた。

●初代AIBO開発者の天外氏は“aibo復活”をどう見ているのか?

「決算の数字なんかどうでもいい。夢のない会社になっていたソニーが、再び夢を語れる会社になったことが大事。
そういう意味ではソニー復活と言えるんじゃないかな。AIBOに関わった技術者の7割が残っていたことも大きい。彼らがいなければ、こんなに早く開発できなかったからね。デザインだけじゃなく、性能も大きく変わっている。CPU性能だって初代AIBOの4万倍だからね」

 こう語るのは、初代AIBOを開発した天外伺朗氏(75)だ。

 AIBO開発当時の名前は土井利忠。肩書きはソニー執行役員上席常務兼ソニーコンピュータサイエンス研究所会長で工学博士。「天外伺朗」は手塚治虫の漫画『奇子(あやこ)』の登場人物の名前で、その名前の響きが気に入った土井氏が、手塚氏の許可を得て使用していたペンネームだ。天外氏は技術者でありながら、スピリチュアルな世界にも関心を示し、『ここまで来た「あの世」の科学』(祥伝社)など精神世界に関する多くの著書を天外伺朗名で上梓している。

 04年にソニーの経営会議でAIBO、QRIOなどロボットビジネスからの撤退が決まると、天外氏は出井会長(当時)と公開メール上で大げんかを繰り広げた。そのメールはCC(カーボンコピー)され技術者100人と共有されていた。「出井会長vs.AIBO技術者軍団」による壮絶なバトルだった。


 06年3月にAIBOの生産中止を見届けた天外氏は、同年6月にソニーを退社した。数カ月後、苦楽を共にしたソニー関係者を招き、自らが喪主となり“土井利忠”の生前葬を行い、以後、正式に“天外伺朗”を名乗った。前出・麻倉氏は天外氏についてこう語る。

「ソニー創業者の井深大さんは、精神世界の深いところで、科学と技術の接点があると考えていた。天外さんはその井深イズムを托された継承者だった。天外さんは今は経営コンサルタントですが、あの頃はロボットに掛けていましたからね。03年に話を聞いたときも、15年にはロボット王国になって、ソニーが中核的な地位を占めるんだということをおっしゃっていた。天外さんにしてみると、やっと来たかという感じかもしれませんね」

 復活したaiboは初代AIBOと比べるとデザインも大幅に変わった。ユーザーのなかには「昔のロボットっぽいデザインのほうが良かった」といった声も聞かれる。

「aiboは動作も滑らかになっているし、デザインも一新されている。はやりのクラウドとも連携していますが、初代AIBOはメモリースティックでしたからね。初代AIBOのデザインはあの時代の象徴であって、当時はロボットというだけで“登場感”があった。
つまり、ロボットらしい姿形が重要だったのですが、新型aiboはロボットというよりペット。鉄人28号というよりは鉄腕アトムみたいな感じで、より人間に近づいている」(麻倉氏)

●“ソニー復活”はみんなの願い

「平井さんはハワード・ストリンガーが退任した12年、ソニーがいちばん大変な時期にトップに就任した。いろいろ批判もされましたが、最初から“感動”だと言っていた。感動がなくても生きていけるけど、感動があればもっと楽しいですからね。すべての事業体に感動を求めた。従来からのオーディオビジュアルだって、よりいい映像、よりいい音質でユーザーに感動を与えてきた。aiboも癒やしが得られて、一緒に成長していくという、ペットとしての感動が得られますからね」(麻倉氏)

 ソニーは昨年5月、人工知能(AI)で人間のように自ら学び続けるコンティニュアルラーニング(継続学習)の確立を目指し、米国コジタイ社に資本参加。次世代人工知能(AI)技術の共同開発に取り組んでいる。将来的には製造や物流など広範囲な領域でもロボットビジネスを展開するという。果たして、aibo復活はソニー復活を意味するのか。

「問題はaiboの次でしょうね。aiboを復活させただけじゃ、遊び路線だし、昔の名前で出てきただけ。
本格的な復活というのは、aiboを超えたところにある。具体的には新しいロボットが出てきたときに本当の真価が問われる。aiboはソニー復活の象徴ではあるけど、従来の枠にはまらない新しい成長路線に行かなければダメ。これまでの負の時代がやっと終わる象徴であるのは間違いない。みんなソニーが好きだし、元に戻ってほしいという思いがあって、今までが悪かっただけに、“復活”という言葉がすごく刺さるんですが、ソニーにはぜひその次を見せてほしいと思っています」(麻倉氏)

 目標は初代AIBOの15万台越え。好調な滑り出しを見せるaiboだが、次なる3度目の予約販売の結果に要注目だ。
(文=兜森衛)

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