大相撲名古屋場所で初優勝を果たした関脇御嶽海。かつて和歌山県庁の内定を得ていた学生横綱に力士としての道を切り拓かせたのが、師匠の出羽海親方(元幕内小城ノ花)である。
部屋の力士が初優勝を飾った場合、師匠も喜びをあらわにすることが多いが、出羽海親方は普段と変わらない受け答えをしていた。相撲界随一の名門といわれる出羽海部屋の復活を託され、38年ぶりに優勝力士を輩出したにもかかわらず、はしゃぐ様子は見受けられなかったが、「相撲界において、これほど人望の厚い親方もなかなかいない」というのが相撲関係者の一致した見方だ。
「相撲協会の理事には『俺が俺が』という人が多いのですが、出羽海さんは自分の意見を口にせず、人の意見を聞くタイプです。相手が誰であろうと態度を変えませんし、辞める力士の再就職先を世話するなど、弟子の面倒見も非常にいいことで知られています」(相撲関係者)
出羽海親方は、まったくといっていいほど悪口や陰口が聞こえてこない人物なのである。現在の相撲協会の理事は、以下の10名だ。
・八角理事長/元横綱北勝海
・尾車理事/元大関琴風
・芝田山理事/元横綱大乃国
・春日野理事/元関脇栃乃和歌
・高島理事/元関脇高望山
・鏡山理事/元関脇多賀竜
・阿武松理事/元関脇益荒雄
・境川理事/元小結両国
・出羽海理事/元前頭小城ノ花
・山響理事/元前頭巌雄
10名中8名が小結以上の役力士を経験している通り、相撲協会とは現役時代の地位が物を言う世界である。歴代の理事長12名(北の湖は二度務めた)のうち8名が元横綱であるのも、「横綱こそ神様」であるからにほかならない。
理事より下の地位に甘んじる元横綱や元大関も少なくないなか、出羽海親方は現役時代の最高位が前頭2枚目であり、関脇だった父の小城ノ花(元高崎親方)や小結だった弟の小城錦(現中立親方)に及ばない。また、三賞獲得歴もなければ金星もない。それでも名門を引き継ぐことになったのは、前出羽海親方(元関脇鷲羽山)から人柄の良さを見込まれたためである。
複数の関係者に聞いても、異口同音に出羽海親方の人柄をほめたたえる声が続く。
「前の親方は、『あいつなら部屋を任せられる』と話していました。高校時代は野球部で、ほとんど相撲経験がないまま入門した親方は、入門直後にケガで相撲がとれなくなったり弟に番付で抜かれたりするなど苦労を重ねてきましたが、愚痴ひとつ言わずに黙々と稽古に励んでいましたね」(出羽海部屋の後援者)
「お父さんは厳しくも温かい人で、お母さんも人当たりのいい方でした。親方は小学生の頃に相撲大会に出ていましたが、決して目立つ存在ではなかったですね。むしろ弟のほうが強くて、性格も勝負事に向いていましたよ」(出羽海親方の幼少期を知る人物)
「相手が誰であろうと、同じように接してくれます。御嶽海の優勝が決まったとき、親方の元にはすごい数の“おめでとうメール”が届きましたが、親方は空いた時間で丁寧に返信していました」(出羽海部屋の関係者)
相撲界とは勝負の世界であり「現役時代の番付が物を言う」のは前述の通りだが、出羽海親方は自らの生き方を貫いた結果、現役時代よりも出世した。そんな出羽海親方は、これからも寡黙に部屋の再興を目指していくはずだ。
(文=後藤豊/フリーライター)