政治主導とはいえ、平昌五輪では五輪史上初の北朝鮮・韓国合同チームが実現した。すでに女子アイスホッケーの北朝鮮選手は1月末に韓国入りし韓国チームと合流、即席の「コリア合同チーム」は五輪開幕直前の2月4日、インチョン(仁川)で世界ランク5位の強豪スウェーデンと練習試合を行った。

1-3で敗れたものの合同練習が1週間ほど。大善戦に違いない。観客は朝鮮民謡のアリランを歌い、南北統一旗を掲げて一体となって声援したという。

 この試合、強いセットに北朝鮮選手4人を入れて戦った。当初、北朝鮮選手は滞氷時間の少ない4セット目に回されるかと思われたが、米国出身の若いセラ・マリー監督は、第2セットや第3セットでも使ったのだ。アイスホッケーは基本的にGK以外、3人のFWと2人のDFでひとつのセットを組む。トップスピードで走れなくなれば狭いリンクではあっという間にパックを奪われピンチになる。このためメンバー超過しなければ選手交代は自由で、目まぐるしくセットが交代する。ちなみにバレーボールでいう「セット」に当たるのは「ピリオド」と呼び、1ピリオド正味20分で3ピリオド戦う。

 今回、男子も女子も韓国チームは開催国特権で出場が決まっていた。「スマイルジャパン」こと女子の日本代表チームは厳しい予選を勝ち上がり五輪切符を手にしたが、男子は1980年のレークプラシッド五輪を最後に、近年、五輪に出場できたのは開催国特権の長野だけと寂しい。

 今回、なぜ南北合同チームが女子だけだったのか。
日本アイスホッケー連盟では「韓国の男子は急に強くなり世界選手権のトップディヴィジョンに入った。それもあって本来、持っていなかった開催国枠を手にした。北朝鮮とはレベル差が大きすぎて合同チームにする話にはならなかったのでは」(建部彰弘事務局長)と想像する。開催国特権も無条件ではなく一定のレベルが必要だ。

 さて、北朝鮮の女子チームは予選通過もなく開催国でもないのに五輪に出場する。北朝鮮政府が韓国を揺さぶり、完全に「おいしいとこ取り」だ。もちろん、政治主導のおかしな決定に韓国の選手や競技関係者からは激しい批判が出ている。五輪切符を手にしながら外される選手も出るなら当然だ。ベンチ入りは22人。北朝鮮のレベルは韓国より落ちるが、一試合当たり3人の北朝鮮選手を出すことがIOC(国際オリンピック委員会)で義務付けられた。

●大乱闘事件

 北朝鮮のアイスホッケーといえば、思い出すことがある。1990年、札幌での冬季アジア大会で筆者はアイスホッケーを取材していた。
この時、南北は個別に出場したが、対戦時は友好的な応援合戦も話題になった。

 そして事件は日本対北朝鮮戦で起きた。試合が始まって間もなく大乱闘になった。男子アイスホッケーでは乱闘はつきものだが、殴る蹴るのレベルではない。北朝鮮選手は、倒れている日本選手を鋭いスケートの刃で踏みつけたり、柄を下へ向けて両手でスティックを握りしめ、上から体重をかけて激しく顔や体に突き下ろしてもいた。血だらけの梶川文彦主将(国土計画)、鈴木宣夫(王子製紙)ら主力選手も呆然自失。記者席では「こんなのただの反則じゃない。刑事事件だ。警察呼べーっ」と叫ぶ記者がいたほどだ。見ていて「日本選手を半殺しにすれば母国で英雄になれると彼らは信じているのではないか、そういう教育を受けているのか」と感じた。日本が勝ち、外交問題に発展するのを恐れ日本側は穏便にすませたが、背筋が寒くなる光景だった。

 さて、今回の平昌五輪では韓国内の不満が強調されるが、南北合同チームは意外と手ごわい相手になる可能性がある。
1991年に千葉県で行われた卓球の世界選手権では、女子団体決勝で南北合同チームが王者の中国を破ってしまった。この時も合同練習は1カ月足らずだ。アイスホッケーは「呼吸第一」の完全なチームプレイなので単純比較はできないが、スウェーデン戦同様の「合同応援」で思わぬ力を発揮する可能性はあり、侮れない。国際戦の成績は低い北朝鮮とはいえ、少数なら精鋭はいる。前述の大乱闘の北朝鮮にも当時、「北朝鮮の矢島」(矢島敏幸は当時、王子製紙が誇った俊足のFW)と呼ばれた手ごわい快速選手がいた。

 南北合同チームのニュースで日本女子代表「スマイルジャパン」(山中武司監督・大澤ちほ主将)の話題がかすんでしまった。五輪参加国は南北合同以外は欧米やカナダなどの強豪ばかり。決勝トーナメントを目指す日本は2月14日、予選リーグで当たる南北合同に勝つことが必須条件だが、大乱闘にならないことを願いたい。
(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)

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