足許、日本経済は緩やかな回復基調が続いている。今回の景気回復は、海外からの需要=外需に依存する部分が大きい。

産業用機械やスマートフォン向けの部材を手掛けるメーカーの業績が好調なことはそれを示している。ソニー、東京エレクトロンなどがその代表格だ。

 そうした企業と肩を並べる株価上昇率を遂げてきた企業にマツモトキヨシがある。いうまでもなく、私たちにおなじみのドラッグストア運営企業だ。同社の株価は2016年初から18年3月上旬まで50%を超える上昇率を記録した。同じ期間、東証株価指数(TOPIX)の上昇率は11%程度だった。競合するドラッグストア運営企業と比較しても、外国人観光客などの需要取り込みに注力するマツモトキヨシの経営戦略は、市場からの評価が高いといえる。

 ドラッグストアといえば、小売りの一形態であり、どちらかといえば業績のブレは小さい業種だと考えられてきた。しかし、この株価上昇率を見る限り、内需に支えられ、業績のブレも相対的に小さいという従来の発想にそぐわない部分は増えている。マツモトキヨシは業界のなかでもリスクが高いと考える市場参加者もいる。海外からの需要の取り込みが進むにつれて、円高などのリスク要因が業績に与えるインパクトが大きくなることは見逃せない。

●マツモトキヨシが直面するドラッグストア業界の変革
 
 現在、国内のドラッグストア業界では、変革が進んでいる。
日常的に親しみのある業界だが、その背後で競争が熾烈化している。具体的には、大手ドラッグストアチェーンによるM&A(合併・買収)を受けて、業界の再編が進んでいる。この結果、16年度にマツモトキヨシは業界トップの座から陥落し、1位のウエルシアホールディングス、2位のツルハホールディングスに次ぐ第3位に後退した。

 再編が進むなか、業界全体での売り上げは右肩上がりで推移しており、16年度から17年度にかけて、大手ドラッグストアの売上高は100%前後の増加率を記録している。この背景には、買収などによる規模の拡大に加え、ドラッグストアのコンビニエンスストア化による集客のアップなどが考えられる。また、高齢化社会の進行に伴って人々の健康への意識は高まっている。テレビのCMを見てもサプリメントを扱ったものは多い。その分、ドラッグストアという業態には、食品や衣料品の小売りなどにはない成長性があるといえる。

 そのなかで、マツモトキヨシのビジネスモデルは、他社とはやや異なる。同社は、駅前を中心に店舗の進出を進め、日用品もさることながら化粧品を多く取り扱ってきた。マツモトキヨシは09年にローソンと業務提携を行い、ドラッグストアとコンビニの融合を目指したが、その計画は失敗した。その理由は、販売価格をディスカウントするか、定価で販売するか調整が難しかったからだろう。


 そうした反省もあり、マツモトキヨシの経営戦略は、“何でも揃う”店舗運営を目指す他のドラッグストアチェーンとは異なり、自社ブランドでの化粧品販売などに力を入れていると考えられる。ウエルシアなどの競合他社は食品、医薬品、冷凍食品などの販売で収益を増やしている。それに対して、マツモトキヨシの戦略は、高付加価値のビジネスを重視したものに向かっているともいえる。

●インバウンド需要の取り込みを強化するマツモトキヨシ
 
 マツモトキヨシの収益に大きく影響しているのが、海外からわが国を訪れる外国人旅行者などの存在だ。17年の訪日外客数は2869万人と、前年から19.3%増加した。その消費額は4.4兆円に上る。訪日外客数を地域別にみると、中国(含む香港)の割合が33%、韓国が25%、台湾が16%と、中韓台で訪日外客数の74%を占める。一言でいえば、中国を中心とする外国人観光客の消費が、マツモトキヨシの業績を支えている。それに伴い、内需に支えられたドラッグストアとしての特徴は弱まり、訪日客の需要=インバウンド需要への依存が高まっている。マツモトキヨシは外需依存型の企業に変化していると考える市場関係者も少なくはない。

 マツモトキヨシは免税店舗の増加や、店舗でのフリーWi-Fiサービスの提供、中国のクレジットカードである銀聯(ギンレン)カードの取り扱い開始など、中華圏からの旅行者を取り込む環境整備を進めてきた。すでに中国の代表的SNSである微信(ウィーチャット)を活用したクーポンの配信なども行っており、インバウンド需要の取り込みが強化されている。


 そうした取り組みが奏功して、マツモトキヨシのプライベートブランド化粧品は中国などからの旅行者にとって魅力的な土産物などとして認知されている。インバウンド需要の創造と取り込みのために同社は化粧品に特化した店舗運営も強化している。

 ドラッグストアが激戦時代を迎えているといった見方が増えるなかで、マツモトキヨシは独自のマーケット開拓を進めることができているともいえる。競合他社もインバウンド需要の取り込みを重視してはいるが、中国人観光客などにとって“マツキヨ”で買い物をすることが一種の楽しみ、ステータスになっている部分があることも無視できない。

●無視できない円高リスク
 
 マツモトキヨシの成長ストーリーは2つにまとめられる。ひとつ目は、売り上げの10%程度を占めるまで増えた“インバウンド需要”の取り込みだ。もうひとつは、不採算店舗のリストラである。後者は、ドラッグストアに限らず多くの業界・企業が抱える問題である。どうしても、マツモトキヨシはインバウンド需要の取り込みに注力しているというイメージが強くなりがちだ。インバウンド需要を重視した経営戦略は、事業リスクを上昇させるだろう。

 特に、為替相場で円高が進みやすくなっていることは軽視できない。ドルなどの主要通貨に対する円高が進む場合、新興国の通貨は円に対して減価する可能性が高い。
それは、中国などからの観光客の購買力低下に直結する。また、マクロベースでみた経済環境が悪化する場合、海外への渡航者・旅行者は減少する。中国経済は安定を維持しているものの、経済指標からは回復の勢いがやや低調になっていることが窺われる。そのトレンドが続くと、徐々に中華圏を中心とするインバウンド需要にはブレーキがかかりやすい。

 円高と海外経済の変調が進むことは、マツモトキヨシの業績悪化に直結する問題と考えるべきだ。それを食い止めるためには、顧客層の多様化(リスクの分散)に加え、業界の競争に先行する取り組みが求められる。

 これまで、マツモトキヨシは業界のなかでも異端児的な存在感を示してきた。すでに、第一生命と提携し医療保険の販売や、共同での保険商品開発も目指されている。米国では、ドラッグストア大手のCVSヘルスが医療保険会社を買収し、わが国には見られないビジネスモデルの変化が進んでいる。それは、新しい取り組みを進め、新サービス、新事業を育成することで成長を目指そうとする考えの表れだ。マツモトキヨシの成長ストーリーに従来にはない事業の開発が加われば、市場からの評価はさらに高まる可能性がある。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)

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