まもなくプロ野球のキャンプが始まる。今年も2月1日から12球団が一斉にキャンプインするが、9球団が温暖な沖縄県(沖縄本島、石垣島、久米島)をキャンプ地に選んだ。
今年、最も注目のルーキーといえば、北海道日本ハムファイターズの清宮幸太郎選手だろう。有名なラグビー指導者である清宮克幸氏の長男という毛並みのよさに加えて、史上最多高校通算111本塁打の記録も持つ。昨年のドラフト会議で、7球団の競合の末にファイターズが交渉権を獲得し、入団が決まった。
その動向が各メディアで報道されるなかには、清宮選手に対して「用具メーカーが契約総額数千万円でアドバイザリー契約を結ぼうとしている」という気になる記事もあった。真偽のほどはわからないが、この機会に「プロ野球選手と野球用具」について考えてみたい。
●選手が結ぶ「アドバイザリー契約」
プロ野球選手として活躍して有名になると、大手スポーツ用品メーカーと野球用具についての「契約」を結ぶことがある。メーカーにとって有名選手は“広告塔”なので、契約金を支払い、同社の用具を無償提供するのだ。契約した選手は「アドバイザリースタッフ」や「ブランドアンバサダー」などと呼ばれる。この契約には「用具別」と「用具全般」がある。
「用具別」は文字どおり、バットやグローブ、スパイクなどの用具を、個別にメーカー各社と契約するもの。これには用具のみ無償提供と、用具+金銭があり、金銭は年間数十万円が相場だという。少ない気もするが、たとえば打者の場合、打撃練習や試合でバットを年間100本以上使う選手も多い。
「用具全般」の契約は超一流選手に多く、そのメーカーが手がける自社ブランド全般を使用してもらう。当然ながら、用具全般は契約金額がはね上がるが、多くの選手は年間数百万円と聞く。
ここまではいいが、将来有望なアマチュア選手には学生時代からメーカー各社が接近し、用具の無償提供をするケースも多い。それに慣れると、野球用具を自分で買う感覚が鈍り、社会常識を持たない選手も出てくる。以下は、かつてメーカー社員から聞いた実話だ。
(アマ選手)「おたくのメーカーのグローブが欲しい」
(メーカー社員)「(3種類のグローブを見せて)どのグローブがいいですか」
(アマ選手)「全部」
この選手は後にプロ球団に入団したという。また、別の選手で次のような事例もあったという。
「年に10個以上のグローブの無償提供を用具メーカーに求める有名選手もいます。また、誰もが知る超大物選手は、合同自主トレで1回のトレーニングを終えるたびに汗をかいたウェアを捨ててしまい、若手が驚いていました。かつてセントラル・リーグのMVPを獲得した選手(すでに引退)は、新しいスパイクを数日に1足、メーカーに無償提供を求めていました。実は、新品をタニマチ(支援者)にサインして配っていたのです」(業界関係者)
高額の報酬を得た上での選手のこうした振る舞いは、それを許すメーカー側にも責任があるが、社会人としての常識に欠けると言わざるを得ない。
●無償提供を「少年のように喜ぶ」MLB選手
これまで紹介したケースは、プロ野球(NPB)の日本人選手の事例だが、米大リーグ(MLB)の選手やNPBの外国人選手は、少し事情が異なる。
ある中小用具メーカーは、大手のようにMLB選手を契約金で囲い込むことはせず(そうした予算もなければ、企業姿勢としても行わない)、選手には用具のみを無償提供する。だが、その用具の使い勝手のよさを聞きつけた有名選手が、インターネット通販で買う場合もある。
「用具を無償提供した外国人選手は、野球少年のように喜んでくれます。超一流選手から直接、お礼メールが届くこともあります。多忙な彼らなので簡単なメッセージですが、わざわざそこまでしてくれる例は、日本人選手ではあまり聞きません」(用具メーカー関係者)
手元に届いた用具を身に着けた写真を送ってくれる選手もいる。NPBの日本人選手とは違い、用具メーカーとの契約という“カベ”が高くない外国人選手は、自分が本当に気に入ると有料でも買う傾向が強いという。
●競輪選手は超一流でも有料購入
ほかのプロ競技の“用具事情”はどうなっているのか。
たとえば、プロ競輪選手は、自分の乗る自転車は自ら購入する。ミリ単位の微妙な精度と強度の両立が求められる自転車のフレームは、「フレームビルダー」と呼ばれる職人と向き合いながら仕上げてもらう。価格はケースによって異なるが、筆者の取材先である著名なフレームビルダーでは20~30万円だ。
実は競輪用自転車の部品は、公益財団法人JKA(旧日本自転車振興会)が定める「登録部品」と「認定部品」に分かれ、高品質の強度と精度が要求されるフレームは登録部品だ。
昨年の大相撲九州場所前に起きた、現役横綱(当時)による後輩力士への暴行事件に端を発した相撲界のゴタゴタは記憶に新しい。また、今年初場所前に発覚した、立行司による未成年の若手行司への“セクハラ”も大きな関心を集めた。背景には「世間の常識とかけ離れた相撲界の体質」を指摘する声もある。
筆者は30年にわたり企業取材を続けているが、野球界の非常識や相撲界の不祥事をビジネス現場に置き換えると、ひとつの言葉を思い浮かべる。
それは「もう、そんな時代じゃない」という言葉だ。
野球界の指導でも、たとえば鉄拳制裁は、昔は“愛のムチ”として見過ごされたが、今では許されない。有名選手を契約金で囲い込み、次々に用具を無償提供するメーカーと、それに慣れた選手との関係性にも「もう、そんな時代じゃない」という思いを強く抱く。
高額な報酬を得ている野球選手が、自分の大切な“商売道具”は身銭を切って買うという姿勢があれば(すべて買うかどうかはともかく)、その選手のファンもさらに増えるのではないだろうか。
また、自社に課題が見つかった場合、志ある社員は「これからは、普通の会社になりたい」と明かす。
仕事が順調だったり、名声を得て必要以上にチヤホヤされると、つい調子に乗ってしまうのが人間の性でもある。自戒を込めて記すが、「普通の社会人」という言葉を、時には意識したいものだ。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)