日本人に愛され続けるカレー。最近では本格的インドカレーの店などもいたるところにあるが、“一周まわって一番美味しいのは我が家のカレー”だと思っている方も少なくないはず。
2017年のカレー市場では、カレールーの購入額が456億円だったのに対し、レトルトカレーの購入額が461億円となり、初めて後者が前者を上回る結果となったのである。共働きの世帯や単身者が増加したことで、手早く1人分を食べられるレトルトカレーが選ばれるようになったことが主因のようだ。
そして需要増加に伴い、さまざまな趣向が凝らされた新商品が販売され、昨今のレトルトカレーは著しい進化を遂げているのである。
そこで今回、株式会社カレー総合研究所の代表取締役であり、多様なカレー商品の開発にも携わる井上岳久氏に、市場の最新動向や絶対に食べておくべき今注目の商品について話を聞いた。
●ルーと比べ参入しやすい土壌が多種多様なレトルトを生んだ
「温めるだけで食べられる簡単さと長期保存ができる点はもちろんですが、個包装である点のメリットは特に大きいです。ルーのカレーですと1人前だけつくるというのは非常に難しいですし、複数人で食べるにしても全員の好みを考慮しつつつくらないといけません。そのうえ、失敗したら家族全員食べられなくなってしまうので、新しいカレーにチャレンジすることが困難です。その点、個包装のレトルトカレーなら、つくりすぎる心配もなく、心置きなく好きなカレーを食べることができますし、失敗しても被害は小さいので積極的にいろいろなカレーにチャレンジできます。
また、選択肢が多いことも長所といえます。市販されているレトルトカレー商品は200~300種類2,000~3,000種類くらいあり、大型スーパーであれば50~100種類ほど置いているところも多いです。ですからさまざまなカレーを楽しめる、というのもレトルトカレーの醍醐味でしょう」(井上氏)
確かにレトルトカレーというと、種類の豊富さが特徴である。
「カレールーを製造するとなると、専用の工場が必要となり多額の設備投資、多額のランニングコストが必要となります。そして、現在のカレールー市場はハウス食品、エスビー食品、江崎グリコの3社がほぼ市場を埋め尽くしています。この3社が競合となる市場に、莫大な資金を投じて参入するのは中小規模の企業ではほぼ不可能でしょう。しかしレトルトカレーの場合、1000万円程度のレトルト釜という設備さえあればつくれるのです。しかもレトルト食品であればシチューなどもつくれる汎用性の高さがあるため、設備投資のハードルも低く、参入しやすい市場なのです」(同)
●東日本大震災がきっかけでレトルトは実力を証明
確かに便利さや多種多様さは非常に魅力的ではあるが、井上氏いわく「現在のレトルトカレーは保存食品の域を超えている」のだそうだ。
「確かに初期のレトルトカレーは具材も小さく、高温高圧で殺菌したことにより包装材の内側が焼けることで生まれる独特の臭い、いわゆるレトルト臭も強いものばかりでした。そのため、あくまで保存食品であり、家でつくるカレーに比べれば美味しくはないと思われていました。ですが1980年代から90年代にかけての間、メーカーは具材に工夫を凝らしたり、包装に使う素材を改良することでレトルト臭をなくしたりと、レトルトカレーを美味しくつくるノウハウを積み上げていたのです。
それでも2010年頃までは、多くの方々が『レトルトカレーは美味しくない』というイメージを持っていたものです。けれど、東日本大震災でお店から食料品がなくなった際に、他に何もないからとレトルトカレーを口にしたところ、とても美味しくなっていることに気づいた方が多く、一気に売り上げが伸びました。つまり、東日本大震災によって、レトルトカレーの認識が『ただの保存食品』から『日常的に食べる美味しいカレー』へと変化した、というわけです」(同)
レトルトカレーが高いクオリティを獲得したことにより、さらに新しいかたちのニーズも生まれてきていると井上氏は続ける。
「レトルトカレーの消費者層として近年増えてきているのが、高齢者層です。特にお年寄りの夫婦だけで暮らしているご家庭などでは、普段から好きなレトルトカレーを備蓄していることが多いそうで、味のレベルも高く満足できるからと、料理をするのが面倒なときにはレトルトカレーを食べることが多いそうです。
一方、若者の間でもレトルトカレーへのニーズは高まってきています。今までの食生活のパターンとしては、昼食は適当にすませ、夕食はしっかり食べるスタイルが一般的でしたが、近年の若者の間では昼間にしっかり食べて、夜は簡単にすませる、というパターンが増えてきているそうです。美味しいうえ簡単につくれるレトルトカレーは、軽い夕食に最適だということで選ぶ若者が増えてきているようですね」(同)
●カレーのスペシャリストによるオススメのレトルトカレー4選
我々の知らぬ間に、蛹から蝶へと羽化するかのごとき進化を遂げていたレトルトカレー。ここでカレーのスペシャリストである井上氏に、今食べておくべき、注目のレトルトカレーを聞いた。
「まずは、ハウス食品が2月に発売した『スパイスフルカレー』。現在大阪を中心にブームとなっているスパイスカレーをレトルトにしたもので、日本人好みの絶妙な配合により、スパイスがダイレクトに味わえてとても美味しいと人気を集めています。
また、手前味噌ですが、弊社が6月に先行販売を始めた『IICAチキンコルマカレー』も、日本にいながら本物のインドカレーが楽しめると好評をいただいております。インド人が実際に食べている本場のインドカレーを再現するというコンセプトのもと、レトルト技術の粋を尽くしてインド最高峰の料理学校であるIICAのレシピを忠実に再現できたと自負しております。全国から注文が殺到し品薄になるなど、カレー業界で話題の商品になっています。
ご当地カレーですと、日本一焼肉を食べる町、長野県飯田市のご当地カレー『焼肉の●のキーマカレー』(編注:●は「シメ」マーク)がユニークだと評判になっています。
他には山口県下関市の『プレミアムふぐカレー』も人気を博しています。インドカレーの名店『デリー』がソテーすることで、風味を損なわないままスパイスの香りがついたフグが特徴。そして、ハウス食品の子会社、サンハウス食品が開発したフグに合うカレーソースを使用することで、フグの繊細な風味とカレーの力強い味わいが両立されたカレーとなっています」(同)
最後に、レトルトカレーをより楽しむ方法についても教えてもらった。
「もちろんレトルトカレーはそのまま食べても美味しいですが、やはりパックに入っている以上、具材の大きさや量は制限されてしまいます。なのでお好きな肉や野菜などをフライパンで炒めて、そこに温めたレトルトカレーをかければ、ちょっとした手間で家カレーのように具材豊富なカレーを楽しむことができます。また、男性であればカツカレーがお好きな方は多いかと思いますが、スーパーやカツ屋さんでトンカツを買ってきて、そこに好きなレトルトカレーをかければ、お気に入りのカレーをカツカレーへとアップグレードできます。
最初に申し上げた通りレトルトカレーは今や多種多様ですので、いろいろと楽しみ方があります。私の場合、複数のレトルトカレーを用意して、それを家族や友人とシェアし合う『レトルトカレーパーティー』をよく催すのですが、これはレトルトカレーならではの楽しみ方でしょう。さまざまな種類を同時に楽しみながら、みんなでカレーの好みについて語り合ったりするのも、やってみるとおもしろいものです」(同)
幼い頃、母親がつくってくれた鍋いっぱいのカレーをおかわりしながら食べた思い出は、多くの人が原体験として持っているだろう。そんな風景が薄れていっているのは少し寂しくも感じられるが、レトルトカレーが進化した現代だからこそ、今までにないカレーの楽しみ方が生まれているのである。
(文・取材=A4studio)