私のまわりには遊郭好きな女性が何人かいる。そのなかでもディープにはまっているHさんにインタビューし、昨年別のメディアに原稿を書いたことがある。



 Hさんは、東京の会社に勤めるキャリア女性。大学で日本文学を学び、そこで樋口一葉や吉原に関心を持った。課題のレポートで遊郭建築について書いたこともある。数年前、誰かが書いたツイッターで飛田新地を知る。料亭の写真に惹かれ、それがきっかけで自分で全国の遊郭跡を回るようになった。

 遊郭の魅力は「独特な建物に興奮します。窓やタイルもかわいい。見れば見るほど好きなところが増えます。そこにいる人にとっては日常でも自分にとっては非日常な空間。タイムスリップできる感覚も好き。飲み屋街や酒場が好きなので盛り場となっている遊廓跡を訪ねるのも楽しいです」という。

 そのHさんが今また別の趣味に目覚めた。
ストリップである。広島の遊郭跡を訪ねたとき、遊郭以外にも古くて廃れた建物に惹かれて、いろいろ調べ歩いているうちに、市内のストリップ小屋を見つけて、吸い込まれるように中に入った。もちろん初めてだ。

 ピンクのライトに照らされて光る踊り子の汗にぐっときた。自分より少し年上のある踊り子に魅力を感じた。自分もこういうふうになりたいと思った。かわいくて、色気があって、女らしい。

「女性礼賛のような気持ちというか、女性ってきれいでかわいくて最高、女に生まれて良かった! というような気持ちになった」

 Hさんは往年の大女優、若尾文子(あやこ)のファンでもあるが、女としての自分の魅力をちゃんと知っていることへの憧れという点では、踊り子への気持ちと若尾さんへの気持ちが共通しているかもしれないと彼女は言う。

●いざ、川崎へ

 酒場と遊郭とストリップに目覚めた彼女を取材するため、私は彼女と川崎のストリップ小屋に同行した。広島で好きになった踊り子が出演するというのだ。
 
川崎駅の改札で待ち合わせた。川崎に来るのは3回目で、いずれもストリップを見るためだという。
いきなり小屋では無粋なので、駅近くの飲み屋街を歩いた。まだ開店していなかったが、昭和歌謡の世界がそこにあった。

 それからいかにも昭和の大衆酒場という店で夕食をとった。酒場とはいえ、普通の町中華のようにラーメン、チャーハン、各種定食も揃う。食堂であり酒場だ。冷やしトマトやたこぶつをつまみに、ビールとレモンハイを飲む。最後に彼女は「オムライスを頼んでいいですか」というので、頼んでみた。これがうまい! 

 量は多いが、甘めの味付けで飽きない。さすが、かつての京浜工業地帯の労働者の街。彼らの旺盛な食欲を満たしてきた食堂なのだということがわかる。

 腹を満たしたところでストリップ小屋に向かう。もっと繁華街のなかにあるのかと思っていたら、少し町外れの暗い場所にある。
昔は遊郭街だったという。そこに小屋の照明だけが光っている。切符を買い、中に入る。客席はほぼ満席。女性はHさんだけ。男性たちの年齢は40代前後か。彼女と並んで席に着く。私はストリップを見るのは十数年ぶりだ。しかもこんな近くで見るのは初めてである。

 ストリッパーの汗に私も一瞬でやられた。七色に輝く汗が体から飛び散る。それがきれいだった。

 
 着席してから2人目にHさんのお目当ての踊り子さんが登場。踊りが終わると撮影タイムがある。男性たちが次々と踊り子をポラロイドで撮影したり、踊り子とツーショットを撮ったりする。Hさんは「私も行ってきます」と言って、列に並んだ。「へえ、そこまでするんだ!」と私は驚いた。他の男性客も驚いたと思うのだが、表情にはそういう驚きは見られない。もしかすると、ほかにもこういう女性客が来るのだろうか。

 順番が回ってくると、Hさんは踊り子さんと「前も1度お会いしましたか」「ええ、前回も川崎で」と会話し、握手し、ポラロイドでツーショットを撮ってもらった。

 3番目の踊り子さんを見てから小屋を出た。そしてHさんの自宅のある都内のJR沿線の駅近くのスナック街へ。彼女はスナックも好きなのだ。
 
 これまた今日で3回目という店に入る。
銀座で働いていたという、美人で言葉遣いも上品な着物姿のママさんが仕切る。

「あら、いらっしゃい。今日は男性とご一緒ね」とママ。

「はい、娘の素行調査で」と私。

「それで底に来たんですね」と常連客。このスナック街は地形が崖から急に下ったところにあり、「底」のようだからだ。

 ママは名前を「文子」(ふみこ)という。若尾文子好きなHさんにはうってつけの名前。食品管理者の名札に達筆で名前が書いてある。さすが元銀座のホステス。そういえば川崎の飲食街には「若尾」というスナックもあった。

 さて常連の4人はすでにカラオケタイム。
さっそくHさんはペドロ・アンド・カプリシャスの「別れの朝」と神楽坂はん子の「ゲイシャ・ワルツ」を歌う。私もついでに「矢切の渡し」と「氷雨」を披露。常連たちは、美空ひばりを歌う女性や、シャンソンを歌う男性など、持ち歌を次々歌う。新参者の通過儀礼なのか、常連のおじさんは自分の好きな曲をリクエストしては私たちに歌わせる。Hさんは高橋真梨子の「桃色吐息」、私は「愛の讃歌」。

 大衆酒場、ストリップ、カラオケスナックという昭和の川崎の労働者の王道を歩んだ一夜だった。酒は何杯飲んだかな。
(文=三浦展/カルチャースタディーズ研究所代表)

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