「早稲田といえば政経、慶應といえば経済」――そんな親世代の常識はもう古いらしい。学内ヒエラルキーをはじめ、学生の気質から受験の現場に至るまで、「私学の雄」と評される早稲田大学と慶應義塾大学に大きな変化が起きているという。
今、早慶に何が起きているのか。両大学をあらゆる角度から徹底比較した『早稲田と慶應の研究』(小学館新書)の著者でライター・編集者のオバタカズユキ氏に聞いた。
●早慶内の“階級意識”に驚きの変化
――「早慶」とまとめて語られることの多い両大学ですが、近年の変化について教えていただけますでしょうか。
オバタカズユキ氏(以下、オバタ) 本書では、早稲田と慶應の比較とともに、現在の受験生、在校生とその親世代との比較、経時的な変化の把握に力を入れています。いろいろな変化があって親世代は驚きますが、一番反応する方が多いのは学内ヒエラルキーではないでしょうか。
30年前は、早稲田では政治経済学部が最上位で、次いで法学部、第一文学部・商学部、教育学部、その下に夜間学部の社会科学部、第二文学部……というイメージでした。現在も政経、法が最上位であることは変わりませんが、2004年にできた「国際教養学部(通称:SILS<シールズ>)」が第2の看板学部になっているほか、「誰でも入れる」と言われていた社会科学部が大躍進しており、偏差値的には法学部と同水準になっています。09年より昼間学部になったことに加え、学際的な学びを是とする風潮が追い風になっており、親世代がもっとも驚く変化でしょう。
慶應では、“天上人”の医学部を除くと経済学部が看板学部でしたが、現在のトップは法学部政治学科、その次に法学部法律学科、経済学部という階級意識になっています。入試制度の違いもありますが、河合塾の2018年度偏差値では、法学部は両学科とも偏差値70.0に対し、経済学部はB方式(地理歴史受験)では70.0、A方式(数学受験)で67.5となっています。かつて「あほう学部お世辞学科」と呼ばれた法学部政治学科が看板だった経済学部を抜いて、今や慶應のエースとして君臨しているわけです。
慶應の場合は慶應義塾高校出身者を中心とする内部生の進学人気順が色濃く反映されており、取材では「政治学科のほうが法律学科より単位取りが楽」「経済だと数学があって大変」という声が聞かれました。
「両大学を受かった学生がどちらを選ぶか」という点でいえば、現在は圧倒的に慶應を選ぶ受験生が多いです。1984年の受験生だった私の頃は、どっこいどっこいか早稲田が優勢だった記憶があります。1990年代に早稲田がマスプロ教育バッシングを受けるなか、慶應は巧みな広報戦略でSFC(湘南藤沢キャンパス)の斬新さをアピール、さらに就職活動においても慶應的な価値観が評価されるようになり、受験生の人気は定着した感があります。
●優秀?不勉強?早慶内部進学生の実態
――入試制度も大きく変わっているようですね。
オバタ 少子化の進展とともに、どの大学も受験生の確保に苦労しており、一般入試以外の比率が高まっています。身も蓋もない言い方をすれば、偏差値が低い大学ほど入試形態は多様になります。
相対的に見て、早慶は一般入試でがんばっており、「MARCH」(明治、青山学院、立教、中央、法政)レベルでも導入している「全学部入試」(1回の試験で複数の学部に出願できる制度)に手を出していません。余裕の表れとも、矜持を保っているとも言えるでしょう。なお、そうした事情から、今や入試志願者数ランキングは人気のバロメーターとしては無意味です。
それでも、両大学ともに一般入試の比率が下がっているのは確かです。1987年と2017年を比較すると、一般入試の入学者の割合は早稲田で82.1%から58.8%に、慶應で64.9%から56.3%に低下しています。
一方で、一般入試の枠が減っていることから、入試の難易度は上がっているとも言われています。早稲田では、一般入試の入学者数は8995人から5303人に減っています。受験生の親からは「昔なら早稲田に受かるぐらいの偏差値で、今はやっと法政に合格できる」という感想も聞きました。私大全体の人気がかつてより落ちた面もありますが、それを差し引いても、一般入試合格は容易ではありません。
――一般入試と推薦入試、どちらの学生がより優秀なのでしょうか。
オバタ その点は、取材の中でもけっこうしつこく聞きました。AO入試については、「勉強しないで合格させる」とすっかり評判が悪くなってしまいましたが、早慶ではずば抜けた学生もちらほらいる印象です。指定校推薦は、地方の高校の枠を増やしているようですが、地方における早慶の人気低下もあって、いまいちな学生もいるようです。
内部進学生については、早慶ともに中学高校入試がかなりの難易度なので、この言い方は好きではないのですが、「地頭」が良い学生が多いのは間違いないです。大学入試では、たくさん受験できることもあり、くじ引き的にどこかに入れる可能性があります。そのため、私の感覚からすると、中高から早慶に入るほうが難しいと思います。
●地方のトップ高校の“早慶離れ”が加速
――出身校の傾向に変化はありますか。
オバタ いわゆる本当のトップ校の学生は、早慶に進学しなくなっていると言えます。特に、早稲田に関しては出身校の私立B級感が否めません。関東の御三家(開成、麻布、武蔵)に代表されるようなトップ校では国立志向が強まっており、特に東京大学、一橋大学、東京工業大学、京都大学、医学部に進学するのが「勝ち組」です。一方で、女子に関しては、「何がなんでも東大」という学生が昔に比べて増えているとはいえ、そこまで多くないので早慶に行く子もけっこういます。
――早慶とも「首都圏出身者ばかりになっている」とも言われています。
オバタ 現役志向の高まりや経済的な問題から、地方の優秀層が地元の国公立に進学するケースが増えているようです。特に、慶應で地方出身者が減っているのは明らかです。本来であれば早慶に来ていた優秀な学生が地方にいるということで、あるインフラ系大企業の人事担当者は「知名度の低い地元国公立大でもびっくりするほど優秀な学生がいて、伸びしろとしては早慶生よりも感じる」と打ち明けてくれました。実際に、地方での採用活動に力を入れている企業も増えています。
もちろん早慶も気づいていて、2000年代からはタッグを組んで「早慶合同説明会」を地方で開催しています。
また、現役志向の高まりにともなって、予備校業界では現役受験に強い「東進ハイスクール」がずいぶん躍進しました。公立トップ校には、まだ「浪人しても仕方ない」という空気がありますが、私立校では現役志向が非常に強い。我々の頃とは比べものにならないほど、浪人へのハードルは高いようです。
●早慶と東大・一橋大との差が拡大
――オバタさんといえば、20年にわたって『大学図鑑!』シリーズ(ダイヤモンド社)の監修を務めていらっしゃいます。大学全体のポジショニングの中で、早慶の立ち位置に変化はあるのでしょうか。
オバタ この30年間で基本的には変わっていないのですが、東大や京大、一橋大、東工大との差は広がっている気がします。また、近年は私立の医学部も超難関国立大の東大や一橋大と並ぶトップ層に位置付けられるようになりました。昔は、医学部でも本当に優秀なのは国公立と慶應ぐらいで、医学部御三家(慶應、日本医科大、慈恵医大)とも言われましたが、今は下位層の、たとえば帝京大医学部でさえ早慶の理工学部レベルの偏差値がないと入れなくなっています。
早慶と並ぶ大学として、上智やICU(国際基督教大学)がありますが、今は入試難易度が少し落ちているようです。最近では「早慶上理」という呼ばれ方も出てきており、理系志向の高まりで東京理科大も難関私大扱いされています。また、MARCHの中でも、立教の異文化コミュニケーション学部、法政のグローバル教養学部なども早慶に匹敵する偏差値となっており、大学業界では「成功した新設学部」と言われています。
――ありがとうございました。
後編では、早慶の学生気質の変化や就職事情、大学業界の課題などについて、さらにオバタ氏の話をお伝えする。
(構成=編集部)